第5話 Expression

 夢の中で魔物と戦闘、ここまではいつも通り。

 防いだ筈の攻撃をくらった、これは彼が何かしたとしか思えない。


「あーあ、あそこで木じゃなく、窓ガラスにでも突っ込んでいたらなあ」


 呑気そうな声色にそぐわない内容に、寒気がする。


「今からでも死んでみれば?」


 なまずのお面をつけた黒河高校の男は、黄色いボタンを掴んで指で回す。


「ほら、どうせ生きてたって意味ないだろ? 誰も求めない、誰も想ってくれない。だからさ、一回死んでみればいい」


 咄嗟に私は蹴りを入れて、ボタンを吹っ飛ばした。

 ボタンは距離の空いた所に、音を立てて落ちる。男は不満げに私を見た。

 彼より先に私がそれを言う。


「ふざけないで……!」


 男は可笑しそうに身体を揺らしてから、ふと、表情を消した。


「ふざけてねーよ。お前、生きる意味ねえだろ?」


 生きる意味、そんなの知らない。


「知らないけど、死ぬのは、何よりの負けだと思ってる」

「……負け?」

「だから、私は生きる。生き辛くても……幸せはどこかにあるから、探していく」


 私はスピーカーハンマーを消して、ボタンを拾いに行った。

 身体の震えを我慢しながら、男に近付きそれを渡す。

 離れようとしたら手首を掴まれた。


「うるせーよお前」


 強い口調に、動揺して私の震えが酷くなる。


「幸せはどこかにある? ハハッないない。辛くても生きるってマゾかよ。魔物に殺られた方がよっぽどマシだろ」


 そうかもしれない、とネガティブになりかけてしまう。振り払うように首を大きく振った。

 男の言葉を許しちゃいけないと、彼を睨んで口を開く。


「夢だろうと死んじゃいけないし、魔物は夢を悪いものにすると思う」

「そんなのどーでもいいコトだろ。所詮は夢だぜ? 死んでも現実にはならねーだろ」


 そう言って笑う彼とは、とことん気が合いそうにない。


「私は嫌だ。君は魔物が好きなの? ……ごめんね、夢だろうと私は魔物を倒す。そして、困っている人を見つけたら、不幸より幸せをあげたい」

「何? 偽善者バカ? んじゃ、確かに俺は魔物が好きだから、魔物のエサでも増やして、人を壊して、絶望の夢を見せてやるよ」


 なまず面の目の穴から見える黒は、夜よりも暗く歪んでいた。


「せいぜいムダに足掻きな」

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