第10話『隠し通路の鍵を使おう』

 俺は鑑定のために宝箱の前に立っている。


「ねぇ、迷宮の宝箱から手に入るアイテムって不思議じゃない?」


「たしかに不思議だな」


「こうやって触れることができて、目で見えるのに、それが鑑定するまで何なのか分からないんだもん」



 迷宮の宝箱の中身は全て未鑑定品扱いだ。触れることはできてもそれが何かを正確に認識する事ができないのだ。



「こうやって、ぐーっと目を近づけて、何か見ようとしてもぼやけてて分からないんだよねーっ」



 全ての職業で鑑定ができるのは唯一、司教だけだ。まぁ、LV1のまま鑑定マシーンとしてボロ雑巾のように扱われる司教が多いという悲しい現実はあるが。



「見えるのに見えない。たしかに不思議ではあるな」


「うっすら、輪郭だけは見えるんだけどねー。そこから先が分からない」



 未鑑定品アイテムといっても、完全に見えないわけではない。それが武器か、防具か、それ以外かくらいかまでは分かる。幸いにしてうっかり刃物に触ってケガをするみたいな事はない。



「鑑定ができるのって司教だけだよね?」


「そうだな」


「なら、他の冒険者の道具を鑑定してお金を貰うのはダメなのかな?」



 実は俺も一度副業として考えたこともある。結論から言うと不可能だ。



「司教が同じパーティー以外のアイテムを鑑定することは禁じられている」


「あっ、そーなんだ。バレたらどうなるの?」


「死刑か商店で3年間のタダ働き、どちらかを選ばされることになるな」



 まあ、自殺志願者以外は死刑を選ぶ奴はいないから、実質商店でのタダ働きの一択になるわけだが、3年という刑期がなんというか生々しい。


 真偽は不明だがボッタクリ商店に元司教が多いのは、3年の刑期を終えそのまま就職してしまう人が多いからだと聞いたことがある。



「世の中甘くはないね」


「そうだな」



 未鑑定品を鑑定の状態で見た時の印象は、すりガラス越しに見るのが一番近いかもしれない。目を近づけても遠ざけて、絶対にピントがあわないのだ。


 だからこそ鑑定ができる司教が必要とされるのだ。商店で鑑定させると売値の半分の手数料を取られるからな。完全なるボッタクリだ。



「それじゃ鑑定だ」


 まあ、鑑定と言葉を発しなくても鑑定はできるが、そこはまぁ気分の問題だ。鑑定は一瞬で終わってしまうせいで、盗賊のトラップ解除や、宝箱の開錠と比べるといまいち華がない。


「鑑定完了だ」


「なにかな、なにかな?」




 名称:ねこの置物

 解説:第一階層にある猫の石像にはめることができる




「これはなんだ?」


「アッシュ、やったね! それ、鍵だよ」


「鍵? 猫の形をした置物にしか見えないが」


「だよね。でも本当に鍵なんだー」


「説明を頼めるか?」


「うんっ。動物の石の彫像がある部屋に、その彫像の動物と同じ置物を置くと隠し扉が開く仕組みになってるの」


「なるほど」



 ゾンビが出てくるバイトハザードの一作目にも同じような仕掛けがあったな。大鷲のメダル、盾の鍵、緑の宝石、片翼のワシとかが隠し部屋の鍵だった。懐かしい。リメイク版でもそのまま採用されてるのだろうか。


 2とか警察署がおもしろカラクリ屋敷と化してたもんな。警察署の署長が公式設定であたおかの人だから問題ないのだが。……それは一旦置いておいておいてだ。


 ……。ゲームっぽい話になるとつい早口長語りになってしまうのは、俺がゲーム好き過ぎるからだ。すまない。



「ねぇ、アッシュ。猫の石像が置いてある部屋に思い当たる所はある?」


「1階層で俺が知ってるところだと、1つだけだな」


「どこ?」


「チェシャ道場、そこに猫の石像がある」



 あそこの猫の石像に触れると魔獣が現れるトラップになっていた。現れる魔獣が弱いくせに経験値が多いため、レベリングに使う冒険者がつい最近までは多かった。だから通称、道場。



「あっ、ござる口調の人が殺されてた場所だねー」


「そうだ。ござるマンが倒れていた部屋に石像がある」


「いまなら人が居なさそうだし、ためしに寄ってみる?」


「うむ。出口からも近い、帰りにちょっと寄ってみるか」




 ◇  ◇  ◇




 迷宮の魔獣をメイスで蹴散らしつつ目的地へ進む。


「アッシュ知ってる? 迷宮の中には動物の形をした彫像があるんだよ。有名なのだと、熊とか、カエルとか、ドラゴンとか。いろんな像があるんだってっ」


「ふむ、それぞれの石像に対応した置物があるということか」


「うん。そのアイテムで隠し通路が開くようになるはずだよ」



 そうこう話しているうちに部屋の前にたどり着いた。



「着いたな」


「あははっ、さすがに今日は誰もいないねーっ」


「ガラガラだな」



 先日の1階層に現れた新たな魔獣の一件は黄金の英雄亭で話題になっていた。しばらくは、ここに近づこうとする冒険者はいないだろう。



「……っ。はいっても、大丈夫かな?」


「危険性は低いと思う。先日の一件だが、石像トラップを乱用したことが、魔獣出現のトリガーとなっていた可能性が高いそうだ。『単一の魔獣の乱獲は良くない』、ポークル族の伝承は当たってたな。お手柄だ」


「てへへ。どーも」



 冒険者が効率的なレベリングのためにシステムハック的なことをすることも迷宮を創った者の想定の範囲内ということなのかもしれない。


 先日の猫型の魔獣はあれだけの強さにも関わらず得られた経験値はゼロだった。魔獣ではなく、迷宮のトラップ扱いだったのが、理由じゃないかと考えている。



「心配なら引き返しても良いが、どうする?」


「大丈夫。やっぱり、私も冒険者なんだね。危険だと分かっても、好奇心が勝っちゃうみたい」


「それは俺も同じだ。じゃぁ、入るぞ」



 俺とステラは部屋の中に入る。ステラが猫の石像をいろんな角度から観察している。俺の目の前にある石像はエジプトの顔だけ猫の神様みたいな感じの石像だ。



「アッシュ、きてきて。ここが多分、置物をおく場所だよ」


「ふむ」


「このくぼみに乗せてみて」


「どれどれ。ここに置けばいいのか」



 石像のくぼみに、ねこの置物を置いた。壁が左右にゴゴゴと音を立てて開く。どうやら正解だったようだ。



「隠し通路だな」


「だね。どうしよっか?」



 今日の目標はあくまで玄室を攻略すること、その目標はすでに達している。『あとちょっと、そう思ったら帰還しよう』冒険者の基本的な標語だ。



 死の道は『あとちょっと』で舗装されている。



「今日は引き返そう。なに、急ぐ必要はない。迷宮は逃げない」


「うん、そうだね。回復薬とかも補充しなきゃだしっ」


「じゃ、今日は酒場でメシ食ったら早めに寝るぞ」


「あいさーっ」


 冒険者にとって食事と睡眠は大事だ。


「隠し通路の先の調査は明日だ」


「おー!」

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