第4話『まずは馬小屋から』

 ここは馬小屋。


 冒険者にとっては、もはや第二の我が家とも言える定番の寝床だ。


 乾いた藁の匂いと、時折聞こえる馬のいななき。俺はワラをかき分けて、差し込む朝日に目を細めた。


「おーい、ステラ。朝だぞ」


 馬小屋の隅で寝ている他の冒険者を起こさないように、俺は隣でこんもりと盛り上がった小さなワラ山に口を近づけて、そっとささやく。


「……むにゃむにゃ」


 ワラの山がもぞもぞと動き、やがて中から眠そうな顔をしたステラがはい出てきた。その髪には、藁が一本、ぴょこんと跳ねている。


「ふわぁ……。おはよーっ」


「おはよう」



 俺はステラの頭についた藁を、そっと取ってやった。


 俺たちのような駆け出しの冒険者が、この馬小屋を無料で使えるのには理由がある。


 ここが世界最大の国際交易都市だからだ。この都市は、広大な地下迷宮から発見される様々なアイテムを輸出することで成り立っている。


 一攫千金を夢見る者、己の力を試したい者、あるいは故郷を追われた者。


 種族の垣根を越えて、さまざまな国から冒険者がひっきりなしにやってくるのだ。


 その結果、宿屋だけでは到底足りず、街の各所にある馬小屋が、冒険者のための簡易宿泊所として開放されている。


 冒険者にとって、唯一無二の福利厚生と言っても差し支えがないだろう。


 特に、俺たちのように低階層を探索する冒険者にとっては、欠かせない拠点となっている。


「あっ、銀等級の戦士の人だー」


 ステラが、身支度を整えている屈強な戦士に気づき、小さな声で呟く。


「こらこら、知らない人に指をさすものじゃない」


 俺が窘めると、ステラは「あっ、ごめんなさい」と小さく舌を出した。


 俺たちの視線に気づいたのか、その銀等級の冒険者と目が合った。俺が軽く一礼をすると、相手も無言で会釈を返してくれる。


 挨拶は、種族や身分を超える魔法だ。戦士はすぐに身支度を終え、朝日の中へと静かに去っていった。


「銀等級ほどの人が、どうして馬小屋に泊まるんだろうね?」


「うーん。なんでだろうねー? ふしぎー」


 ステラはその理由は知らないようだった。だが、高レベルの冒険者を馬小屋で見かけるのは、それほど珍しいことではない。何か理由があるのだろう。


「おそらく、宿屋があまりにも快適すぎて、迷宮に潜るのが億劫になるから、とかじゃないか」

「あははっ。それ、あるかも」


 前世で経験した、ゴールデンウィーク明けの出勤日の、あの絶望的な気分の重さ。


 それと同じ心理が、この世界の冒険者にも働いているのかもしれない。


「それと、この世界の宿屋は、一度泊まると強制的に一週間が経過するからな。それも難点だ」

「そだね!」


 昨日、この世界が『ウィザードリィ』というレトロゲームに近いと気づいてから、色々と腑に落ちることが増えた。


 あのゲームでは、宿屋に泊まると強制で時間が経過するシステムだった。


 しかも、最も安い部屋では一週間の宿泊でHPがたったの1しか回復しない。


 もしHPを53回復させようと思ったら、365日、つまり丸一年も宿屋に引きこもる羽目になる。



(一年も宿屋でゴロゴロしていたら、そりゃあ迷宮に行く気もなくなるだろうな。あの銀等級の戦士は、きっとあえて馬小屋で寝ることで、冒険者としての緊張感を保ち、モチベーションを維持しているのかもしれない。……まあ、俺を追放したダイヤモンドナイツの連中は、毎晩のようにロイヤルスイートに宿泊していたがな!)



