第7話『世界樹の木の実をもらった』
ここはいつもの馬小屋だ。そして俺は、いつものように藁の中から目を覚ました。
だが、今日の目覚めはいつもと少し違っていた。
(……なんだ、この圧は)
気づけば俺は、十人以上の屈強な冒険者たちに、ぐるりと囲まれていた。
カチコミか? いや、それにしては敵意が感じられない。むしろ、感謝と尊敬の念のようなものが向けられている気がする。
「アッシュ殿、朝早くに申し訳ない。どうしても、拙者は貴殿に感謝を伝えたく、矢も盾もたまらず、馳せ参じた次第でござる」
代表と思われる男は、腰に刀を差したサムライだった。『ござる』口調からして間違いない。
「……どうも、おはようございます」
俺は藁を払いながら、ゆっくりと身を起こす。隣のワラ山で眠るステラを起こさないように、静かに。
「アッシュ殿に、心からの感謝を。先日の迷宮での一件、貴殿が我らの死体を回収し、ギルドに救出依頼を出してくれたこと、感謝の言葉もござらぬ」
ああ、チェシャゴースト道場の近くで倒れていた冒険者たちか。
俺は特に大げさなことをしたつもりはない。ギルドに、多くの冒険者の亡骸を発見したと報告しただけだ。
無事に蘇生できたようで何よりだ。死体の鮮度が悪いと蘇生に失敗し、灰になってしまう。
いわゆるロストというやつだ。第一階層だったのが幸いしたのだろう。
「アッシュ殿は拙者たちの命の恩人でござる。貴殿が求めるのであれば、この腹、いつでもかっさばく覚悟でござる」
(いや、腹を切られても普通に迷惑なんだが……)
「気持ちだけで十分です。冒険者は助け合いですから」
俺も追放された時は、親切なパーティーに街まで送ってもらった。
冒険者は、意外とおせっかい焼きというか、情に厚い人が多いのかもしれない。
「この金は拙者たちの気持ちでござる。受け取ってくだされ」
金貨が詰まったずしりと重い袋を、サムライが差し出してくる。
「無理はなさらないでください。蘇生費用で、かなり厳しいのでは?」
「その……まことに面目ない。貴殿の言う通りでござる。正直、ボッタクリ商店の冒険者保険に入っていなければ、我らは全員、奴隷落ちでござった……」
やはりか。ボッタクリ商店の保険には、俺とステラも加入している。備えあれば憂いなし、だ。
「ならば、この金は受け取れません。それよりも、皆さんの装備を整える足しにしてください」
「なんと……。では、せめて拙者の家に代々伝わる、この家宝を」
そう言ってサムライが恭しく差し出したのは、一見するとただの小石だった。
「……立派な石ですね」
「木の実でござる。我が家の、家宝でござる」
(まあ、こういうのは気持ちだ。ありがたく受け取っておこう。たとえ、ただの石ころだったとしても、な。家宝と二回も言ったんだ。よほど貴重な物に違いない……たとえ道端の石だとしても)
「ありがたく、頂戴いたします」
なんだかモヤっとした気持ちは残ったが、俺は笑顔で彼らを見送った。
「ふわぁ……。おはよ、アッシュさん」
入れ替わるように、ステラが藁の山からモゾモゾと這い出してきた。その姿は、まるで実家で飼っていたハムスターのようだ。
「ああ、おはよう。ステラ、これを見てくれ。さっき、サムライの人にもらったんだが、何か知っているか?」
「うーん、見たことない形だね。でも、なんだかすごくいい匂いがする! もしかしたら、珍しいものかも。アッシュさん、鑑定してみたら?」
言われてみれば、微かに甘く、爽やかな香りがする。
俺は右手に木の実を乗せ、意識を集中する。〈鑑定〉。
………………。
名称:
解説:食した者に大いなる成長を促す。ボーナスポイントを10付与する(初回限定)。
「……これは、とんでもない代物だな」
思わず声が漏れた。ボーナスポイント10。レベルアップ数回分に匹敵する。あのサムライ、とんでもない家宝をくれたものだ。
「ふえぇぇっ!? じゅ、10ポイントですか!? それって、ものすごくすごいじゃないですか!」
俺の説明に、ステラは目を丸くしている。俺は木の実をじっと見つめ、それからステラにゆっくりと差し出した。
「これはお前にやる」
「えっ……!? い、いいんですかアッシュさん!? だって、こんなに貴重なもの……アッシュさんが使った方が……」
ステラは戸惑ったように、俺と木の実を交互に見ている。
「うむ」
(実は俺は、木の実のアレルギー持ちだ。生前のことではあるが、危うく死にかけた。あの記憶が鮮明で、この世界に来てからもナッツ類を口にするのは避けている。たかがアレルギーと侮るなかれ。アナフィラキシーショックは、時に人を死に至らしめる)
たしかにボーナスポイント10は魅力的ではある。だが、ここで命を危険に晒すのは合理的ではない。
(……ステラは盗賊。速さと幸運が命だ。彼女が強くなることは、パーティー全体の生存率を上げることにつながる。俺が使うよりも、よほど効率的だ)
俺は、自分自身を納得させるための完璧な屁理屈を組み立てると、できるだけ威厳のある声色で、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。
「俺の鑑定によれば、だ。この木の実は、ポークル族の中でも特に純粋な魂を持つ盗賊が食して初めて、その真価を最大限に発揮するらしい。だから、お前が食うべきだ。これはパーティーリーダーとしての……いや、戦力最適化のための提案だ」
「アッシュ……」
ステラは差し出された木の実を、ためらいがちに受け取る。その瞳は潤んでいるように見えた。
「……わ、わかりました。アッシュがそう言うなら……。ありがとう! 大切に、いただくね!」
ステラは木の実を両手で包み込むように持ち、深々と頭を下げた。そして、顔を上げると、満面の笑みで俺に抱きついてきた。
「わっ……おい、ステラ」
「えへへー。アッシュ、だーいすき!」
(……まあ、よしとしよう。結果的にステラが喜んでいるなら、それでいい……大好き……大好き……大好き……ふむ……うむ……大好きか……ふっ……ふむ……)
俺はステラの頭を、少しだけ不器用な手つきで撫でた。
* * *
その日の午後、俺たちは黄金の英雄亭にいた。
昨日の事件の影響で、ギルドから迷宮への立ち入りが一時的に禁止されたからだ。
「ステラ、その木の実、食べないのか?」
ステラは手の上で石のような木の実を転がしたり、持ち上げていろんな角度から眺めたりと、朝からずっとそわそわしている。
「ううん、木の実は好きだよ。でも、どうやって食べていいのかわかんなくて……」
「ふむ」
「この木の実、歯で砕いても大丈夫なのかな? かみ砕いたら効果がなくなったりしないかな? それとも、噛まずにそのまま飲まなきゃダメなのかな……。失敗したくないし……」
ステラは大雑把なようで、意外と慎重なところがある。さすがは盗賊だ。
罠の解除や宝箱の開錠など、ひたすら繊細な仕事をするのが盗賊なのだ。
大ざっぱな性格では務まらないだろう。案外、俺の方が大ざっぱかもしれないな。
「まあ、どちらでも大丈夫じゃないか?」
俺が大雑把に言うと、ステラは意を決したように頷いた。
「うん。わかった。……やってみる!」
ステラは木の実を口に放り込み、ミルクで一気に流し込んだ。
「んぐっ……! けほっ、けほっ……!」
案の定、喉に詰まらせてむせている。
「大丈夫か?」
俺は呆れながらも、その小さな背中を優しく……セクハラではない感じで……さすってやるのであった。
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