第26話 この狂った世界を変えるために(現実世界シリアス編、鮮明)
「
ここはどこだろう。
僕は夕焼けの空を見上げるように寝そべっている。
背中があちこち痛い。
この感触はゴツゴツとした岩のようで……そうじゃないな。
岩のわりには粒子が細かすぎる。
ひょっとして、僕は砂利の上に寝ているのか。
これはまた、ずいぶんと悪趣味だな。
こんな罰ゲームのようなことをして、僕の本性はマゾなのか?
「仁、死なないで!」
声の先に視線を合わせると、幼げな少女が泣いていた。
なるほど、僕はマゾなうえにロリコン気質だったのか。
いや、違う。
彼女は僕の知っている高校の制服を着ていた。
「仁!」
「もしかして
「仁! 良かった。無事でしたか!」
岬代が僕の両手を握りながら、涙目で微笑んでいる。
よく見ると彼女の制服は泥だらけで、服のあちこちが破れていた。
「自分を助けて死ぬのが格好いいなんて漫画のキャラだけですよ」
「何だ、真面目なふりして、サブカルに興味があるのかよ」
「いえ、こうなったのも仁が色々と薦めてくるからですよ。自分の家では漫画とか買うのは禁止ですから」
「そうか。まあ、それはそうと、ここはどこだ?」
「あっ、やっぱりどこか痛みますか?」
「ああ、少しばかり体が痛いかな」
岬代と同じく擦り傷だらけの体を起こしながらも現状に理解できなかった。
僕は駅のホームから降りて、堂々と線路ぎわの砂利に寝ていたのだ。
胸元には金の宝石が割れてボロボロで錆びた銅になっているブローチ。
はて、このアクセはなんだろう。
「しかし、何でこんな所で僕は寝ているんだ?」
僕の爪先に置かれた枕木が規則的に感覚を開けて並び、永遠と続いている。
まさに枕木営業。
なんちゃって。
「覚えてないのですか。自分を助けてくれたのですよ」
「助けた? 僕が?」
「はい。列車に飛び込んだ時、後ろから仁も飛び込んで自分の背中を押してきて。それで二人とも助かったのです」
待て、状況が理解できない。
僕は突然の事故で記憶障害になったふりをして、彼女から詳しく話を聞き出すことにした。
──岬代は家庭の事情でお金がなく、多額な借金を支払うには自分の生命保険しかないと考えていた。
彼女は誰にも想いを打ち明けられず、一人で悩みを抱えていた。
そして、選んだ道が列車自殺。
あまりにも残酷な決断だった。
そんな岬代が駅のホームから飛び降りた瞬間、後ろから僕に背中を押され、彼女は列車の餌食にならなくて済んだ。
どうしてその現場に僕がいたのか分からないが、彼女の命を救ったことは事実だ。
僕や岬代がボロボロの姿も勢いあまって線路の砂利を転げたからだろう。
少し痛々しい姿だが、命にはかえられない。
遠くから救急車のサイレンが鳴り、数人の白衣の大人たちが担架を抱えてこちらにやって来る。
思いきって胸を張るんだ。
あの救急隊員同様、僕も彼女の救世主なのだから。
****
「ここか……」
あの事件から数日が過ぎ、僕と岬代はとある高層ビルの最上階に来ていた。
「富豪とは噂に聞いていたけど、まさか
「ええ、でも実際の生活費のほとんどは彼の愛人が払っていて蔭谷教師はヒモみたいなものですけどね」
「えらい詳しいな、岬代」
「まあ、向こうからベラベラと喋ってくるようなお喋り過ぎる方ですから」
岬代が小さい肩を震わせる。
手の中には莫大な財産を持つ相手がいて、何不自由もない生活をしているわりに、あの蔭谷は何を企んでいたのだろう。
こんな、か弱い少女に恐怖心を植えつけて……。
「でもその愛人は少し前までお金がなかったんだろ。どうやって財を築いたのさ?」
「何でも買っていた大量の株が大変動したらしくて、一夜のうちにボロ儲けをしたらしいです」
「株か。僕はちからを合わせて引っこ抜く『大きなカブの物語』しか知らないけどな」
「それが一番ですよ。知識のない素人が下手に株に手を出したら、数分のうちに無価値な紙切れになりますから」
「そりゃ、怖い話だな」
