第6話 Doubtful

 ──むつと。


 誰かに呼ばれてはっとする。

 変わることのない夕暮れ空の下で、私は静寂の中佇んでいた。

 武器として使用したスピーカーハンマーは、地面に叩きつけた影響でやや欠けている。


「帰らなきゃ……」


 私はスピーカーハンマーを掌から消して、意識を浮上させた。眠りから目を覚ますように、異世界から現実へと戻っていく。

 目を開けると、自室のベットだ。

 鏡をチェックすると、やや疲れの滲む顔が見えて、小さく動揺した。


(顔に出てるなあ)


 両手で頬を叩き、気合いを入れる。ぺちん、と良い音が空気を震わせた。

 今日はゆっくり休もうと思う。



● ● ●



 次の日、帰ろうとした私にクラスメイトが駆け寄ってくる。


「丁度捜してたんだ。直ぐ見つかって良かった」


 その言葉に私は首を傾げた。


「ちょっと用事があるんだけど、今大丈夫?」


 彼につれられ、場所を移動する。


 ――保健室にて。


 ベッドに押し倒され、私は困惑した。

 精一杯の抵抗を難なく押さえつけられ、制服に手を伸ばされながら、耳元に小さく囁かれる。


「ごめん、ちょっと脅されちゃって……」


 私は目を見開き考えを働かせる。脅しって、誰にだろうか。


「駄目」


 怒り混じりにクラスメイトを制止する。


「誰が言ったか、教えて。私が抗議しに行く」


 彼は困ったようにスマホを取り出した。電源ボタンを押すと、見知らぬ男の人の写真が現れる。


「この人なんだけど……」


 写真に、困惑が押し寄せた。

 見知らぬ、しかし酷く自分に似ている男が写っている。


「……似てる?」


 自分を指差して訊ねると、クラスメイトは頷いて肯定した。

 私に身に覚えはなく、何か血縁の話を聞いたこともない。


「いつもはなまずのお面つけてるんだけど、この時はこっそり撮れて……弱味になるかなって……」


 私は絶句した。



 ● ● ●



 黒河高校、門前。


「どういうことなの」


 クラスメイトから貰った写真を見せると、なまずのお面を付けた男は溜息を吐いた。


「知らなかったのかよ。妹のくせに」


 思わず、この世の終わりを聞いたような顔で硬直する。


(いもうと。……妹?)


 じっくり、確かめるように男の顔を見たが、今はお面で分からない。


「妹って」


 私の声をかき消すように、彼ははっきりと物申した。


波事要哉なみじようや。旧姓、七実要哉」


 彼はなんとも言えない私に視線を移し、とても愉しそうに笑みを浮かべた。


「確かに俺はアンタの兄だ。で、それがどうした?」

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