第2話『最強パーティーから追放』

 転生してから、早一年が経過した。



 あっという間の一年だ。

 まあ、それは特筆すべきことではないか。

 そういや生前もそんな感じだったな。



 さて、ここは迷宮都市ウィズが誇る大迷宮、その第三階層。



 壁からはじっとりと湿った苔の匂いが立ち込め、時折、遠くから魔獣の咆哮ともつかない不気味な音が響き、壁の松明の炎を揺らした。


 いまだ踏破されたことのない、未知の領域が広がる場所だ。もっとも、俺にとっては未知というより、単に退屈な風景の繰り返しでしかなかったが。


 教会での職業選択――神父の胡散臭い笑顔を思い出す――と、我ながら完璧なステ振り。ボーナスポイント62を叩き出し、自由に割り振れるなど、神に感謝しかない。


 ……を終えた直後、俺は迷宮都市ウィズ最強と名高いパーティー『ダイヤモンドナイツ』から勧誘を受けた。


 なんでも、俺の持つ【鑑定】スキルが希少で、ぜひ力を貸してほしいとのことだった。まあ、断る理由もない。


 ブラック企業から解放されたばかりの浮かれた気分のまま、俺はその誘いに乗った。これで俺も異世界勇者パーティーの一員だ、と。



 …………鑑定ができる便利な荷物持ちとして、だが。現実は非情である。



「どうしてこうなった」


 

 吐き出した言葉は、誰に聞かれるでもなく迷宮の冷たい空気に溶けていく。まるでフロムゲーで胡散臭いNPCに裏切られた時のようなやるせなさだ。


 フロムゲーの『親切なキャラ』には注意すべきだとあれほど学んだというのに……。荷物持ちという役割は最悪だ。


 ……荷物持ちポーターは異世界成り上がり物の鉄板と聞いていたが。うん……これ、マジで罰ゲームだは。


 何が最悪かって? 魔獣を倒しても経験値がまったく入らないのだ。ダイヤモンドナイツの連中曰く、「荷物を運ぶだけの者に経験値など不要」らしい。


 その結果、俺は転生してから一年経つというのに、いまだLV1のまま。初期ボーナスポイント62を誇り、アンバサ戦士としての輝かしい未来を夢見ていた俺が、だ。まるでレベルアップの概念がない亡者のような扱いである。



(パーティーの盾役として、その有り余る体力で前線に立たされることもあれば、呪われる危険を冒してまで未鑑定品の鑑定もさせられるとはな)



 得体の知れないポーションを飲まされたり、明らかに呪われていそうな武器を素手で鑑定させられたりもした。



 それなりに貢献してきたつもりだが、経験値は――ゼロ。



 報酬も雀の涙。理不尽極まりないが、この世界の法則ルールがそうなのだから仕方がない、と自分に言い聞かせてきた。まるで、どうしようもないクソゲーの仕様を受け入れるかのように。


 やってられんわ、と心の中で毒づいた、その時だった。


 リーダーである聖騎士ガストンが、ふと足を止め、俺の方へ向き直る。その顔には、何か悪巧みでもしているかのような、あるいは単に何も考えていないだけのような、とにかく嫌な笑みが浮かんでいた。



(……どうせ追放だろ? うん、知ってる。むしろ遅すぎたくらいだ)



「アッシュ! 貴様のような鑑定しか能のない無能は、この誉れ高きダイヤモンドナイツにはもはや不要だ! さっさと田舎にでも帰って、そこらへんのブサイクな女とでも結婚し、ガキでも作って畑でも耕しながら暮らすがいい! それが貴様のような役立たずにはお似合いだ!」



 ガストンの甲高い声が、やけに響く。



(……ほらな。いや、逆に、あまりにも想定通りのタイミングでの『追放宣言』に驚いたくらいだ。まさか、俺の心を読んでないよなコイツ? ……いわゆるテンプレ追放宣言、ご苦労なこった。しかし、なぜ田舎に帰ってブサイクな嫁と結婚しなければならないのか。勝手に人の俺の人生のビジョンまで決めるんじゃねぇ)



 一瞬、ムカッときて『俺は荷物持ちだけでな(~中略~)もしてきたのだ!』と説明してやろうかとも思った。……まあ、なんか自己弁護するのはあまりにダサい気がしたので、『中略』とさせてもらった。時間の無駄だ。



