第24話 エンドとの激しいぶつかり合い

『さあ、かかってきなよ。ジン君の勇者としての力量を試させてもらうよ』

「どういう意味だよ?」

『そうだねえ、ハンデとして我輩は君に対して呪文は使わず、素手で君の相手をするよ。もちろん君はどんな攻撃をしても構わないよ』


 魔王ジイ・エンド(こんな生意気なヤツ、以下エンドでいいよな)が右の人指し指でクイクイと誘いながら挑発をしてくる。


「そうか、僕もなめられたものだな!」


 エンドの前に飛び出し、剣でエンドの細い腕に素早く斬りかかる。


『ザシュー!』


 コンマ数秒の先手必勝。

 いくら魔王でも見た目は子供の体。

 片腕を切断したら、どう足掻いても致命傷だろう。


 悪いけど早くも勝負がついたな。


 光輝く太刀筋がエンドの腕をはね飛ばす……つもりだったが……。


「なっ、切れてない?」


 確かにエンドの腕を斬った感覚は腕を通じて全身に伝わっていた。

 しかし、魔王側の腕は何ともない。


『それが君の限界かい?』

「おわっ!?」


 ニヤリと不敵な笑顔をしたエンドが僕の剣を持った方の腕を掴み、そのまま地面へと叩きつけられる。


 辺り一面に舞うホコリ。

 そのホコリが地面に舞い落ちた時、僕の体は宙に浮いていた。


『へえ、すごいすごい。移動呪文パープリンも自然とできるようになったんだね』

「まあ、土壇場で唱えた呪文なんだけどな。これくらいの呪文なら僕にでもできる」

『またまた謙遜しちゃって。我輩の見ない間にずいぶんと成長しちゃってさ』


 小さくつぶらなエンドの瞳には喜びの表情が見てとれた。


「まるで我が子が親元を離れて歩み出す親心のようなイメージだな」

『そうそう、その例えは実に良いよ』


 エンドが両手を叩き、僕を褒め称える。

 これはまたずいぶんと余裕だ。


「その吠え面を欠くのはいつまでかな」


 僕はエンドと距離を保ちながら、剣を鞘にしまい、呪文の構成を練りだす。


「いくぞ、レーザー100!」


『ヒュンヒュンヒューン!!』

『ザクザクザクー!!』


 光の刃が僕の頭上に立ち並び、その刃が次々と流れるようにエンドの体に突き刺さる。


『ふふふ。我輩にこんな呪文が効くとでも?』

「ああ、最初からそのつもりじゃないさ!」

『何だって?』


 その左手で光の刃を撃ちながら、右の拳をボクシングのジャブのように流しながら急接近して、エンドに素早い突きを繰り返す。


『ザクザクザクー!!』

『ドカカカカー!!』


 魔法とパンチの同時攻撃。

 今の僕の技量ならできると信じての少々危ない賭けだったが、うまく成功できて良かった。


『ザクザクザクー!!』

『ドカカカカー!!』

『なぬ、ぐはあああー!?』


 僕はエンドの体にレーザー呪文と拳で乱れ撃ちを放ちながら、エンドの体を宙に叩き上げる。

 

