第7話『世界樹の木の実をもらった』

 ここは馬小屋である。そして俺はワラの中。目を覚ましたら10人以上の冒険者に囲まれていた。なんだろう。カチコミかな?


「アッシュ殿、朝はやくに申しわけない。どうしても、拙者は貴殿に感謝を伝えたく、 矢も盾もたまらず、馳せさんじた次第でござる」



 代表と思われるサムライ風の男。『ござる』とか言ってるし、絶対にサムライ。逆にサムライじゃない人間がござる口調のはずがない。万が一にも、ありえない。



「どうも。おはようございます」


 俺は馬小屋のワラ山から這いだす。


「アッシュ殿に深い感謝を。迷宮の凶悪なる白き魔獣を倒し、救出依頼を出してくれたこと、感謝の言葉もござらぬ。……あっ、それと、……おはようございます」



 俺は特に大げさなことをしたわけではない。ギルドにチェシャゴースト道場の近くで、多くの冒険者の死体を発見したことを報告しただけだ。


 無事に蘇生に成功したようで何よりだ。死体の鮮度が悪いと失敗して灰になる。ロストというヤツだ。蘇生がここまでうまくいったのは1階層だったからだろう。



「アッシュ殿は拙者たちの命の恩人でござる。貴殿が求めるのであれば、拙者は腹を切っても構わない覚悟でござる」


 腹切られても普通に迷惑。


「気持ちだけで十分だ。冒険者は助け合いだ」



 俺も追放された時は親切なパーティーに街まで送ってもらった。冒険者は割とおせっかい焼きというか、情が深い人が多い気がする。



「この金は拙者たちの気持ちだ。受け取ってくれ」


 金貨の入ったズタ袋をござるの人が差し出してきた。


「無理すんな。実は蘇生にかかった費用でヤバいんだろ?」


「その……実は、貴殿の言うとおりの情けないありさまで。正直、ボッタクリ商店の冒険者保険に入ってなかったら、……拙者たちは全員、奴隷落ちでござったな」



 ボッタクリ商店の冒険者保険。俺とステラも入ってます。いざというときの保険は大事だな。蘇生は失敗したらアウトだしお世話にならないにこした事はないが。



「では、拙者の家に受け継がれる、家宝を」


 石だ、小石。


「立派な石ですね」


「木の実でござる。家宝でござる」



 まあ、こういうのは気持ちだ。ありがたく受け取ろう。たとえ、石だろうと、ゴミだろうと。気持ちが重要だ。よほど貴重な物に違いない。ござる2回言ったし。



「ありがたくいただきます」



 なんだかモヤッとした気持ちが残ったが、笑顔で見送った。



「ふわ……っ。おはよ、アッシュ」


「うむ。おはよう」



 ステラがモゾモゾとワラ山から這い出してきた。まるで実家で飼っていたハムスターのようだ。どうやってか知らないが、カゴからよく脱走するハムスターだった。



「なんか木の実みたいのもらったんだけどさ。この木の実、何か知ってる?」


「うーん。わかんない。珍しいやつかもだねー。鑑定してみたらー?」



 それもそうだな。

 俺は鑑定が使える。



「だな」


 さてさてなんの木の実でしょうか。鑑定っと。




 名称:世界樹の木の実

 解説:食べるとボーナスポイントを10付与(初回限定)




「おお。なんか凄いやつだ。食べるとボーナスポイント10増えるんだって」


 やるじゃん。ござる口調はダテじゃない。


「ふえぇ……。ボーナスポイント10って、しゅごいっ!」


 じっと木の実を見つめて、その木の実をステラに差し出す。


「やる」


「えっ……いいの?! だって、すごい木の実だっよ?!」


「うむ」



 実は俺はナッツとか、木の実のアレルギー持ちだ。生前のことではあるが、恐ろしくて、この世界に来てからもナッツ類を食べるのは避けている。


 あれは小学校の夏休みのことだった。親戚が海外旅行のおみやげにとピスタチオを買ってきたことがあったのだ。



 そのおみやげのピスタチオを食べたら体に異変が起こった。覚醒とかじゃない。全身から蕁麻疹、止まらない鼻血、目の充血、呼吸困難、大変な目にあった。


 まあ、ピスタチオは厳密にはウルシ科に属するから別枠らしいのだが、素人の俺にその違いが分かるはずもない。


 たしかにボーナスポイント10は魅力的ではあるのだが、どうしてもナッツ類を食べようという気分になれないのだ。



「ありがとーアッシュ!」


 ステラはよほど嬉しかったのかハグしてきた。まあ俺は単にアレルギーが怖かったからなのだが。その事実は、伏せておこう。




   ◇  ◇  ◇




 ここは黄金の英雄亭、迷宮冒険者たちの酒場である。


 今日は、迷宮探索は一休みだ。昨日の未確認の魔獣の件もあり、今日はギルドの調査員以外の人間は、迷宮には立入禁止になっている。明日にでもなれば、閉鎖は解除されるだろう。


 することもないので俺とステラは酒場で時間をつぶすことにした。別に俺たちは真っ昼間から酒を飲む酒クズという訳ではない。そもそも、ステラ酒飲めないしな。



「ステラは木の実が苦手か?」


 ステラが手の上で石のような木の実を転がしたり、持ち上げていろんな角度から確認したり、せわしない。


「木の実は好き。でも、どうやって食べていいのかわかんなくて」


「ふむ」


「この木の実、歯で砕いても大丈夫なのかなー? かみ砕いたら効果なくなるとかないよね? それとも、噛まずにそのまま飲まなきゃなのかなー? 失敗したくないし……」



 ステラは大ざっぱな感じだが意外に慎重なところもある。さす盗賊。


 罠の解除、宝箱の開錠、ひたすら繊細な仕事をするのが盗賊だ。大ざっぱな性格だったら困る。案外、俺のほうが大ざっぱかもしれないな。



「まあ、どっちでも大丈夫じゃない?」


 というか噛むのはともかく飲めるのだろうか。


「うん。わかった。やってみる」



 ステラは木の実を口にほおばり、ミルクで流し込んだ。無理して飲み込んだせいでむせている。俺は背中をさするのであった。

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