「よし。それじゃあ、迷宮へ出発だ!」

「おーっ!」



  *  *  *



「冒険者として、自分のために迷宮に潜るのは初めてか。今までは、ただの荷物持ちだったからな」


「私、ちょっと緊張してるかもっ?」


 ステラの声がわずかに震えている。無理もない。ここから先は、常に死と隣り合わせなのだから。


 迷宮に潜る前に、俺たちは迷宮都市の道具屋に立ち寄った。


 その名も「ボッタクリ商店」。その名の通り、鑑定料は法外に高いが、品揃えだけは一流だ。


 俺たちはなけなしの金で、ひたすら回復薬を買い漁った。


 できるだけ長時間、第一階層でレベリングをするためだ。買い漁ったといっても、二人で十数個が限界だったが。


 というのも、この世界では一人あたりが迷宮に持ち運べるアイテムの数に「8つまで」という厳しい制限がかけられているのだ。


 迷宮内で多くの荷物を持ち運ぶのは危険すぎる、というのがその理由らしい。違反した場合は、問答無用で牢屋行きだ。


 迷宮の入り口では、強面の門番による厳格なアイテムチェックがあるため、ごまかしは効かない。


 ちなみに、現在の俺たちのアイテム所持数はこんな感じだ。



【アッシュ】

 ・メイス〈装備〉

 ・回復薬 ×6

 ・毒消し


【ステラ】

 ・ナイフ〈装備〉

 ・回復薬 ×6

 ・毒消し



「アッシュ、前から魔獣の気配がするよっ」


 ステラの索敵能力は、本当に優秀だ。ダイヤモンドナイツにいた上級職のニンジャですら、ここまで正確に魔獣の気配を感じ取ることはできなかった。


「わかった。ステラは下がっていろ。戦闘は俺に任せてくれ」


 LV1で体力6のステラを、いきなり戦闘に参加させるのはリスクが高すぎる。


 ゴブリンの投石一発で即死、なんてことにもなりかねない。ステラには当面の間、気配探知と地図作成に専念してもらうことにした。


「ガルルルルッ!」

「ゴブリンか」


 通路の角から、三体の緑の小鬼が姿を現した。



 ――フォングシャ。



 俺は一体の頭部に、的確にメイスを叩きつける。脳漿が飛び散り、魔獣は声もなく崩れ落ちた。


「うしろっ!」


 ステラの鋭い声。俺は即座に腰をひねり、体ごとメイスを振るう。背後から襲いかかろうとしていたゴブリンの頭部が、熟れた果実のように爆散した。


「逃がすか」


 逃走を試みた最後の一体を追いかけ、足払いで体勢を崩し、倒れ込んだところにメイスの一撃を叩き込む。ゴブリンは膝をつき、動かなくなった。


「そいつ、死んだふりしてる! アッシュ、とどめ!」


「っと、……まだ生きてやがったか」


 ステラの警告で、ピクリと動いたゴブリンに気づく。起き上がろうとするその頭蓋を、今度こそ完全に砕いた。さすがは魔獣だ、生命力が人間とは比べ物にならない。


「ゴブリンどもは皆殺しだ」

「……? はい!」


 俺がどこかで聞いた決めゼリフを口にすると、ステラが一瞬キョトンとした顔で俺を見つめていた。


 すまない、一度でいいから言ってみたかったんだ。俺はコホンと軽く咳払いをしてごまかす。


「ステラ、魔獣の気配はもうないか?」

「うん。もう大丈夫みたい」


 パーティー結成後の初勝利を祝して、俺たちは軽くハイタッチを交わした。


 幸いにして、この迷宮のゴブリンは、某TRPGに出てくるような、女をさらって孕み袋にするような残虐非道なタイプではないらしい。


 これは俺の勝手な仮説だが、この世界のゴブリンにはちゃんと雌雄の別があるからではないだろうか。


 まあ、普通に人を殺しに来る時点で、十分凶悪ではあるが。


「そろそろ、ゴブリンが消える頃合いか」


 倒した三体のゴブリンの死体が、淡い光となって迷宮に吸収されていく。


「やったー! アイテムだよ!」

 魔獣が消えた後には、いくつかのアイテムが残されていた。ドロップアイテムだ。



「………指輪か」



 アイテムを回収する。八つしかないアイテム枠を空けるため、俺は回復薬を二つ取り出し、そのうちの一つをステラに渡した。


「私、戦ってないのに、飲んでもいいの?」


「もちろんだ。索敵も立派な戦闘貢献だ。それに、後衛のコンディションを維持するのは、前衛の役目だからな。合理的判断だ」


 俺は腰に手を当て、回復薬を一気に飲み干す。銭湯で風呂上がりの牛乳を飲むときによくやる、あのポーズだ。


 ステラも俺の真似をして、小さな腰に手を当てながら、こくこくと回復薬を飲んでいる。


「「ぷはーっ」」


 二人同時に、満足のため息が漏れた。柑橘系の爽やかな酸味が、喉を潤していく。


 戦闘の疲れが、少しだけ癒えた気がした。


「そんじゃ、もう少し頑張ってみるか」

「おー!」

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