第4章 勇者決戦の道へと歩み切り開く時

第18話 更なるレベルアップを求めて

「ジン、朝ですよ。いい加減、起きてください!」

「ううーん、牛ワサビ弁当はもう食えないよ……」

「なに、わけの分からないことを言ってますか!」


『ゴツン!』

「はぐぁ!?」


「おいおい、ミヨちゃん、頭ごと床に落として大丈夫かよ。何か鈍い音がしたぜ?」

「ええ、ジンは勇者ですからこの程度でへこたれないですよ」


「へこたれないで済むかぁー!!」


 僕は床に顔を突っ込み、前のめりになっていた体勢からムクリと起き上がる。


「ほら、言った通りでしょう?」

「何だ、ミヨ。まるで頑丈なダチョウの卵だから、床に落としても大丈夫的なノリは!?」


 原始人に退化したかのように、斧を担ぐマネをして、頭の上空でクルクルと回す僕。


 ちなみに手には何も持っていない。

 エアまさかりを担ぎ、狂暴な熊を手懐け、どんな季節にも関わらず、裸一貫だった小僧のマネだ。


「確かに、そのおかしな発言と行動は元気そのものの兄ちゃんだぜ」

「でしょ?」


 意気投合して思わず頷く二人。


「何だよ? ミヨだけじゃなく、ケイタまで僕を侮辱するのか?」


「──ジン、それよりも大切な話があります」

「えっ、この期に僕への告白話か?」

「違います。そんなことではありません」


 いかに僕が冴えない男だとしても、そんなことで終わらすのかと感づきながらもミヨの言葉に顔を向ける。

 相変わらず鼻筋の通った横顔は月よりも美しく、夢で見た彼女よりも可愛かった。


「自分たちは敵の存在をみていました」

「そりゃ、リンスがわりにを頭からかぶったらな」

「……ジンは少し黙っていてもらえますか」

「バブゥ、分かりまちた♪」


 赤ちゃん言葉で僕は大人しく正座して床に座る。

 この部屋の間取りなら見覚えがある。 

 ここはメッキシスコーンの城下町にある宿屋か。


 どうやら、あの闘いを終えてから一晩をここで明かしたらしい。


「今回は運が良かったのですが、キル・ユーの仮面を壊していなかったら、自分たちは間違いなく敗北していました」

「まあ、そこは僕の手柄だな」


「それほどまでの強敵だったわけだぜ」


 コラッ、ミヨ、僕の話は無視か?


「だから自分たちはもっとちからをつけていないと次はないです」


 残る魔王の刺客は今の所、ゲーム・オバだけだが、彼女の強さはただ者じゃなかった。


 様々な強力な呪文を使用し、禁断の闇呪文さえも使える始末。

 前回、親父のちからがなければ、なすすべもなく、全滅しかけたことを思い出す。


「それで何か案があるかとハガネお姉ちゃんと考えていましたら、自分たちのちからを引き出せる洞窟がこの大陸から離れた北の大陸にあると……」

「でも、北と言えば、寒々とした天候で、とてもじゃないが住めたものじゃないと小耳に挟んだ記憶があるような?」


 謎かけのような発言に正直な気持ちを重ねておく。


「しかもそこには、どんな勇者でも装備できる強力な剣も眠っているそうです」

「さりげなく僕の言葉はスルーかよ。太陽のようなハガネ姫と違い、冷たい氷のような物心のお姫さんだな」

「ええ、どうせ自分はハガネお姉ちゃんと違って優しくないですよ」


 ミヨがすねてリスのように頬を膨らます。

 これはこれで可愛らしい仕草で、もっとからかいたくなる。


 ……って、僕は好きな子にイタズラする小学生のガキンチョかよ!?


「それにしてもどんな相手でも装備できる剣か。僕には武器が装備できない誰がかけたか分からん呪いがかけられていて無理だけどな」

「そう、問題はそこなのですよ。そこでお姉ちゃんと相談したのですが、その剣は聖なる加護に覆われた場所で眠っていて、邪悪な呪いも退ける効果があるらしいです」

「それじゃあ、僕は……」

「はい、剣は違えど、見た目は立派な勇者になれますよ」


「……親父、お袋。僕はとうとうやったよ」


 僕は信者の如く両手を合わせて、シミのない綺麗な丸太の組み合わさる屋根へと祈る。


「なんすか、その死亡フラグな設定は? 兄ちゃんの両親は健在だよな?」

「まあ、好きなだけ酔わせてあげましょう」

「ミヨちゃん、何か嬢みたいな発言だぜ……」

「えっ、がどうかした、ケイタ君?」

「いえ、何でもないぜ……」


 ケイタ、その歳でキャバの名をだすとは。

 本当に未成年か?


