真夜中に狩る 『KAC20219』

運昇

真夜中に狩る

 最終電車はとうに行った。


 誰もいない市街地。


 静寂が冷たく包み、満月の影を映す線路の上で俺は魔法を唱えてみる。


「あまねく時の粒よ、汝、我の思うままに姿を表せ!大時間遡行リターン!」


 直後、時空が歪み、俺は最終電車に乗り込む事に成功した――なんてことは起こらない。


 自虐めいた咆哮が真夜中のホームに虚しく響いただけだ。


「あのお客さん、終電が過ぎたからって線路に降りないで下さい」


 そんな悔しさを絡め取るように駅員が俺の意識に紛れ込んできた。


「どうしたチャリオット。モンスター狩猟の誘いならば俺は受けないぞ?ソロ狩りが俺のポリシーなんでな」


 俺の気持ちなんて分かる訳が無い。

 家に帰れさえすれば、本日発売した新作のモン○ンがプレイできたのだ。ダウンロード完了して俺を待っていたのだ。


 また明日も仕事だ。


 ハンターランク昇格クエストまで行かずともせめてチュートリアル、いや、せめてキャラメイクまではプレイできたのだ。

 定時上がりの帝王と呼ばれたこの俺が。


 なぜ終電を逃しているのだ。ふざけろ!


 この駅員に文句を言ってやる。

 なぜ電車に乗せなかった?

 なぜ電車を止めなかった?

 俺は一生懸命走った。

 それにも関わらず、その努力をあざ笑うかのように駅室に閉じこもって俺が電車に乗る手配を怠った。


 許さんぞ!


 俺はプラットホームをよじ登った。


「ぐっ!」


 これが案外に高い。線路に降りた時は怒りに任せたせいか高さを感じなかったが、腕っぷしの強さを試される。


「お客さん無理しないで下さい。ほらホームの先端までいけば階段がありますから」


「黙れチャリオット!×ボタンを連打すればよじ登れるって俺はリサ教官に教わったんだ!」


 俺の中に秘めたる原生の力よ


 岩をも砕く腕力を与えたまえ


「ファイトおおおおお」


「やれやれ」


 と俺の頭上で嘆息する駅員が襟を掴んで引っ張りあげてくれた。


「あ、あり……」


 そこまで言って止めた。


「俺は協力プレイはしないと言ったはずだチャリオット」


「水田です。困ったお客さんですね」


「お前のせいでクエスト失敗した」


「申し訳ございません」


「キャラメイクしたかった」


「申し訳ございません」


「俺、全シリーズ女性キャラしか作ってこなかったんだよ」


「ええわかります。キリン装備でございますね?」


「はっ!な、なぜ分かった!」


「お客さんがつけていらっしゃるリオレウス希少種のキーホルダー。あとに続く言葉は不要です、それに」


「そ、それに……?」


 俺はつばを飲み込んだ。


「キリン装備は、男のロマンでございます」


 キ リ ン 装 備 は 男 の ロ マ 

 ン


 俺はふっと笑みを浮かべた。


 たまの協力プレイも悪くはない。


「あのフワフワムチムチボディたまらないよな、なあチャリオット?」


「水田です。さあ夜が更けてきました、ここでロマンを語るのは野暮というもの。一旦、詰め所に参りましょう」


「ああそうしようチャリオット」


「水田です」


 俺は水田と偽名を騙るチャリオットに誘われ、駅の詰め所に案内された。

 中は暖かい。

 3月の夜もめっぽう冷える。

 凍えてスタミナゼロではモンスター狩りどころか、採取クエストもままならない。ここは暖房の恩恵にあずかろうではないか。


「ホットドリンクはでないのか」


「残念ながら只今切らしております」


「おいおいチャリオット、そんな準備で狩りがつとまるのか?」


「では準備をして参ります。お客様はそちらのソファにお掛けになってお待ち下さい」


「あいわかったぞチャリオット」


「水田です。少々お待ち下さい」


 俺はチャリオットに言われた通り、ソファに座って待った。

 さてキリン装備の魅力をどこから語ろうかそう思った矢先、チャリオットは戻ってきた。


「お待たせいたしました」


「早いなチャリオット。もしも肉を焼いていたらまだ生焼けだ」


「弊社では終電を逃されたお客様に、隣接する系列ホテルの案内をさせていただいております」


 と言ってなにか差し出してきた。

 いやなにかではない。見覚えのある、この世で一番俺が会いたかったモノ!


「これは……ニン●ンドーswitc●ではないか!」


「中に新作のモン◯ンが入っております」


「なんだとぉ!」


「さて提案です」


「て、提案……?」


「はい、至極単純なお願いです。3名分の宿泊料金を支払う代わりに、その新作をチュートリアルまでプレイしていただけませんか」


 妙な事を言うチャリオットだ。

 3名分払えだと?

 冗談じゃない俺はソロプレイヤーだ。

 なぜいもしない輩どもの宿泊料金を支払う必要がある?

 分かった、これは詐欺だ。モン○ン詐欺だ。

 俺は騙されないぞチャリオット。


 今すぐ警察に――。


「キャラメイクは男のロマンでお願いします」


「支払わせていただきます!ぜひ!」


 かくして俺は急遽、ビジネスホテルに泊まることに。

 併せてチャリオットに持たされた封筒をフロントに渡すと、迅速にチェックインを済ませてくれた。


「そうか拠点を既におさえていたか。でかしたぞチャリオット」


 俺はチャリオットの手回しの速さに感謝した。たった今、俺の朝チュンが決定したのだ!


 そのあとの事に特筆すべき事は無い。

 シャワーも浴びずに、ベッドの上でひたすらモン○ンに興じていただけだ。


 そして夜が明け、チェックアウトを済ませて駅へと向かった。


 もちろんチュートリアルまで終わらせたSwitc●を返却するためだ。


 チャリオットは駅舎の外で掃除をしていた。


「おや、これはこれは。おはようございます。そのお顔の様子、なかなかのモン○ン症候群です」


「一睡もしませんでした……あの、これをお返しします」


 一夜を共にしたニン●ンドーSwitc●。

 こいつは一期一会ながらもかけがえのない戦友だった。

 今度はそいつが……お前の相棒だぜ。

 俺は戦場に送り出す気持ちでSwitc●を渡した。チャリオットは笑顔で受け取ってくれた。


「では私は今日も仕事がありますのでこれで失礼いたします」


 そう言って後ろ髪を引かれる思いで踵を返した時。


「お待ち下さい」


「なんでしょう」


「私の友人が感謝をしておりました、ゆうべはすごく楽しんだそうです」


「は、はぁそれはどうも……では」


 俺は一礼をし、首を捻りながら、再び、歩きだした。


 そして俺は見てしまった。


 思わず俺は叫んでしまった。


「やっぱモン○ン詐欺じゃないか!」


 どう見てもいかがわしい男女が、ビジネスホテルから仲睦まじく出てくるところを。

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