第25話 まだ決戦は終わっていない

「……うん?」


 あれ?

 僕は死んで、また戻って来たのか?

 目を開けると、そこは闇に敷き詰められていた。


「サクラどこだ?」


 少し気になることがある。

 ここは見慣れた灰色の景色ではなく、真っ黒に塗り潰されたような世界だからだ。


 ひょっとして本当に死んだのか。


 転生ではなく、死後の世界であり、今まで命を弄んだとして、天界のお偉いさんの神から天罰を食らったのかも知れない。


「でも、何で真っ黒なんだ。天界でもエコが流行っているのか?」


 まあ、何はともかく歩いてみないと状況が分からない。

 僕は立ち上がり、周りを見渡してみる。


「どこを見ても暗闇だな」


 しばらく歩いてみて理解したことがある。

 どれだけ進んでみても壁がなく、行き止まりがないし、曲がり角もない。

 真っ平らで平坦な道が永遠に続いている。


 もう一つ気になったことがある。

 辺りは暗闇の空間なのに、僕の体だけが影もなく綺麗に見えている。

 しかし、上空を見上げても電灯などのたぐいはない。


「これはどういうことだ?」


 耳を澄ましてみる。

 何も聞こえない無音の空間。


 ひょっとしてここは地獄なのか?

 地獄の中でも重い罪を受けた罪人達が集まる死後の場所か?


 想像しただけでも寒気が走りそうだ。

 その寒気の感覚すらないが……。


「おーい、サクラ! お前の悪ふざけか? 隠れてないで出てこいよ!」


 僕は彼女の名前を叫ぶ。

 がなってみたり、優しく問いかけたりもしたが、サクラからは何の反応もない。


(そういえばサクラは能力を封じられた檻にいる設定だったな……)


「……って、そんなこと考えている場合じゃないな。出口を探さないと」


 回れ右をして、足場を確かめるためにその場で数回ジャンプしてみる。


 床は岩のように固い。

 停電中の家の中でもないらしい。


(何なんだよ、ここは……)


 謎が謎を呼び、頭が混乱してくる。

 僕は名探偵チーズナンじゃないんだぞ。


 壁もない、音もない、おまけに人の気配もない。

 完全に一人だけ取り残された闇の空間。


「待てよ、取り残された?」


 いつもの転生する前の灰色の空間の場所なら、必ずと言ってもいいくらい隣にはサクラがいた。

 だけど今に限って彼女の存在を感じない。


 今までの死んだ先には彼女がそこにいた。


 彼女、サクラは自身のことをリアルで死んだ僕を転生させる神と呼び、異世界の転生に大いに関わっている人物と誇らしげだった。

 なのに、ここにはいないのだ……。


「何の。道は自分で切り開くしかない!」


 僕は背中にある勇者の剣を抜いて、暗闇に向かって斬りかかる。

 何となくだけど、何かの気配を悟ったからだ。


 そう、どこからかの獣のような息づかいが耳に障ったのだ。


「そこかあー!!」


 僕は上空めがけて思いっきり弧のように斬り開く。


 見えない布切れのようなソレが地に音を立てて落ちる。

 ソレが何かは見えないから想定はできない。


 でも一つだけ言えることは、これはヤツの影の一部と言うことだけ。

 そうか、どうやらここはヤツの作った異空間なのだろう。


「うおおおおー!」


 僕は気合いの入った叫び声を上げ、剣を掲げて、上下左右に乱雑に剣を振り回す。


「あたたたたー!」


 下手な鉄砲も数打てば当たる。

 実際には鉄砲ではなく剣という近接武器だが、その偶然の可能性に賭けてみたかった。


『ガツン!』


 その剣が突っかかり、動かなくなる。

 今度こそヤツを捉えたか?