『──ピンポーン!』
『──ピンポーン!』
これで何回目だろう。
『蔭谷』と壁の表札に記載された707号室のインターホンを何度も鳴らしても、一向に人が出てくる気配はない。
「おかしいな。今日は学校は休みのはずだよな?」
「ええ、蔭谷教師が乗っている車も駐車場に停めてありましたし」
「居留守を使うとか子供みたいだな」
僕は多少苛立ち、ドアのノブを回してみる。
あれ、鍵が空いている……。
「どういうことだよ?」
「ひょっとしたら、病気で寝込んでいるのかも知れませんよ?」
「そうだな。確かに倒れられていたらおおごとだもんな」
****
僕らは部屋に入る前に『お邪魔します』と一声かけ、蔭谷の部屋へ移動した。
玄関の足元に揃えられた二足の靴は蔭谷と愛人のものだろうか。
カーテンは閉めきっていて、部屋は暗くて電気もつけていない。
さらにテレビの音も人の声すらも聞こえない。
生活感が感じられず、恐ろしいほどに無音過ぎるのだ。
「本当にここに住んでいるのか?」
「ええ、本人が言っていた場所ですから」
「それよりもリビングに行ってみましょう」
「そうだな。しかし洗い物くらいちゃんとしろよな」
ここでようやく、生活臭が漂うキッチンの流し場で乱雑に置かれた汚れた食器の山。
それに対して悪態をつく。
愛人も家事が苦手なのか?
かなり洗い物がたまっていて、ご飯茶碗についた米粒なんかは乾燥して黄ばんでいた。
「仁っ!?」
「何だよ、大きな声だして。大きなネズミでもいたか?」
「ええ、ネズミじゃないですけど……」
「ははは。おかしなやつだな……のわっ!?」
リビングの中央にいた物に対し、目を丸くすることしかできない。
その物は天井を通じて紐にくくられていた。
紐は首輪のような形をしており、ハムのような肉をぶら下げていた。
その肉は人の形をしていて……あの蔭谷の首吊り死体だった。
「あわわ……」
岬代の顔から血の気が引き、その場にストンとへたれこむ。
「……おいおい、冗談だろ?」
僕もそんな気分だった。
まあ、僕の方は腰は抜かしていないけど。
「間違いなく、しっ、死んでるな……」
その冷たくなった蔭谷の横には、髪を茶髪にして、褐色肌のギャルのような若い
見慣れない制服を着ているが、化粧なれした顔立ちからして高校生くらいだろうか。
娘の傍にある折り畳みの小さなテーブルには小柄な空の瓶が転がっていて、睡眠薬とラベルに明記されている。
これは服毒自殺か!?
「おい、まだこの娘は息があるぞ。岬代、救急車を頼む!」
「はいっ!」
落ち着きを取り戻した岬代がスマホで通話をしている隙にその女の子が眠っていた場所で手に入れた手紙を取り出す。
岬代に気づかれずに慌ててポケットにねじこんだせいか、手紙はしわくちゃになっていた。
僕は、さりげなく隣の和室に移動して、その手書きの文面に目を凝らす。
『──おばあちゃんの付き合っていた女性が教師だったことには驚いたけど、この人ならおばあちゃんを幸せにしてくれると信じていた。
だけどおばあちゃんは、ある日突然心筋梗塞になり、帰らない人になった。
私はおばあちゃんを亡くし、繊細なあの人は憔悴しきっているだろうとこのマンションを訪れた。
だけどこの人は何食わぬ顔で私を招き入れた。
そして、制服フェチでもあったこの人は色んな制服を着せて私を抱こうとして……。
私は色々と限界だった。
だから私は寝ている隙をついて、この人を絞殺した。
これで良かったのです。
でもこれは罪に値します。
檻に閉じ込められ、ジメジメとした感情ばかりの猫たちと美味しくもないご飯を毎日食べるくらいなら、私も天国にいるおばあちゃんの元へと逝きます。
──おばあちゃんのことが大好きなサクラより……』
「──サクラ!?」
どこかで聞いたような名前に僕は記憶を引き出そうと考えを巡らすが、その名前に心当たりがない。
似たような名前の同級生で
まあ、サクラなんてどこでもある呼び名だからな……。