 魔王と言っても、しょせん見た目はただの子供。


 何度か闘った結果で気づいた点がある。


 ヤツには空を舞う翼がない。

 ならば、空中戦なら手出しはできないはず。


「必殺拳空中乱舞桜、下手の横好き突きー!」


『ドカカカカー!!』

『ぐああああー!?』


 即興で編み出したよく分からない洒落の技名を叫びながら、呪文を止め、両拳を使い、エンドの体を天井の黄金のシャンデリアに向かって、さらに上へ上へと攻め立てる。


「そして、とどめのフィニッシュー!」


 エンドの体が5メートル先の天井に届いた時点で動きを確実に封じるため、剣を抜き、相手の体を一直線に横から貫いて胴切りにする。


『ザシュー!』


 コトコト煮込む予定のビーフカレーの具材のように、を裂いた感触が腕にしっかりと伝わった。

 いけねえ、今斬ったのは男爵いもじゃなく、魔王のだった。


『ぐああああー!?』 


 ぼろ雑巾のようなエンドの体がちから無く空を泳ぐ。

 その際に僕は地に足を下ろした。


「やったか?」


『……何てね』


 その果てたはずの体が僕の見上げる上空でピクリと動く。


『フワリミスト!!』


 体を反転させ、フワリの呪文を地に向かって放ち、落下の衝撃を最小限にするエンド。


『それからの……纏まってのフワリソード!』

『ゴオオオオー!』


 その風が灰色に色づき、巨大な二メートルほどの洋風の剣の形となり、斜め上から僕に向かってくる。


 大きさのわりには落下のスピードが速い。

 偏西風のような威力で周りの窓や照明が激しく揺れる。

 

『ゴオオオオー!』

「──のわぁぁぁー!?」


 僕は裏返った声を出しながら、マタタビ酔いの猫のようにその場の床で転がり、ギリギリでその風の剣をかわす。


 人間死ぬ気になれば、どうとでもなるものだ。

 もうリアルで死んでるけどな……。


 風でできた剣は床に当たった時点で霧散され、何事もなかったかのように消滅する。


「あのなあ。そちらは呪文は使わないって言っただろ!?」

『あはは、笑えるね。約束は破るためにあるんだよ』

「無茶苦茶なヤツだな!?」


 僕は砂ぼこりを手ではたきながら、あはははと笑う魔王の様子を見て、ある疑問に気づく。


「それにしてもおかしいな。あれだけの攻撃を食らっても、なぜお前は服はボロボロなのに体には傷ひとつもないんだ?」

『さあ、何でだろうね。それより我輩の足元をよく見てごらんよ』

「はあ? 足元だって?」


 はて、床に小銭でも落ちてるのか? と気になった僕は、エンドの足元を眉間にシワを寄せながら観察する。


 足の影が動いて、エンドの姿が溶け込み、僕の影へと引っ付いていく。


「まさか、これはキル・ユーの技の一部の?」

『そう、影を伝い移動する影踏みだよ。元は我輩の技でこれをキルに教えたんだよ』


 僕の真後ろの影から出現したエンドが僕の首元に手の平を当てようとする。

 それにいち早く反応した僕は、即座に体を左側にひねった。


「おおっと、その手に乗るかよ!!」


 相手が誰であれ、反射神経なら誰にも負けない。


『へえ、また首をはね飛ばそうとしたんだけど中々やるじゃん』

「だてにゲームで動体視力を磨いていないさ。」

『……まあ、ジン君は何回殺っても甦るみたいだから、あの噂のネットゲームでいくさ慣れした戦いの女神のサクラを探して、とっ捕まえたんだけどね』

「えっ、何だよ?」


 エンドが再び影に沈み、僕からある程度の距離を取る。


 その距離、およそ10メートル。

 無敵と見せかけて、何かしらの警戒はしているらしい。


『おまけに捕らえたサクラの話では君にテレパシーで闘い方のアドバイスをしていたそうじゃん。一人で闘っていたと見せかけて卑怯だよね』

「黙れ、お前だって散々酷いことをしてきたじゃないか!」

『我輩はいいんだよ。魔王なんだから』

「どんな理屈だよ!」


 人を強引に拉致して檻に閉じ込めるだけで犯罪なのに、この魔王はどうかしているか。


 今さらそんなことは知りませんと開き直っていると思いきや、あの素の反応ときたものだ。


 嘘はつく、相手を騙す、犯罪は平気で犯す……このオレオレ詐偽的な坊やの親の教育はどうなっているのか。

 いや、過去のエンドの喋り口を思い出すと、見た目は子供でも実年齢は1000歳はとうに越えていると言っていたな。


 まさに歩く妨害者=老害だな。


(しかし、攻撃が通用しないとはどうしたものか……)


 その場で頭をボリボリとかき、考え込む。

 あんな風に距離を取るなら、ヤツにも弱点があるはずだ。


(……元からほぼ無い1グラムの脳みそで考えろ、僕!!)


