第19話 彼女による底知れない魔力

『キイッー、キイッ、キイッ!!』

「その癖のある笑い方、やっぱりゲーム・オバか!」


『そうじゃよ、癖は余計じゃが、随分と久しいの。魔王から聞いてはいたけど、あっしのあの闇の呪文を食らっても無事でおるとはのう』

「何の。お前の思い通りに僕たちはそんな簡単にはやられないぞ」


 ゲーム・オバの上機嫌の笑いが洞窟内に響く。

『まあ、前回のお手並みからして、そなたらなんて、あっしが出る幕もないさ。さあ、みんなやってしまえ』


『ビビビ!!』


 何十体も仲間を引き連れたクラクラゲが体を発光させながら接近してくる。

 確かコイツは痺れさす能力を持っていたな。


 いくらゲーム・オバと比べたら雑魚とはいえ、こんな大量のモンスターの中で体が麻痺されたらボコられて一瞬で終わりだ。


 おまけにクラクラゲと同じくイカシタヤツもウヨウヨといる。

 イカシタヤツも雑魚には違いないが、ヤツが墨を吐き、視界を曇らせたら厄介だ。


 何よりこちらはたった3人だけだ。

 正攻法では押しやられる。


 だからと言ってここで逃げるわけにはいかない。


 憧れの剣を振りかざし、バッタバッタと敵をなぎ払う妄想劇。

 僕の脳内での勇者将来設計は万全だ。


「何の。剣が無ければこれがある!」


 僕はポケットから棒を出してひけからし、相手を挑発する。

 そのアイスの棒には『あたり』と刻まれていた。


「やったぞ。あたりだ、もう一本!」

「それはやったぜ。兄ちゃん」


「でも待てよ……」

「どうしたんだい?」

「いや、冷静に考えたさ、この世界のどこでこれを交換するんだよってな?」


「まあまあ、兄ちゃん、それ当たった時点で今すぐ使えるからさ。試しにその棒を地面に突き刺してみてよ」

「そうか? せりゃぁー!」


 僕はアイスの棒を土の地面へと突いた。

 裂けた大地から亀裂が走り、裂け目から赤い光が飛び出してくる。


 微妙な数10センチのラインで僕らの体が宙に浮き、次々と奈落へと落ちていくモンスターたち。


「これはもしかしてダンの魔法か?」

「そうだぜ。このマジカルアイスバーのあたりが出た時に使えて、攻撃呪文ができる特殊効果だぜ」

「へえ、便利な代物だなって……あっ!?」


 喜びもつかの間、そのアイスの棒が燃え出し、あっという間に消し炭となる。


「でも、残念ながら効果は一回のみだけだけどさ……って兄ちゃん泣いてるのかよ?」

「……ようやく僕も呪文が使えて、みんなの役に立てると思いきや、これじゃあな……」


「まあまあ、ほとんどのモンスターは倒せたからいいじゃないですか」

「ミヨ、ありがとう」

「それに勇者がこれくらいで落ち込んだら駄目ですよ。仮にも勇ましい者なのですから」

「そうだな」


 地面と足先が元に戻り、残った数体のイカシタヤツをケイタの攻撃呪文で葬り去り、僕ら3人は最後に残ったゲーム・オバを取り囲む。


「気をつけて下さい。この方は強力な呪文を扱う危険人物ですから」

「そう、人は見かけによらないぜ」

「でも腕利き3人組で囲んだら、さすがのオババも終わりだな」


『キキキ……誰が終わりかのう』

「観念するんだな。もう逃げ場はないぞ!」


「……ひそひそ。ミヨちゃん見たかい。兄ちゃん、美味しいセリフだけはもらっていくんだぜ」

「……まあ、いいじゃないですか。勇者なのですから」


 そこの二人、会話が丸聞こえなんだけど……。

 まあ、いいや。


『キキキ、逃げ場がないなら作ればええ』

「何だ、その創造力豊かな発想は?」

『その強がり、いつまで持つかのう』


『オムレツ愛憎、あぢぢのぢー!!』


 ゲーム・オバの両手からの炎の渦を何とかかわす。


「何の。ケイタシェフ。同じく炎でボコボコにしてやれよ」

「兄ちゃん……オラには無理だ」

「どうした、顔色が悪いぜ?」


 ケイタはその場に膝をおり、頭を上げようともしない。


「二人とも危ないです!!

