第6話『迷宮のバケモノ』

「私たち、どのくらいLVアップするかな?」


「さあな。朝起きてのお楽しみだ」


 実は、あるていどの予想はついている。だが、楽しみを奪うのもヤボだろうと思って黙っておいた。


 ボーパルバニーの経験値はチェシャゴーストの6分の1。効率の良さではチェシャゴースト道場には叶わない。


 だが、俺達は2人パーティー。だから経験値効率は3倍である。十分にLVがあがる条件を満たしている。ここらが、引き際だろう。なによりもまずは安全第一だ。


「引き上げるか」


「あいあい!」


 ボーパルバニーは基本的にはガラクタしかドロップしない。だが見たことのないアイテムをドロップした。鑑定してみたが、どうやら盗賊用の武器のようだ。




 名称:ボーパルナイフ

 解説:バックスタブ成功率上昇。ねこに特攻ダメージ




 バックスタブは盗賊のスキルだ。いったん身を隠し気配を消し、敵の背面から強力な攻撃を繰りだす攻撃だ。ステラ向きの武器だ。


 だがねこに特攻というのはよく分からない。おそらくは猫科の魔獣に大ダメージというような意味なのだろうか?



「ステラ、これ使いな。レアドロップだ」


「もらってもいいの? 私、なにもしてないのに」



 本人はこう言っているがステラは十分に活躍してくれた。ボーパルバニーが襲ってくる方向をステラが教えてくれなきゃこうまで順調に狩ることはできなかった。



「いいから。ほわ、遠慮するな。もらっとけ」


「わーい! やったー!」



 攻撃力的には今ステラが装備しているナイフとさほど違いはない。まあ、レアドロップといっても1階層の雑魚のドロップアイテムだ。本人が喜んでいるならそれでよし!


「じゃ、帰るぞ」


「ほいほいっ!」


 ずいぶんとステラはゴキゲンだ。俺も冒険者だ、ステラの気持ちは分からないでもない。性能に関係なく、純粋に魔獣からのレアドロップは嬉しいものなのだ。



  ◇  ◇  ◇



 俺とステラは迷宮の入り口に向かって歩く。入り口の方向にはチェシャゴースト道場がある。そこら辺まで行けば、冒険者で賑わっているセーフゾーンだ。


 なのだが、チェシャゴースト道場近くまで来ているのに人の声が全く聞こえないのだ。俺は違和感を感じたからだ。



「ステラ、周囲の気配を探ってくれ」


「むむ……なんか、……変」


「どうした?」


「魔獣の気配が……不自然なほどに、完全にないの」


 ボーパルラビットの部屋からここまでまったく戦闘をせずに戻ってこれた。数回の戦闘は覚悟していたのだがここまで遭遇しないというのは奇妙だ。


 足を進める、道場と呼ばれる部屋の前はおびただしい冒険者たちの死体の山。ついさっきまで、たしかに生きていた冒険者。首から先が切り落とされ、死んでいる。


 その数が尋常ではない。死体の数はチェシャゴースト道場と呼ばれるレベリングスポットに近づくほどに増えていった。



 ナニカの鳴き声が聴こえた。

 猫のような鳴き声だ。



「アッシュ……なにかな……アレ……?」



 白い猫。



『ねこです』



 目の前の魔獣は、人の言葉のような鳴き声を発した。ぱっと見た感じ猫のような形状をしているが明らかに違う存在。



 白く、毛がなく、人間のような目の、四足歩行の、バケモノ。



『よろしくおねがいします』



 意味を持って言葉を話しているようには思えない。オウムのように人間の言葉をまねていると考えた方が良さそうだ。この言葉のように聞こえる音は、コイツの鳴き声。



「ステラ、逃げろ。俺があいつの注意を引く」


「でも」


 ステラが小さく震えている。状態異常〈恐慌〉。回復する手段はない。


「悪いが今は議論をしている余裕はない。〈プロテクション〉」


 プロテクション、攻撃を2回まで防いでくれる障壁魔法。俺の奥の手だ。


『ねこねぇこぉ』


 ボーパルラビットより速い。直線的な動きで突っ込んできた。障壁が一枚砕け散る。プロテクションの残数は2。


「〈プロテクション〉。こいよ、バケモノ」


 迷宮の壁をメイスでカンカンと叩きつけ注意を引く。あわよくば上級冒険者が駆けつけてくれないかとも期待したが、さすがにそんなにうまい話はなさそうだ。


『ここっこっこねこ』


 障壁に突っ込んできた猫にメイスを振るう。当たらない。


『ねこねこねねね』


「くそ。奥の手も次で最後だ〈プロテクション〉」


 一枚砕かれ、二枚砕かれ、目の前に魔獣の鋭いツメが……。


「……ステラ?!」


 ――鮮やかで完璧なバックスタブ! ステラのボーパルナイフが魔獣の背面に深々と突き刺さる!


「にししっ。私、アッシュを置いて逃げたりしないよっ!」


 恐慌状態にも関わらずバックスタブを成功させるため身を隠し気配を消し、タイミングを見計らっていたとは、おそれいる。


 ……つかさ、ステラ、やるじゃんっ! マジ、すげー助かったから!


「ステラ、あとは俺に任せろ〈ハードニング〉」


 硬化の魔法をメイスにほどこす。そして、ステラが魔獣の背面に突き立てたボーパルナイフの柄をハンマーのように何度も殴りつける!


「これでとどめだ!」


『なぁことぅるたぁる?!』


 猫のような形状の擬態が解ける。そして、グズグズと体がくずれ、最終的には触手状のナニカになり、迷宮に吸収され、消滅した。



「はぁ……。さすがに死ぬかと思ったぜ! いや、マジで!」


「あはっ、あははは……ほんと。やばかったねっ。私、手の震えが止まんない……にししっ」



 緊張と恐怖から解放されたせいか、俺もステラも自然に笑ってしまう。達成感が凄い。これぞ迷宮探索の醍醐味といったところだろうか。


 緊張の糸が切れた俺とステラは、膝から崩れ落ちその場で尻もちをつき、とにかく笑いあった。そして回復薬でコツンと軽く乾杯、その場で飲みほす。


 柑橘の爽やかな甘味が焼けつくようなのどもとを通り抜ける。こんなに回復薬がうまいと感じたのは初めてのことであった。



「あっ、ドロップアイテムでたよっ!!」


「おっ。いいな! あんだけ強くてドロップ無しとか、詐欺だからな!」


「にししっ。せやねー! ついてはりますなぁ、アッシュ兄やん」


 ステラの小芝居で軽くヒジでわき腹を突かれた。くすぐったい。 

 

「それじゃ、恒例お楽しみの司教の鑑定タイムだ!」


「何がでるかなぁ! わっくわっく!」



 名称:ねこの指輪

 解説:速さと幸運の能力値に比例し、命中率および回避率を向上させる。更にバックスタブの成功率が微増




「よかったな。ステラ向きの装備だ」


「ええぇっ!? さすがにそれはアッシュが使いなよ?」


「遠慮すんな。もらっとけ」


 それに俺の速さは8、幸運は9だ。初期値のままの俺が装備しても、まったく意味がない。装備するなら、速さ25,幸運30のステラが装備すべきだろう。


「おしっ。じゃ、帰るぞ。出口はすぐそこだ!」


 俺たちは帰路へつくのであった。

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