第4話『ドロップアイテム』

 ここは馬小屋。冒険者には定番の寝床だ。

 俺はワラをかき分けてワラの外に出る。


「おーいステラ。朝だぞ」


 馬小屋で寝ている他の冒険者を起こさないように、こんもりと小さなワラ山に口を近づけてささやく。


「……むにゃむにゃ」 


 ステラは眠そうな顔で目をこすりながらモゾモゾとワラ山からはいでてきた。


「ふわぁ。おはよーっ」


「おはよう」


 俺たち冒険者が馬小屋を無料で使えるのには理由がある。ここが世界最大の国際交易都市だからだ。この都市は迷宮から発見されたアイテムを輸出することで成り立っている。


 種族の垣根を超えてさまざまな国から冒険者がひっきりなしにやってくるのだ。そんな事情もあって尋常じゃない数の馬小屋がある。


 冒険者が空いてる馬小屋を使うぶんには宿泊料はタダ。冒険者の唯一の福利厚生といっても差し支えがないかもしれない。


 主に低階層を探索する冒険者たちにはかかせない宿となっている。



「あっ、銀等級の戦士の人だー」


「こらこら、知らない人に指さしちゃあかん」



 ステラが指をさしている事に気づいたのか、銀等級の冒険者と目があった。軽く一礼。あいさつをしたら、あいさつが返ってきた。あいさつは魔法だな。銀等級の人は去っていた。



「銀等級なら馬小屋で寝る必要ないだろうにね?」


「うーん。なんでだろうねー? ふしぎー」



 ステラはその理由は知らないようだった。高位の冒険者を馬小屋で目にすることは、それほど珍しいことではない。何か理由があるのだろう。



「宿があまりにも快適すぎて迷宮に行きたくなくなるから、とか?」


「あははっ。それ、あるかも」



 ゴールデンウィークとかの長期連休あけに会社に行くのはとても憂鬱だ。それと同じ心理が迷宮冒険者にも働いているのではないかと想像した。



「それとさ、一週間単位でしか宿に泊まれないといのも難点だよな」


「せやなー」



 この世界と比較的似ているウィズというレトロゲームでは宿屋に泊まると強制で1週間の時間が経過するシステムになっていた。


 最も安い部屋では1週間の宿泊でHPがたったの1しか回復しない。仮にHPを53回復させようとしたら、365日、つまり1年必要になる。



 1年も宿屋に引きこもっていたらそりゃぁ迷宮に行く気もなくなる。さっきの銀等級の人はきっとあえて馬小屋で寝ることで、緊張感をたもち、迷宮冒険者としてのモチベーションを維持しているのかもしれない。


 まあ、迷宮都市最強の冒険者パーティー、ダイヤモンドナイツのみなさまは普通にロイヤルスイートに宿泊してたけどな!



「よし。それじゃー迷宮へ出発だ!」


「おーっ!」




  ◇  ◇  ◇

 



「冒険者として初めての迷宮か、いままでは荷物持ちだったからな」


「私、ちょっと緊張してるかもっ?」



 緊張するのも当然か。命かかっているしね。


 迷宮都市の道具屋のボッタクリ商店でひたすら回復薬を買いあさった。できるだけ長時間1階層でレベリングできるようにするためだ。買いあさったといっても10個程度だが。


 というのも1人あたりが迷宮に持ち運んで良いアイテムの数に制限がかけられているからだ。その数は8。


 迷宮の中で多くの荷物を持ち運ぶのは危険過ぎるため禁止されたそうだ。違反した場合は牢屋行きだ。


 迷宮入口の守衛のおっさんにアイテムの数をチェックされるのでごまかすのは難しいだろう。ちなみにいまのアイテムの所持数はこんな感じだ。




【アッシュ】

 メイス〈装備〉

 回復薬

 回復薬

 回復薬

 回復薬

 回復薬

 回復薬

 毒消し



【ステラ】

 ナイフ〈装備〉

 回復薬

 回復薬

 回復薬

 回復薬

 回復薬

 回復薬

 毒消し




「アッシュ、まえから魔獣の気配がするよっ」


 ステラは思った以上に優秀だ。前のパーティーの上級職のニンジャはここまで正確に魔獣の気配を感じ取ることはできなかった。


「おっけー。ステラは下がってろ。戦闘は俺にまかせろ」


 LV1で体力6のステラを戦闘に参加させるのはリスクが高すぎる。下手したら魔獣の攻撃で即死だ。ステラは当面の間、魔獣の気配探知と地図作成に専念してもらうことにした。



「ガルルルルッ!」


「ゴブリンか」


 フォングシャ。

 メイスで頭部を殴打。

 魔獣は死ぬ。


「うしろっ!」


「ほいさ」


 腰にひねりを加えメイスを振るう。背後から襲いかかろうとしていたゴブリンの頭部が爆散。


「逃がすか」


 逃走を試みた緑の子鬼、ゴブリンを追いかけメイスで一撃。ゴブリンは膝をついて倒れる。


「そいつ死んだふりー! アッシュ、とどめ!」


「っと、……まだ生きてやがったか」


 死んだふりをしていたゴブリンが起き上がり一直線に駆けてくる。蹴りでひるませ、メイスで頭部を砕いだ。さすが魔獣だ、生命力がハンパない。


「ゴブリンどもは皆殺しだ」


「? はい」


 ステラが一瞬キョトンとした表情をしていた。すまない、一度言ってみたいセリフだったんだ。コホンと軽く咳払いしてごまかす。


「ステラ、魔獣の気配はもうないか?」


「うん。だいじょぶー」



 パーティー結成後の初勝利を祝うためにハイタッチ。幸いにして迷宮内のゴブリンはそれほど凶悪ではない。少なくとも女をさらって孕み袋、みたいなことはしない。


 これはあくまで俺が勝手に考えただけの仮説だが、この世界のゴブリンにはオスとメスがいるからとか考えた。まあ、普通に人を殺しにくるし、十分凶悪と言われればその通りなのだが。



 この世界はゲーム〈風〉であってもあくまで現実である。物理法則は基本的に現実世界と同じ。適当に武器をブンブンしてれば魔獣を倒せるというわけではない。


 ちゃんと急所を狙い、確実に倒す必要がある。そういう意味では同じLVの冒険者であってもある程度の差が出るのは自然かもしれない。



「そろっとゴブリンが消える頃合いか」


 倒した3体のゴブリンは迷宮に吸収され消滅した。


「やったー! アイテムだよ」


 魔獣が死ねば迷宮に吸収され、消滅し何も残らない。だが例外がある。ドロップアイテムだ。


「棍棒と指輪か」


 アイテムを回収する。8つしかないアイテム枠をあけるため、回復薬を2つアイテムバッグから取り出し、1つをステラに渡す。


「私、戦ってないよ? 飲んでもいーの?」


「もちろんだ」


 俺は腰に手をあて回復薬を流し込む。銭湯で牛乳を飲むときによくやるアレだ。ステラも俺のまねして腰に手をあてながら飲んでいる。

 

「「うまい」」


 柑橘系のさわやかな酸味がのどを通り抜ける。疲れが吹き飛ぶ。実際、回復薬なので本当に疲れが吹っ飛んでいるのだろうが。


「そんじゃ、もう少し頑張ってみますか!」

「おー!」

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