 この聖騎士ガストンという男は、残念ながら人の話をまともに聞けるほど器の大きな人間ではない。その証拠に、俺が何か負け惜しみでも言うだろうと期待して、今もニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていやがる。



 一年も同じパーティーにいれば、ガストンの表情一つで何を考えているかなど、手に取るように分かってしまう。単純な男なのだ。


 前世のブラック企業で培った社会人経験から言わせてもらえば、ポーカーフェイスや面従腹背は、いわばザパニーズサラリーマン標準搭載の基礎スキルだ。


 上司の理不尽な指示にも笑顔で『かしこまりました!』と答え、内心では舌を出す。それが処世術というものだ。



 だが、ガストンに限らず、この世界の冒険者には、そういった処世術を持ち合わせている者は少ないようだ。感情が駄々洩れである。ある意味、羨ましいほどに正直だ。



「そうですか。ダイヤモンドナイツでの経験は、私にとってかけがえのないものでした。これまでお世話になりました」



 俺は深々と頭を下げる。完璧な社畜スマイルを添えて。



 正直なところ、一年経っても経験値ゼロではやり甲斐などあるはずもなく、待遇も決して良いとは言えなかった。食事はいつも残飯同然、寝床は馬小屋の片隅。給金も、鑑定のリスクに見合っているとは到底思えなかった。



 むしろ、ガストンが追放を切り出してくれなければ、こちらから脱退を申し出ていたかもしれない。潮時だったのだ。


 せめて、こういう話は街に帰ってからにしてほしいものだが。迷宮のど真ん中で放り出されては、LV1の俺など死んでくれと言っているようなものだ。



(まあ、こいつのことだ。どうせ、今思いついたのだろう。計画性など皆無に違いない。聖騎士というより、脳筋のバーサーカーに近い)



「くっくっく! アッシュ! これでまた馬小屋生活に逆戻りだな! なんともミジメな野郎だぜ! 俺様がいなければ、お前など野垂れ死にだ!」



「そっすね。ワラって意外とチクチクするんですよね。慣れれば快適ですが」



 俺は愛想笑いを浮かべる。ガストン。いちいち人の神経を逆撫でるのが得意な男だ。その才能だけは認めてやってもいい。



 とはいえ、ここは危険な迷宮の真っ只中。短気で頭の悪い馬鹿を刺激して、何が起こるか分かったものではない。ソウルシリーズなら、ここで敵対NPC化して襲い掛かってきてもおかしくない。



 ここは、耐えろ。俺は生前のブラック企業で、これ以上の屈辱など何千回と乗り越えてきたのだ。納期前のデスマーチ、上司からのパワハラ、クライアントからの無茶振り。それに比べれば、ガストンの嫌味など赤子の戯言に等しい。



 この程度の低次元な挑発に乗るほど、俺はナイーブではない。奥歯をぐっと噛み締め、平静を装い、ありきたりな感謝の言葉を口にする。まるで、感動的な退職スピーチでもするかのように。



「ガストンさん、そしてダイヤモンドナイツの皆さん。これまで一年間、大変お世話になりました。迷宮都市最強のパーティーであるダイヤモンドナイツの一員として活動できた名誉を胸に、今後もより一層精進していきたいと思います。この経験を糧に、いつか皆様のような立派な冒険者になれるよう、努力を続ける所存です。本当に、ありがとうございました」



 我ながら、心のこもっていない薄っぺらい言葉をペラペラと並べ立てたものだと思う。だが何故か、ガストンは感動で打ち震え、その大きな瞳からはボロボロと涙を流している。



 ガストンだけではない。パーティーの他の仲間たち――いつもガストンの腰巾着をしていた魔法使いや、無口だが俺を見下していた戦士までもが――なぜか皆、目に涙を浮かべている。



 俺の言葉のどこに、彼らの涙腺を刺激する要素があったのか、皆目見当もつかない。この世界の人間は、感受性が豊かすぎるのだろうか。



「アッシュ……そうか……そんなにも、ダイヤモンドナイツの一員であったことを誇りに思っていたのか。……それは、すまなかったな……。本当に……申し訳……うっ……ない。俺も、お前のような出来た部下を持てて、リーダーとして誇らしいぞ……。だがな! アッシュ……冒険者というのは、遊びではないのだ。おまえは、田舎に帰って、ブサイクな嫁とガキでも作って……どうか、幸せに暮らしてくれ……。それがお前の幸せだと、俺は信じている……!」



