第23話 結果が分かっても空回りー3(現実世界シリアス編、全貌)

『ビュウウウー!!』


 太陽が見えない荒れた大陸に激しく吹く大きな風。

 日光がよく映えるアメリコーン大陸から海を渡り、東にあるロッシーア大陸は雪にすっぽりと包まれていた。


「しかし、ナモナキ島も凄い吹雪だったが、ここも負けていないな……おじさん、お会計は?」

「いえいえ、運転席にて話を聞いていました。魔王討伐をする勇者様ご一行ならば、無料タダで結構ですよ」

「よく僕が勇者って気づいたな」

「そうですね、強いて言えばそのブローチが何よりの証ですから」

 

 どうやらこのアクセは一部の人には有名な代物らしい。


「頑張って下さい。未来の運命を君らに託します。あと寒いですからを」


 長方形の白い包みを二つ貰う僕。

 このアイテムには見覚えがあった。


「これはリアルで重宝したカイロじゃないか」

「いえいえ、少しでも暖まってもらえばのこちらからのサービスです。この先は寒さが厳しいので……。

色々と大変でしょうが、道中気をつけて下さい」

「ああ、ありがとう」

「おじさん、お気遣い感謝します。ありがとうございました」


 心優しい運転手に見送られ、僕とミヨはロッシーア大陸の地に足を下ろした。

 

****


 空へと飛び立つ運転手が見えなくなり、しばらく雪の大地を歩いていると何かの異変に気づいた。

 隣にいたはずのミヨがいないのだ。


「ミヨ、どこだ。こんな所でかくれんぼとかしたら凍えるぞ?」


 僕がミヨを探して前方へと進むと、いつの間にか雪は止んでいた。


 いや、正確には止んでいたのではない。

 上には天井があり、そのせいか雪が降って来ないのだ。


 蛍光灯の灯りの少ない足元に広がるリノリウムの床。

 扉を通した覚えはないはずだが、僕は知らないうちに、とある建物に入ったみたいだ。


『キーンコーン、カーンコーン~♪』


 暗がりの室内にふと流れる無機質なメロディー。

 このチャイムには聞き覚えがある。

 どうやら僕はどこかの学校に入ったようだった。


「……ねえ、あんた。今度こそうまくいくんじゃろうな」

「ああ。今関係を結んでいる娘の母親が結構な金を蓄えていてな。これでワシらの借金もチャラになりそうじゃ」


 近くの灯りのついた扉から何やら話し声が聞こえる。

 僕は近くまで来て、扉の上にあるネームプレートを見て衝撃を受ける。


 そのプレートには『職員室』の文字。


「まさか、ここは?」


 目の前の廊下を二人の女子高生が過ぎ去るのを傍目にしながら思った。


 見慣れた制服にブレザーに刺繍してある校章。

 ここは僕がリアルで通っていた高校、そのものだということに。


「これであっしの企業ミスでできた借金とかもすべてチャラやけん。あんたは大した男じゃな」

「まあ、それだけ君のことを大切に思っているんじゃよ」

「ふふ、その金のちからで姉の鋼音はがねを引き入れた癖にの」

「まあ、そうでもしないとな。彼女は勘が鋭いからこちら側に引き入れるのには苦労したがな」


 部屋の中から男女二人の声が聞こえてくる。

 声からして両者とも年配の声。

 この声には聞き覚えがある。

 男の方は、あの蔭谷教師の声に他ならない。


 とは異世界のあの姫のことだろうか。 


(だとしても、まだ情報が足りなすぎる……)


 僕は会話の内容を探るため、ドア越しに聞き耳を立てる。


「散々働いて途方もない借金を返すのと、和賀わが家のことはワシらに任せて、ワシらの提供する新たな家で気楽な生活を送る……どっちの判断にするかは明白じゃたが」


「……まあ、そのお陰でこんな風に好き勝手できるわけじゃの」


 扉の隙間から見える片方の男は、やっぱり黒いスーツ姿の蔭谷教師か。

 話からしてもう一人の女性は……。


『チュウチュウー!』

「わわっ!?」 


 予想外のネズミの鳴き声に驚き、勢いあまってバランスを崩し、体が前につまずきそうになる。


「誰だ!」


(ヤバい、見つかったか!?)


 心臓が張り裂けるような思いで扉が開く。

 その時間ときは一瞬だった。


 蔭谷教師が僕の存在を気にも止めず、今度は静かに扉を閉める。


「誰か、いたのかえ?」

「いんや、ただのネズミじゃよ。それより、今日は先に帰ってくれぬか」

「どうしたん、いつものように一緒に帰らんのかえ?」

「いやな、ちょっと大きなネズミもいてじゃな。そいつを駆除してから帰るからな」

「分かったわ。肉じゃがわんさか作って待ってるかんな。ダーリン♪」


 職員室から出てきたベージュのビジネススーツを着たおばあちゃんのような女性に僕の背中が凍りついた。

 彼女があまりにもあの人にそっくりだったからだ。


 その女性は急いでいるのか、僕に気づかない素振りで廊下を突っ切っていった。


「さて、邪魔者は消えたのお」


 女性が帰ったのを見届けた蔭谷教師が僕の隠れている姿を見かける。


「ずいぶんと大きなネズミがいたもんじゃ。なあ、次悠仁じゆうじんよ」

「……やっぱりバレていたか」


 手洗い場に備え付けてあったゴミ箱からのそのそと立ち上がる。


「頭隠して、尻隠さずと言いたい所じゃが、お主の隠れ方はモロバレじゃぞ」

「蔭谷、一つ聞いてもいいか?」

「ほお、何なりと?」

「実は異世界では、なんちゃって手強い敵さんなんてやっていたりするか?」

「ふっ……」


 僕のすぐ横に強風が吹き荒れる。

 軽量仕様の防寒具を少し裂き、肌に刺さる感覚……これは、かまいたちか?