****


「……で、そこまで行くのに、まさかこんなデカイ船をくれるとはな」

「ジン、勘違いしないで下さい。あくまでもレンタルですからね」

「でも今は僕たちの船だろ。自由がきくって最高。ひゃっほーいー♪」


 メッキシスコーン街のあったアメリコーン大陸を離れ、大海原を北へ進む大きな船。

 僕は、その甲板で無邪気にドタバタと跳ねてみる。


 この肌触り、この質感。

 以前に乗船したヨーコ王女のフナムシ(だから、船乗り……)の旦那の船とは比べ物にならない。


 しかも今回は貸切り。

 僕たち以外に乗船員はいないから気が楽だ。


「えっ、それでどうやって操縦してるかって? じゃーん!」


 指さした先には舵があり、その取っての部分に何やら水晶玉のようなものが取り付けてある。


「この通り、この魔力を込めた水晶のちからで自動で航行するのさ♪」


 ちなみに魔力の注入は土地勘に詳しい城下町の魔法使いに頼んでやってもらった。

 多分、怪しい者ではないはず。

 それなりの金額を支払ったので、そう思いたい。


「……さっきから何で兄ちゃんは明後日の方向を見据えながらノリノリなんだ?」

「まあ、初めて武器を装備できるかも知れないですからね。余韻に浸りたいのでしょう」

「ミヨちゃん、その表現は笑えるな。原始人が初めて火を起こしたような発想だぜ」

「笑えるもなにも事実ですから」


 ミヨによる鋭いツッコミが船内に響く。

 僕はチャンスとばかりに二人に急接近した。


「……フムフム、真実はいつも二つだな」

「どあっ、兄ちゃんいつの間にこっちに?」

「そんなの勇者の僕にとっては楽勝さ♪」


 その場でキザ顔で二回転して、クールに決める僕。

 そんな今の僕にはバラ、いや、菊の花が似合う。


「ジン、船上をローラースケートで滑るのは止めて下さい」

「おいでませ~、ここで、遊ぼうかい~、パラダイス~♪」

「遊びません!!」


 僕は船内を滑りながら、リアルで放送していたTVアイドルの歌を歌い、時々流れる海風に身をまかせていた。


****


 ──北風が吹き、時たま吹雪に見舞える荒れ果てた大地。

 上陸した北の大陸、ナモナキ島はとんでもなく寒さの厳しい所だった。


「だああ、こんな極寒の場所に本当に洞窟とかあるのかよ?」

「ジン、迂闊うかつに先へと進まないで下さい。はぐれたら命の保証はないですよ」

「まったく、不便な所だな。今どきは電化製品じゃなくても保証が付くのにな」


 そんなこんなで一時間近く歩き続けている。


「……兄ちゃん、家電量販店巡りじゃないんだぜ」

「まあ、さっきから堂々巡りはしてるけどな」


 寒さで体はすっかり冷え、ケイタのあちの呪文で暖でもとりたいと思いきや……、


「ジン、ケイタ君。見つけましたよ!」


 ……ミヨが地面に降り積もった雪を払うと大きなマンホールみたいな空洞が鉄製のはしごと共に地下へと降りている。

 周囲に何もない限り、ここが念願の洞窟のようだ。


「洞窟っていうか、シェルターみたいだな。僕には鍾乳洞のような世界が頭に浮かんでたな」

「兄ちゃん、オラもその心情だったぜ」


 僕は涙ながらに親友に熱いハグをする。


「おお、我が心の友よ」

「……だからくっつくなって。きしょいって」 

「そう照れるなよ、僕とケイタとの中だろ」

「誤解を招くような言い方をするんじゃないぜ!」


 危険を察知して、穴から離れ、物陰に隠れているミヨを指さしながら忠告するケイタ。

 

「ミヨ、そんな所にいたら風邪をひくぞ」

「いえ、ジンとケイタ君の愛の巣窟を邪魔したら悪いかと」

「だから違うって……僕は……」


『ミヨが好きなんだよ』と言いかけて言葉を濁す。

 いけない、この勇者を目指す冒険に個人的な恋愛感情はタブーだった。


「僕は……が何ですか?」

「いや、それより先に進もう」

「よく分からない人ですね?」


 ああ、ミヨの僕に対する好感度ケージがぐんと下がったことは間違いない……。

 

****


 はしごを下りた先は以外と広かった。

 視野が大きく開けていて、奥の先まで見通せる。


 暗がりの洞窟というイメージより、彩り豊かなアトラクションという感じだ。

 それだけ彩度に長けており、電灯も入らないほど、洞窟の中は明るい。


 まあ、地下だけありさすがに冷えるが、出発前に購入した防寒着を着込めば、大した寒さじゃないし、何より過去にこれほどまで歩きやすい場所があっただろうか。


『ビビビ!!』


 しかし、それはモンスターにとっても格好の餌食ということ。

 僕らは痺れクラゲのクラクラゲ、大ぶりなイカのイカシタヤツの集団に囲まれていた。


 何で、洞窟なのに海のモンスターがいるのかと問うと、どうやらここは海底の洞窟らしい。


「まあ、そんなことより、どうやって、この危機を回避するかだよな」

「兄ちゃん、この期におよんでまた逃げる気かよ」

「ああ、痛いのは予防接種だけで十分だ。それに1つ分かったことがある」


「何ですか?」


 珍しく僕の言い分にミヨが食いついてくる。

 そうか、彼女も同じ気持ちだったんだな。


 僕は大きく息を吸い込み、思っている気持ちを声に出す。


「海の幸のモンスターだから、調理したらさぞかし美味しいはずだ」


 ずりずりずってーん。

 勢いあまって将棋倒しのように滑りこけるミヨ。


「……ジンにはこの状態にも関わらず緊張感というものがないのですか?」

「いや、何か腹減ってきちゃってさ。まあ、刺身は作れないから、ぶつ切りで味噌汁の中に入れてさ」

「そんな話はいいですから、真面目にモンスターと闘って下さい!!」

「ミヨ、僕の選択肢に闘いの文字はない」

「あっ、この期に及んで逃げるのですか。待ちなさい!」

「嫌だね、待てと言われて待つのは犬だけだ……はぶっ!?」


 前を見ていなかった僕は大きな人影にぶつかる。

 柔らかい感触、ほのかな香水の香り。

 誰がどう見ても女の子に違いないが……。


「おお。こりゃめっきり老けたな、ミヨ」

『ほお、それはあっしに対しての挑戦状かのう?』


 目の前に立ち塞がる強敵、ゲーム・オバの前に僕はぼんやりと立ち尽くしていた。


 何で怒っているのは定かではないが、これまたタイミングの悪い時期に、この相手と出くわしたものだ……。

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