第31話 こんにちわ、そしてさようならの世界

じん、そっちのテーブルを持ってよ」

「ああ、モテる男はつらいぜ」


 太陽が頭上でサンサンと輝く中、僕は桜に指示され、横長の折り畳みテーブルを一人でせっせと運ぶ。


「兄ちゃん、真面目にやれよ。何寝ぼけたこと言ってるんだよ? 昨日は遠足気分で寝れなかったのか?」

「何だ、啓太けいたシェフ、ここで刺身(サシ)でやるってか?」


 そこに絡んできた敵に僕はテーブルを下ろして上着の長袖を捲り、腰を屈めて臨戦態勢をとる。


「もう二人とも喧嘩しないの。今回の主役は私たちじゃないんだから」

「そういうことだぜ」


 桜の友好を求める声に『嫌みのスパイス』をかけてきた啓太料理人から大人しく身を引くことにする。

 あのさ、仕掛けてきたのはそっちからだからな?


 ──そんなこんなで僕たちは近くの川辺でバーベキューを楽しむための準備をしていた。

 だけどただ、自分たちの腹を満たすのが目的ではない。


 今日は蔭谷かげたにが教師に就任して三年にあたる節目であり、何よりも奥さんとの結婚記念日でもあった。


 みんな、日頃からお世話になっているせいか、蔭谷に内緒でこうやってパーティーの準備を整えてきたのだけど……。


「それにしても一時的とはいえ、岬代みよのお母さんと蔭谷が付き合っていったとはね」

「桜、もうその件はよして下さい」


 岬代がその件には触れまいと必死にまな板の上で野菜を切っている。

 キャベツにニンジン、ピーマン、ナス。

 夏を彩る野菜で一杯だ。


 ちなみにもう一度言うが、カレーじゃなく、バーベキューの材料だ。


 ……でも気になるにはナスの横にある丸っこい果物のような固まり。


 森のバターと呼ばれるアボカドだな。

 バーベキューには場違いな野菜っぽいけど……。


 近くに輪切りの丸いパンがあるからにハンバーガー用か?

 僕のコンビニ飯の頭脳では想像できない。


「でもオラたちが引き留めたから良かったぜ。岬代ちゃんのお母さんとはお金目的だったんだからさ」


 啓太が脂がのって美味しそうな肉の入った金属トレイをいそいそと運ぶ。


 コイツ、僕らの話に仲良く参加をすると見せかけて、そのいい肉を全部いただくつもりだな。

 僕たちには、そこら辺にある薄っぺらく赤身の少ない安い肉を食えと……。


「まあ、そうだよな……」


「……そんな輩には罪と天罰を(2倍威力)」


 僕は啓太にさりげなく近づき、周囲に分からないよう、彼の太ももを思いっきりつねり上げる。


「ギャオオオースー!?」


 啓太は涙目になりながら、声にもならない怪獣言語を叫ぶのだった……。


****


 ──そう、僕は確かにあの地下施設の爆発で命をおとしたはずだった。


 次々と落ちてくる瓦礫から身を守るように、胸元のブローチが光の円状のバリアを発していたのだ。


「僕は生きているのか?」


 声に出して、手足を動かしてみるが、特に痛みもなく、どこも支障はない。

 そして、膝元に眠り、明らかに血色の良くなった岬代の無事を確認するために首筋に触れてみる。 


 トクン、トクンと脈打つ生きている証。


 どうしてだ。

 岬代は確かに絶命したはずだったのに……。


『よくやったな、勇者ジン』


 そのブローチから再度、親父の声がする。


「親父か。これはどういうことなんだ?」

『このブローチは勇者の剣を取り出せる他に、死に際の時の身代わり状態や、テレパシーに録音、さらに勇者として世界を救った時、思った願いを聞き入れてくれるなど特別な効果があるアクセサリーだ』