『グアアアアー!』


 獣の咆哮をビリビリと感じた矢先、突風が吹き荒れ、彼方の方向まで吹き飛ばされる。


 今のが、この闇の世界を操る本体か。

 だが、こんなに真っ暗な場面なら、先ほどのようなまぐれ当たりは通用しないはず。


 何か案はないのか。

 一ミリグラムもない脳みそで考えるんだ。


 僕はズボンのポケットを探り、指先に何かが触ったことに感づく。

 それは、あのタクシーカーの運転手さんがくれた物だった。


「何だカイロか。別にここでは寒くもないのに何の必要があるんだか……」


 いそいそとポケットにしまおうとした

時、ある脳裏が頭をよぎる。


 そして、ビニールの封を破いて中身を取り出し、よく振ってからおもむろにカイロを宙に投げた。


「召しとったり!」


 そのカイロを空中で叩き斬る。

 熱を帯びた砂が浮遊する。


「フワリ!」


 それに目がけて、またもや偶然できた呪文、フワリの呪文を放ち、熱せられた砂が暗闇の中を舞っていく。

 僕は息づかいのした場所に向かい、その砂を覚えたての風の呪文でぶち当てた。


『グアアアアー! ア、アツイー!?』


 予感的中。

 僕は、その声の方向に思いっきり剣を振りかざした。


****


『ピシピシピシ……』


『バリーン!』


 暗闇の水槽から闇が抜けていく。

 色を取り戻した現地に戻った僕の剣は、とある体に肩から斬りかかっていた。


『がああああー!?』


 その相手はエンドだった。

 火傷の苦しみに顔を歪めながらも僕の前で意思を伝えようとする。


『……まさか、そんな飛び道具を持っていたとはね』

「いや、これは偶然の産物さ」

『じゃあ、君は運任せでやったと?』

「人生なんてそんなものさ」


 僕はエンドの肩口に埋もれていた剣先を力をこめて斜め下へと切り裂いた。


『ザシュー!』

『ぎゃあああー!!』


 肩から下腹部まで裂かれたエンドの体。

 血の代わりに、その体から黒い煙が吹き出してくる。


『しかも我輩の闇の永遠の時に閉じこめる空間呪文、ファイナルダークエンドを強引に壊すとは……いかにジン君らしいやり方だね』

「別にあんな場所に閉じ込めなくても実力で倒せただろうに。それに何だよ、その大層な呪文の名前は?」


『ふふふ、あの君の父さんの頼みだったからね。勇者と名乗る者なら、昔の君の父さんとの決着に使った呪文を使って、もてるちからを振り絞って闘ってくれってね……』

「親父がか?」

『まあ、ソウの必殺技は我輩の向こうずねに勇者の剣でゴールデンバット峰打ち攻撃だったけどね。あれは涙が出るほど痛かったよ……』


 何かしらにしろ、エンドと親父は仲が良かったようだ。

 もはや、敵同士ではなく兄弟のように……。


『君の父さん、ソウに伝えてくれ。君の息子はソウに負けないくらい強かったって……』


 それにお互い二人は野球が好きだったから、さぞかし気の合う友達になれたかも知れない。

 勇者と魔王の関係ではなかったら、普通の仲間として……。


「エンド、お前……」

『何だよ。男が泣くんじゃないよ』


 感傷に浸る僕に激を通すエンド。


「いや、男でも感情をあらわにして泣いていい時もあるのさ。

同じ時の戦友として。お前はふざけたヤツだったけど、本当は根性までは曲がっていなかった。

僕を殺した時も復活できることを読んでの行為だったんだろ?」

『そうか。そこまで理解していたんだね……』


 少年の笑みでちから無く呟くエンド。

 その表情から痛々しさが伝わる。


『……ジン君、君と闘えて良かった。ありがとう……』


 やがて、静かにとこに伏せたエンドだったものは黒い煙となり、その場から消えていった……。


 僕はピンチに陥りながらも何とかして魔王ジイ・エンドを倒した。


 今、すべての勝敗がついたのだ。


****


 エンドとの闘いに決着をつけた僕が戻ると傍にはいつものメンバーがいた。