 いや、窓も閉めきった閉鎖な空間で風が起こるはずがない。


「人工的な風、フワリ系の呪文か」

「ほほう、中々詳しいのお」

「忘れはしないさ。その呪文で殺られた時もあったからな」

「ふむ、この変装に薄々気づいてしもうたか。ならば!」


 蔭谷が物凄いスピードで飛び込んでくる。

 そして、僕の胸元に手をそっと当てる。


「オムレツ愛憎、あぢぢのぢー!」

「わっ、何するんだよ!?」


 僕は慌てて飛び退き、蔭谷から離れる。


 その途端に脇をかすめる炎の直線的な攻撃。

 ゼロ距離で呪文をぶちかますなんて、とんでもない教師だ。

 

 下手をすれば己も一緒にダメージを食らう。

 自爆技もはなはだしい。


「フフフ。やるのお。中々の身のこなしじゃないか……。

病欠生搾りグール!」

「わっ、危ない!?」


 間一髪で避けたのも最中、ひょうの呪文が前方を塞ぐ。

 早くも僕は逃げ道を失った。


「やはり、勇者は名前だけか。いくさ馴れしていない若僧などの敵じゃないのう」

「えっ、今、何て言ったんだ?」

「じゃから、所詮は勇者もどきじゃと」

「そうじゃない、自分のことをと言ったよな?」

「それがなんじゃ?」


(やっぱりそうか。やっと、確信が持てた!)


 僕は背中に提げているはずの見えない鞘を掴んで、呪文で塞がれた氷の山を砕き、その先にいる蔭谷に攻撃する。

 素人には逆上して鞘で殴りかかったとかにしか見えないだろう。


 だが、蔭谷に当たった瞬間、その鞘が輝きだし、彼の体を瞬時に切り裂いていた。


『グハアアアー!?』

「今度こそ終わりだな。ジイ・エンド」


 この世界でも背中に透明な武器があったのは肌で感じていた。

 ただ、知り得た情報の相手は強敵なうえ、先手をついて攻撃するしかなかった。

 すべては僕の計算のうちだった。


『まさか、勇者の剣を持っていたとわね……。しかも現実世界にその剣を出現させるちからを持つなんて。ヘタレだった以前と違い、凄まじい勇者の魔力だね』

「ジイ・エンド。お前は罪を犯しつづけてきた。僕が代わりにお前に罰を与える」


「……あと、人間をあまりなめるなよ!!!」

『グアアアアー!?』


 僕による上下四段の攻撃が蔭谷に当たり、彼の体が職員室の奥へと吹き飛んでいく。

 周りにあったデスクや資料の束を道連れにして……。


『ふふふ……』


 しかし、蔭谷だった者はスーツは乱れてボロボロだが、一滴の血も流してなく、目立った外傷もない。


「ひょっとして不死身かよ?」

『そうでもないさ。本来なら勇者の剣を振るえば我輩なんて一撃さ。

君のちからが未熟なだけ。真の勇者に目覚めるのが遅すぎたのさ……ぶつぶつ……』


 蔭谷は何やら呪文を唱える。


 すると、職員室だった場所が切り替わり、見覚えのある城内に景色が変わる。


『ようこそ、新生の魔王城へ。歓迎するよ。勇者ジン』


 深い青緑の長い髪と同じ色の瞳の相手……。

 蔭谷だった者は黒い装束を着こなす少年ののジイ・エンドに姿を戻す。


「やっぱりお前だったか」

『ご名答。いつから気づいていたんだい?』

「さっきここから出ていった老婆の教師がに似ていたからな。もしやと思って……。

彼女は死ぬ間際に、お前のことを恋仲のじいやとも呼んでいたからな」

『ふふふ。父親に似て鋭い観察眼だね』

「まあ、親父みたいなできる勇者じゃないけどな」


 勇者の剣をジイ・エンドの前方に突きつける。


 もう僕はヘタレじゃない。

 沢山の勇気を仲間達が教えてくれたから。


「さあ、みんなのいる場所を教えろ。どうせミヨも捕らえたんだろ」

『あははは。中々察しがいいじゃん。悪くない駆け引きだよ。

でも、その答えが知りたいなら我輩を倒すことだね』

「ああ。みんなもう少しだけ待ってろよ!」

『ふふふ、早くも勝利宣言かい。我輩に歯向かうとどうなるか、じっくり教えてあげるよ』


 今、まさに最後の闘いの火花が散ろうとする時。

 松明のかがり火に踊るように揺れる二つの影。


 その暗闇が大半の城内にて、勇者の僕と子供な魔王の一騎討ちが始まろうとしていた……。

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