ジャンジャン、バリアー!」


 その場にゲーム・オバの炎が直撃しそうになり、駆けつけたミヨが防御バリアの呪文を唱えた。


「いや、きゃあああー!?」 


 しかし、ゲーム・オバの強烈な呪文の威力に耐えられるまでもなく、バリアは消し飛び、僕ら3人は衝撃で空へと吹っ飛んだ。


「「うわあああー!?」」

「きゃあああー!?」


 これがちからの歴然の差というものだろうか。

 直撃を受けたミヨに至っては、うつ伏せになったまま、ピクリとも動かない。


「だけどあの程度の呪文ならケイタでも相殺できるはずだけど」

「兄ちゃん、だから無理なんだぜ」

「なに、弱音を食べて吐いてるんだよ。いつものお前らしくもないぞ」


「……兄ちゃん。あちは炎の呪文通しか、ひょうの呪文じゃないと相殺できない。だって、あれは禁断のこくの炎の呪文だから」

「何だって? 同じ炎じゃないか?」

「いや、兄ちゃん。よく見たら炎の色自体が違うぜ。あっちは少し紫が混じってるんだ」

「でも、前回の闘いでは同じ炎で防げたじゃんか? まさか?」


 ボロボロの身なりの僕は地面に片ひざをついたまま、我が身をうかがうかのようにゲーム・オバに楯突く。


「おい、もしやと思うが、この前は手加減していたのか?」

『キイッー、キイッ、キイッ!!

前回は元勇者もいたからのお。さながらちからを試させてもらったんじゃ。

でも、今さら気づいても遅いわい!』


 ゲーム・オバが僕らの前に両手を繰り出す。


 これはマズイ。

 ケイタも僕の体力も、ほとんど残っていない。

 回復、補助呪文を使用できるミヨは気絶しているらしく、このままだと全滅する。


 僕だけなら死んでも、あのサクラの世界に飛ばされるだろうけど、ミヨたちはどうなるか見当もつかない。


 親父、何でこんな役立たずの僕なんかに勇者を託したんだよ。


 僕は最弱で最低の勇者じゃないか。


 それにさっきから僕の攻撃をサポートしてくれるサクラの思念も一切ない。

 ゲーム・オバによって能力を封じられているのか?