 ケイタ、ヨーコ王女、そして、僕の好きなミヨ。

 そうか、魔王の魔力が切れたから檻から脱出できたのか。


 ところが、みんなは顔をしわしわにしながら泣いていた。

 お前ら、子供じゃあるまいし、何でそんなに泣いているんだよ。


 もう、ラスボスは倒したんだぞ。

 もっと喜んで狂喜の舞いを踊ったって誰も咎めはしないのだから。


 それにヨーコ王女も無事で良かった。


「早く……じゃう」

「分かってる……さ」


 ミヨ達が僕に向かって、何かを懸命に叫んでいる。


 何だよ、今、僕そんなに面白い顔でもしてたか。

 まあ、変顔の人間福笑いポーズには自信はあるけどな。


「早くしないと……、

ジンが死んじゃう!」

「ミヨちゃん、少しは落ち着けって」

「そんなこと言っても、これは絶望的ですよ」


 はあ、僕がどうなったって?


「確かにこの状況ならな……」

「ケイタ君もヨーコ王女もどうしてそんなに冷静なのですか!」

「困ったぜ。そんなこと言われてもな……」

「はい、困りましたね」


 ううっ、それにしても身体中が日に焼けたように痛い。

 僕の体はどうなったのだろう。


「おい、兄ちゃんが気づいたようだぜ」

「えっ、ジン。大丈夫ですか!!」


 何とか体を起こし、三人にお礼をするが……。


「ああ、ゴホッ、ゴホッ!!」

「兄ちゃん、分かったから。もう喋るな」

「ミヨ、ケイタ……ゴホッ!!」


 息が苦しい。

 言葉を発するのもやっとだ。


 口いっぱいに広がる錆びた鉄の味。


 次の瞬間、僕は大量の血液を吐いた。


「ジン!! しっかりして下さい!!」

「無駄だぜ、身体中に闇魔法の破片が刺さってるんだ。死ぬのも時間の問題だぜ」

「さすがにこればかりは救いきれませんね」


 死ぬ?

 何のことだ。


 僕は魔王を倒して、この世界に戻ってきたんだぞ?


『ジン、今までありがとう』


 頭の中を通じていつもの口調が流れ込む。


「サクラか。みんな無事だったんだな」

『ええ、一名のジンを除いてね……』

「えっ、何だよそれ?」

『みんなを助けるのとひきかえにジンは死んでしまうの』

「ゴホッ……はっ、面白い冗談だな」

『それだけ魔王の呪文のちからの反動に肉体が耐えられなかったの』

「ゴホッ……何だって……」

『いいから黙って私の話を聞いて』


 ──どうやらエンドが唱えた最強の呪文は五感を狂わす能力であり、霧状の細かい粉末を吸い、体内に幻覚をもたらす効能があったとか。


 長らくその空間に留まったせいか、闇の粒子に肺をやられてしまったらしい。


 そこへカイロの粉末も混ぜ、さらに強引に闇の空間を打ち割って脱け出したのだ。

 それらを含めた毒素や、空間の細かい破片などを吸い込み、身体中へと回り、僕は命をおとしてしまうことも知った。


 この前、首を切り落とされても回復呪文キュンで縫合すれば何ともなかったが、今回は違う。


 体に拡がり、各種の臓器さえも蝕まれ、放射能汚染のような状態。

 こうなればいくら回復呪文で回復させようとも意味がない。


 まさに末期のガン細胞に軽度の治療は皆無。

 擦り傷や切り傷とは訳が違うのだと。


(そうか、僕は本当にあの世に逝くのか……)


 そのサクラからの色んな情報に耐えきれず、僕の思考はグチャグチャだった。

 つまり、僕はもう二度と転生もできないことも。


(まあいいか。この世界を救ったのだから……)


「──ジン、ジン、しっかりして下さい!」 

「ミヨちゃん、落ち着けって」

「だって自分にとって大切なジンが!」

「ミヨちゃん、それって?」

「ジン! ジン!」


 ミヨの悲痛な叫びを聞きながらも、僕はそのまま意識を失った……。

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