「だったら僕を大金持ちにして、美女に囲まれたハーレムウハウハな生活を!!」


『仁、エロく(えらい)熱狂しているところ悪いが、もう願いは叶えてある』

「えっ、僕は今願いを言ったばかりだぞ?」

『そうではない、心から念じた想いではないと効果はないのだ』


『今回は心の奥底でこんな狂った世界を平和な世界に戻してほしいと願っただろう』

「確かに言われてみたらな」


『それに願いを叶えてきたこのブローチは、もう寿命で砕け散る運命。これからは己の手で運命を掴みとるんだ』

「待ってくれ、親父やお袋、啓太、鋼音はがねたちもこの施設に居たんだろ。その人たちはどうなるんだよ!?」

『大丈夫。願いを叶えた矢先、すべて丸い鞘に収まる。自分の想いを信じろ』


 その言葉を最後に勇者のブローチは砂のように粉々に砕け散った。


 ──僕と眠っている岬代の体が光の球体に吸い込まれて、瓦礫の山をすり抜け、朝焼けの浮かぶ空へと浮き上がる。


 ゆっくりと球体が降りて消えた地上には、僕の知る桜や啓太などのみんなが手を振ってくれて、まさに来客を待ち構えていたかのようだった。


「兄ちゃん、よくこんな状況で無事だったな」

「啓太も人聞きが悪いな。無事ならそうと言ってくれよ」

「いや、知らないうちに、ここの地面に寝ていてさ」


 しばらく見かけなかった啓太は僕の心配の投げかけに性懲りもなく、イキイキとしていた。

 

 みんなこの件に対してはあやふやな答えで施設の建物が崩れさる中、気がついたら外で寝ていたというホームレスのような発言ばかりだ。

 冬だったら凍死するぞ。


「何か温かい布団に包まれたような寝心地だったぜ。倒壊していく建物から二人が飛んで出てきたのには驚いたけどな」


 啓太が薄気味悪い笑みをこぼしながら、僕の肩をトントンと叩く。


「仲の良いことは分かるけど、お二人さん、これからが大変だぜ。なあ、桜?」

「ええ、そうね!」

「いでで! 桜はんっ!?」


 桜が気安く肩に手を触れた啓太の手をつねり、彼をクネクネと悶絶させる。


「このことは私ととの秘密だからね」

「ああ、分かった」


 施設での異世界ゲームの設定は桜と僕くらいしか記憶にないようだ。

 桜は勘づかれないようにと言ったが、啓太は首を捻り、不思議そうに僕らを眺めていたからだ。


「仁、ようやく終わりましたか」


 懐かしの少しかすれたような女性の声に僕は視線を向ける。


「親父、お袋……」


 二人とも元気そうな顔で僕……いや、僕らを見て、ほほえみの表情をしている。


「ラブラブな二人とも、結婚式には呼んでくれよ」

「親父、茶化すなよ、そんなんじゃないって」


「じゃあ、何でさっきから岬代ちゃんを抱きしめたままなのですかね?」


 お袋の鋭いツッコミに気がついた岬代がハッとして、僕の腕から逃れる。


「おわっ、これには色々あってさ!?」

「……仁、寝込みを襲うなんて、どういうつもりですか?」

「いや、岬代、勘違いするなって。ただ身の安全を保証するためにさ!?」

「セクハラ反対です!」


 岬代の鋭いひじてつが僕のお腹に直撃していた。

 僕は今度こそ、人生の終わりを確信した……。


****


「さあ、お肉が焼けましたよ」

「仁ちゃーん、こっちが空いてるよ」


 生真面目に肉を焼く岬代と、ふざけたちゃん付けで誘う桜。

 二人の美人に囲まれて食べる肉もまたオツなものだ。


 なぜか啓太は端に外れて、しみじみと少し焦げた野菜を食べているけどな。

 大方、肉横取り作戦でもバレたか?