 己にを入れながら、思考を絞り出すが、何も解決策が浮かばない。

 久々にでも食べたい気分だ。

 ポン酢醤油の大根おろしを手元に添えて……。


『どうした、今度は我輩からいってもいいってことかな?』

「いいも何もさっきから好き放題にやっているじゃないか」

『あはは。まあ、そうとも言うね』

「あと、それから影に潜まずに正々堂々と闘えよな」

『ふふふ。冗談じゃない。これが我輩の攻撃の仕方さ』

「本当、嫌みなヤツだな。影なんて使って……あれ?」

『どうかしたかい?』


 エンドが不思議そうに僕を見ている。


「──いや、何でもないさ。いくぞ!」


 僕は剣を振り下ろし、魔王へ突撃する。


『あはは。おまぬけな判断だよね。まあ、どう考えてもそれしか方法がないよね』

『フワリミスト!』


 エンドが両手を交差させて、風の呪文をこちらに放つが、僕は呪文を呟きながら、それを難なく避ける。


『へえ、なるほど。移動呪文パープリンで避ける応用術か。本当に強くなったね。勇者ジン』


『……じゃあ、これはどうかな。2度目のフワリソード!』


 エンドが体をくの字に曲げ、両手から風の剣を発動させようとする。


『そこからだと今度こそ直撃だね。そのやわな防寒着で耐えられるかな?』

「そうさ、その隙を待っていた」

『なっ、どういう意味かな?』

「こういう意味だよ!!」


 僕はエンドのいる場所に剣を突き立てた。

 その刺した先には長く伸びるエンドの影。

 

 剣が影を裂き、エンドの胴体に剣が貫通する。


『なっ、ぐはっ!?』

「道理でそちらから接近して来ないと思ったら、こういうことだったんだな」


 別に難しいことはない。

 巨大な呪文を使う隙を利用したというだけだ。


『ぐはっ!?』


 魔王が両手を垂らして詠唱を止め、口から血を吐き、ヨタヨタとする。

 僕の推理通りではこの攻撃は致命傷のはず。


『……ふふふ。早くも本体を見抜くなんて中々やるじゃん』

「ああ。影で移動するということはそこに本体があって移動できる代物だし、直接体に攻撃してもダメージが無いと言うことはもしやと睨んでさ」


『……ご名答。でもジン君、それがワナだと知ったらどうするかい?』

「なに?」


 エンドの傷口から黒い煙のようなものが漏れだす。


 違う、これはただの煙じゃない。

 魔王を這っていた影が少しずつ消え出して、体からにじみ出ているのだ。


『秘技、闇の大呪文、影食い!』

「……しまった!?」


『ふふふ。見事にワナにかかったよね』


 僕は影から剣を引き抜こうとしたが、大地に深々と根を張った雑草のようにテコでも動かない。

 でも、普通雑草なら途中で根が切れて取れるはずなのだが……。


 それにどこかしら体も重いし、違和感もある。


「う、動けない……」


 体も指先も縄で縛ったようにピクリとも動かないのだ。


『無駄だよ、どうあがいても無駄だよ。君の影は完全に我輩が乗っ取ったから』

「初めからこれが狙いか!!」

『いや、最初は君の実力を試していたんだけど、想像以上にちからをつけていてビックリしてね。ならば、我輩の最高の呪文で確実に封じるしかないと思ってね』


 抵抗しても動かない体にムチを打つ。

 まあ、そのムチはなく言葉だけで実際は例えに過ぎないけど……。


『ここで消しておかないと、いずれ我輩の世界征服の計画を邪魔する驚異な存在になりかねないからね。だからこの世界から消えてよ。勇者ジン』


 魔王の影が僕の体に絡みつき、次々と触れた部分を消失させる。


「くそ、僕としたことが……」


 自分のちからの無さに絶望しそうになる。

 そんな思惑の中、敵の影に飲まれながら悟った。


『じゃあ、勇者よ。さようなら』


 エンドからの別れの声を聞き、再度認識する。


 僕は魔王に負けたのだ……。

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