****
それから僕たちは警察から事情を聞かれ、帰る頃にはどっぷりと日が暮れていた。
「本当に大丈夫かい。よろしければ家まで送るよ」
「いえ、自分たちは明日からも足が必要ですから」
岬代が白のママチャリを指さしながら、二十歳そこそこの若い男性警官と別れを告げようとする。
「それに彼とじっくりとお話したいですし」
「分かった。お気をつけて」
「君、しっかりと彼女を家まで送りなよ」
「ああ、任せとけ」
胸を豪快に叩く僕の姿に安心した警官はパトカーまで足を運び、この場をその車で去っていった。
****
数日後。
僕が警官に見せた手紙の筆跡により、所在の不明なサクラの正体が、実は化粧で子ギャル風に顔立ちを変えていた久瑠偉桜だと分かり、彼女は市内の病院の検査入院から退院した。
万全とは言えない様子だったが、特に外傷もない状態だったため自宅療養を求められたからだ。
蔭谷を殺害した罪も正当防衛ということになり、最悪刑務所行きにはならなかったが、マスコミの噂が拡散し、クラスなどからは『無感情な人殺し女子高生』の異名がついて離れなかった。
僕はそんな傷心しきった彼女のちからになれないかと相談を持ちかけようとしたが、桜との一番の理解者の
(僕にはどうすることもできないのか……)
心の中で嫌な感情が入り交じる。
絵の具に何色も濃い色を重ねて、黒へと染まっていくように……。
****
──自室でごろ寝をしながらも、頭の中は身に覚えがないサクラ=桜が書いた手紙のことで一杯だった。
あの事件から桜は自分の口から一切語ろうとしない。
元の蔭谷が命を落とした今となっては桜の身に起きた事故について不明なままだ。
(やっぱり僕は無力なのか……)
何百回も読みあさった漫画も頭に入らずに上の空だった時、開けっ放しにしていた押し入れから光輝く棒が見えた。
「何だよ。お袋のやつ。押し入れの掃除も中途半端でさ」
荷物との間に挟まっていたその棒を引き抜いてみる。
その傘のような長い棒には見覚えがあった。
「これは異世界にあったあの勇者の剣じゃないか。何でこんな所に?」
「──それは仁、わたしが異世界から持ち出して密かに隠していたお前の剣だ」
いつのまにか親父が部屋に入って来ていた。
どうやらこれは親父の策略らしい。
ノックもせずに入ってきて、いつもなら怒りたい気分もあったが、今はこちらの方が優先だ。
「親父か? でも僕は……」
「分かっている。この現実世界を救いたいのだろう。だからこの日が来るまでここにひっそりと隠していた。それからこれはわたしのお古の勇者のブローチだ」
親父が僕に古びたブローチを握らせる。
形状は同じだが、僕の着けていた品とは違い、金色に輝いた場違いなアクセだな。
「さあ、その剣を手に取り、この空間を斬るのだ」
親父がネックレスを着けさせ、今度は鞘を取らせるように意識を向けさせる。
「その勇者の剣には特殊効果があり、1度体験した異世界の時に戻れるちからを秘めておる。だが効果は一番に気がかりになった場所のみで効能も一回のみだ」
「えっ、だったら?」
「ああ、蔭谷たちや桜を救い、この狂った現実世界を変えれるかも知れん」
「そうか、ならば!」
僕は剣を抜き取り、天井に掲げる。
蛍光灯に光を反射させ、大振りで手に吸い付くような感触。
またお前の世話になるんだな。
これからもよろしくな。
「でりゃあああー!!」
『ズシャアアアー!』
僕は剣で部屋の空間を切り裂くと、その裂いた場所から薄暗い城内の様子が伺える。
行き先は異世界の魔王城らしい。
「頼んだぞ。勇者ジン」
「ありがとう親父。無事を祈っててくれ」
「悔いのないよう頑張ってこいよ」
親父が僕の胸を軽く小突く。
気合いと勇気は十分に満たされた。
「じゃあ、いってくるよ」
「ああ。またな」
僕は親父に背を向けて、その裂かれた空間へと飛び込んだ……。
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