 ガストンはさも良いことを言っているかのような口ぶりだが、よくよく聞けば、その内容はまったくもって良いことではない。


 そしてなぜ、かくなに俺にブサイクな嫁と結婚するビジョンを押し付けるのか? こいつの脳内がどうなっているのかが謎だ。


 だが、どうやらガストン本人には、その自覚は微塵もないようだ。天然なのか、ただの馬鹿なのか。あるいは、その両方か。……両方だ。あるいは、病気。



「アッシュ、世話になったな。これは少ないが、退職金だ。受け取ってくれ」


 ガストンが、どこから取り出したのか、小さな革袋を差し出してくる。中には、申し訳程度の金貨が数枚入っているのが透けて見えた。


「いえ、退職金は結構です」


 俺はきっぱりと断った。


 俺の言葉に、ガストンはまるで予想だにしていなかったかのように、キョトンとした表情を浮かべている。


 迷宮のど真ん中で追放を宣言するような男から、はした金を受け取るなど、冗談ではない。屈辱以外の何物でもない。俺のアンバサ魂がそれを許さない。



(そもそも、マジで少ない。雀の涙にも程がある。これで退職金とは、片腹痛いわ。前世のブラック企業ですら、もう少しマシな退職金が出たぞ……いや、出てないな。あれは解決金だったか)



「なにぃ!? この聖騎士ガストン様の退職金が、受け取れないだとぉッッ!? 貴様、俺の施しを無にするというのか!」



 ガストンの顔がみるみる赤くなっていく。単純な男だ。


 いきり立つガストンをいさめるため、俺はそっと彼の肩に手を置き、ポンポンと軽く叩いた。宥めるような、それでいてどこか憐れむような、絶妙な力加減で。



「ガストンさん、俺のような【鑑定】しかできない無能に、退職金など不要です。そのお金は、俺が抜けた後のパーティーメンバーの補充費用にでも、お使いください。きっと、私よりも有能な方が見つかることでしょう」



「アッ、……アッシュ……アッシュ……アッシュ……! お、おまえというヤツは……なんて、なんていいヤツなんだ……! おまえの能力は路傍の石ころだが、心はダイヤモンドだ! どうか、お前のブサイクな嫁に、武勇伝として語り継ぐが良い! ……そうか……ダイヤモンドナイツのことを、そこまで……! 分かった! その退職金、ダイヤモンドナイツのために有効活用させてもらうぜ! お前の魂も、ダイヤモンドナイツと共にある!」



 ダイヤモンドナイツの他のメンバーも、この光景にいたく感激しているようだ。中には嗚咽を漏らす者までいる。


 一見すると感動的なお別れのシーンに見えるかもしれないが、俺はこいつらに魔獣の囮にされたり、毒沼に突き落とされたり、何度も殺されかけたりしたのだがな? 忘れたとは言わせんぞ。


 まあ、過ぎたことだ。こんな連中と関わるのは、時間の無駄だ。


「アッシュ……達者でな! がんばれよ! 俺たちは、いつでもお前のことを応援しているぞ!」



 ガストンをはじめとしたダイヤモンドナイツのメンバーに盛大に手を振られながら、俺は一人、その場を後にした。背後で「アッシュー!」「ありがとうー!」という声が聞こえたが、振り返ることはなかった。



 その後、第三階層から地上に戻るまで、何度も死にかけたのは言うまでもない。LV1の司教が単独で踏破するには、この迷宮はあまりにも過酷だった。



 ゴブリンの集団に囲まれ、ジャイアントスパイダーの巣に迷い込み、スライムに飲み込まれかけ……まさに死にゲーの様相を呈していた。



 途中で親切な、そしてまともな冒険者パーティーに助けてもらい、なんとか迷宮を脱出することができた。


 彼らがいなければ、俺は今頃、迷宮の肥やしになっていただろう。


 改めて、冒険者同士の助け合いの精神は大切だと、心に刻んだのであった。そして……まともな人間と関わることの重要性も痛感するのであった。

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