「ちくしょうー!!!」


 僕はありったけの言葉を振り絞って叫んだ。

 もう、頭の中は絶望の2文字でグチャグチャだ。


『何じゃ、ちょっと本気を出してみてこれじゃあ、手応えがないのう。

まあ、いいか。これで終わりじゃな』

『病欠生搾り……』


『──ヒュンヒュンヒューン!!』


 ──そんなゲーム・オバの頭上を飛び交う無数の光の刃。


『何じゃ、この光は……まさか!?』


『ヒュンヒュンヒューン!!』


 ジンの光輝く体から次々と出てくる光の刃。

 その光はゲーム・オバの周りを囲む形で上空に留まり、ジンからの攻撃命令を待つ。


『まっ、まさか、あのちんけな小僧がレーザー呪文を使うのかい!?』

「いえ、ジンは呪文は使えませんでした。でも、あなたのちから押しな身勝手な行為に許せなくなり、彼の真のちからを引き出したのです」


「……自分はそれを信じてジンのお父さんに頼まれて、旅を続けて来たのです。彼は元から勇者としての素質はあったのですよ」


 自分はよろめきながら立ち上がり、ゲーム・オバの心に鉄槌を下す。


「闇の呪文に唯一対抗できる光魔法。もう、あなたに勝ち目はありませんよ」

『う、うるさいわい。そなたのような小娘に何が分かるんじゃ!』


『──黒々と迫る恐怖、気分はダークサイド!』


 彼女の卑劣な叫びにより、自分たちの周囲がたちまち黒い風景へと変わる。

 恐らく彼女による闇の呪文だろう。


 空も大地も仲間のモンスターたちも、ジンが起こした光の矢さえも、ゲーム・オバの手から生まれた球体の暗い世界に吸い込まれていく。


 すると、自分も頭から泥をかぶった様子になり、闇へと意識が放たれた……。


****


 ──闇から目が覚め、暗黒の風景で覚醒した自分の灰色のシルエット。


 まず、そのシルエットから右手が暗闇に溶けて無くなった。

 それと同時に利き手の感覚がなくなる。

 これでは明日からご飯を食べる時に苦労するだろう。


 次に左手が消える。

 これで自分はただのサボテンのようになってしまった。

 だけど、炎天下で過ごすサボテンのように強くは生きれない。

 物事の動作の半分を失ったかのような感触だ。


 そして、両足が瞬時に無くなり、自分は暗闇の床に体を倒した。

 歩行さえもできなくなった自分は床でもがくことも認知されない。


 自分は大きな声で彼の名前を叫ぼうとした瞬間、今度は声が出せなくなった。

 いや、口がついている素振りがない。


 続いて、耳から聞こえていた風のせせらぎさえも聞こえなくなる。

 耳さえも彼女に消されたか。


 それから最後に視覚を奪われ、五体満足をすべて飲み込まれた自分は真の闇に堕ちていく……。


 ──いや、まだ自分は闘える。

 何があっても彼を信じると約束したではないか。


 自分は床に這いながら、高鳴る気持ちを落ち着かせて、聖なる物の気配を捜し、肌から感じる暖かい光に触れた。


 このトゲトゲとした質感。

 薄っぺらい紙のような刃。

 自分はその刃に体当たりして自ら、体を突き刺していた……。


****


『──なっ、なんじゃとー!?』


 洞窟での闘いを終え、クッキーを摘まみながらゆるやかにお茶会をしていたゲーム・オバ。


 闇に飲まれていた僕らが洞窟の壁から戻ってくると、彼女は驚いたはずみで手を滑らせ、カップの破片が床へと散乱する。


『あっしの屈指の闇の呪文を破るとは!?』


 自身最強の呪文から逃れた僕たちを見つめたゲーム・オバはかなり動揺していた。


「いえ、自分一人のちからではありません。勇者のお導きです」

『アガガ……そんな夢物語なぞ、信じられぬわ……』


「ゲーム・オバ、終わりだな!」


『ヒュンヒュンヒューン!!』

『ザクザクザクー!!』


 ジンの意志で操られ、ゲーム・オバに次々と刺さる光の矢。


『ぐああああー!?』


 ミヨもケイタもジンが生み出し、停止している光の弓矢を掴み取り、それを縄にして彼女を縛る。


『この、こんな所でやられるあっしじゃないんじゃ。少しでもあの人のお役に立たないと……』 


 いくらもがいてもどうにもならない苦しそうな様。

 さすがに闇とは正反対の光の縄となると中々抜け出せないようだ。


『──見苦しいよ。止しなよ、オバ』


 不意にどこからか、ヤツの声がした。

 この声には聞き覚えがある。

 周りの反応からしてミヨたちにも聞こえるようだ。


『そ、その声は魔王様!?』


 その途端にゲーム・オバがまごまごし始め、乙女のはじらいのような表情になる。

 どうやらこの声の主が気になるらしい。


 それは僕たちも一緒だ。


『うん。そうだよ。魔王ジイ・エンドさ。我輩から直に君達に話があるからさ』


 どこからか来ることか分からずとも、あの魔王の声に緊張して体がいささか震える。


 僕はミヨの回復呪文キュンを受けながらも、新たなる相手に再び絶望に覆われていた……。

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