「おおう、確かに何かやっとるのお?」


 そこへ、親父に連れられて蔭谷夫妻がようやく顔を覗かせる。


「さあ、ワシらもお呼ばれしようかの」


 日傘をさした無口な妻に代わって、僕らの場所へ杖をついて来た蔭谷は岬代からプレゼントの小包と点字の手紙を受け取り、黒いサングラスを外して僕らに『ありがとう』と感謝の礼をする。

 その外したまぶたには針で縫ったような傷口がついていて、両目は瞑ったままだ。


「蔭谷、目が見えないんだな……」

「ああ。ワシの仕出かした罪は重いからの。刑務所に入れんのならこうするしかなかった」


 蔭谷がポケットから古びた鉛筆を出して、瞳をえぐるような仕草をする。

 その血塗られた鉛筆には岬代と名前のシールが貼られてあった。


 自ら傷つけた彼女の持ち物で自分を戒める……いかにも蔭谷らしいやり方だった。

 目を失うことに躊躇ためらいはなかったのだろうか。


「今まですまんかったのお……」


 若気のいたりで『魔王』として遊んだゆえのツケとして、彼は光というものを手離した。


 でもこれからも教師は続けるらしい。

 見えなくなることで大切な何かに気づいたと……。


****


 昼食を終え、蔭谷夫妻を見送った岬代が僕らに向き直る。


「さて、お腹も膨れましたし、これからどうしましょうか」

「決まってるでしょ!」


 桜が岬代の安産型のお尻をパンと叩く。


「きゃっ!?」


 それにつられて僕の前に飛び出す体勢になる岬代。


「二人とも久しぶりのデートを堪能しなよ」

「そうそう。お邪魔カジリ虫はさっさと消えるぜ」


 啓太も隙を見て、川沿いの近くにある公園の広場に行こうとする。

 所でお邪魔カジリ虫って何だ?


「ちょいまち、アンタは私と片付けをするわよ」


 そこに強引に啓太の前に割って入る桜。


「げっ、マジでっか!?」

「ええ。BLじゃない働かざる者、食うべからずよ」

「オラの存在はホモ設定以下か? 

いでで、桜はんっ、頬をづねらないでくでぇー!?」

「じゃあね、健全でノーマルなお二人さ~ん~♪」


 桜は涙目で嫌がる啓太を強引に引き連れ、洗い物を持って公共の洗い場へと向かっていった。


****


「仁、ありがとうございます」

「いきなりどうしたんだ?」

「色々と自分を助けてくれたからです」

「よせよ、僕は対したことはしてないさ」

「そうでしょうか、勇者ジン」


 僕の目が豆粒のように点になる。

 岬代には異世界の記憶が残っているのか?


 そう頭を俯かせて考え事をしている時、岬代が屈みこみ、僕にくちびるを合わせてきた。


「んんっ!?」


 これにはさすがの僕も驚いて言葉に詰まる。

 僕の初めてのキスは初めて好きになった女の子から。


 そんな彼女にされて、心がパニックになるばかりだ。


「岬代、何のつもり!?」

「えへへ、これは助けてくれたお礼です」


 後ろ手を回していた岬代がチラリと可愛く舌を出して、僕の片腕に絡んでくる。

 彼女の突拍子もない行動からして、少なからず僕に好意を抱いていたようだ。 


「さあ、勇者さん。現実世界でも自分を守って下さいね♪」


 これからは僕が岬代を守らないといけない。

 僕の勇者としてのレベルは1だが、まだ人生は始まったばかりだ。


 さようなら、異世界での僕。


 そして、こんにちは、

現実世界の僕……。



「──ちょっと遠路はるばるアメリコの語学留学から帰ってきたのに、鋼音たちの出番は全然ないわけ?」

「まあまあ、こうして最後に出させてくれましたから、お後がよろしいではないですか」

「はあ……。耀子ようこは、ほんと昔からお気楽極楽娘ね……」


 ごめんな、お二人さん。

 恨むなら作者を恨めよ。

 あと、余計な期待はするな。

 ハガネ達のスピンオフ作品も無いからな。


 fin……。

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最弱な能力に異世界転生した僕こそが最強の勇者に間違いないっ! ぴこたんすたー @kakucocoro

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