第14話 真の勇者は誰か

 翌朝のよく晴れた昼前。


 屋台で遅めの朝ご飯を平らげた僕たちは、メッキシスコーンの城前にて、入り口を警備し、鋭い槍を構えた門番の一人にアポイントをとっていた。


「あの、すいません、昨日、宿屋から電話で王と相談がしたいとお尋ねした勇者のジンと言う者ですが……」

「ああ、お話しは伺っています。ですが、王の元へ通すとなると、いかに勇者なるともそれを証明できる品がありませんと」


「何だよ、オラたちが信用できないのかよ」

「すいません、最近はモンスターもウヨウヨしていて物騒なゆえに」

「その話は前の城でも聞いたつーの!!」


 ケイタが床に転がり、初めて僕らと出会った当初と同じく、イヤイヤと地団駄を踏んでいる。


「まあまあ、ケイタ君、落ち着いて下さい」

「ミヨちゃんからも何か言ってくれよ」

「ええ、門番さん、これならどうです?」


 ミヨが背中に背負っていた場違いな鞘から、例の大きな剣をするりと引き抜いた。


「これは我が鍛冶屋の王が作っていた勇者の剣!?」


「……どこを見て言ってるんだよ」

「剣の部分に光を照らすと我々の関係者しか解読できぬ文字を彫っているのが分かるのです。一種の暗号みたいな物ですね」


 神様とは、もしやサクラのことだろうか。

 あのお嬢なら何でもやりかねない。


「ふーん、暗号か」

「勇者が使命を終え、次の勇者へ引き継ぐために前勇者がその剣を掲げ、天の神様に願いを籠めて想いの文字を転写するのです」


 確かに熱血な太陽にかざすと剣の側面にそれらしき文字がクールに彫ってはいるが……。


「ふーん……で何て書いているんだ」

「パイナプルプルです」


 一瞬、頭の中がリセットされ、真っ白の大草原になる。


「それはどういう意味だ?」

「巨乳のお姉さん、おっぱいユラユラ万歳と」


「なはっ!?」


 予想外の返答に正当な声が裏返ってしまう。


「前回の勇者は、さぞかしエロかったのでしょうな」


 親父、ふざけていないで、どうせならもっとマシでまともなワードを思いつけ。


「もしかして僕がこの剣が装備できない本当の理由は……」

「そうですね。前回の勇者の凝り固まった性癖なしわざで女好きの剣に成り果ててしまったようです」


 今、僕に関してのミステリアスな謎はあっさりと解けた。


「……そうか。皆の衆、問題は解決した。今から撤収する」

「兄ちゃん、何、軍曹モードに入ってるのさ」


 すべてを投げ出し、逃げるように横切ろうとした僕の服の裾をケイタがグイッと握ってくる。


「ちょい、どこへ行くのさ?」

「ケイタ離せよ、もう万事解決じゃないかあぁー!!」


 僕もケイタと同じように床に転がり、赤ん坊のように駄々をこねてみた。


 そして、判明したことがある。

 地べたは冷たくて固いし、何より気持ちが虚しい。


「ジン、まだ分からないじゃないですか。話だけでも聞いてもらいましょうよ」

「その勇者の剣を装備してるお前に言われたくないな。これ以上、強い武器がどこにあるんだよぉぉー!!」


「分からないぜ、兄ちゃん。世界は広いようで狭いからな」


 ケイタ、子供のようで以外と大人な理論だな。

 その分だと、いくぶんかの歳をとり、人間ではなく、さらに上のあやかしの存在かも知れない。


「取りあえずケイタ、人間かどうかの確認のために身分証明書を見せろ」

「兄ちゃん、何、意味不明なことを言ってるんだか?」

「失礼な、僕はいたって真面目だぞ」


****


「……はあ、頭が痛いですね」


 二人のいがみ合う幼稚な会話に今日も頭を悩ませる。


「大変ですね。あの、いつもあんな感じなのですか?」


 それを知ってか、優しく気遣いをしてくれる中年のような顔つきの男性の門番さん。


「ああ、分かりますか?」

「門番歴20年の身として、何となくの想定ですが。これは難儀な冒険になりそうですね」


『そうなのよ、だからあなたが変わりに彼らと冒険しない?』と言いかけた喋り口を止める自分。


 門番さんには何の罪もないのだから。


****


「王女、例の勇者御一行を連れて参りました」


 二人の若い男性の門番さんが、未だに喧嘩の最中のジンたちを引きずりながら王の間へと連れてきた。

 こっちを見つめながら茶色い肌を露出させた自慢の肉体を見せつけながら……。


 女子がみんなムキムキのマッチョ好きとは違うんだよ。

 うぷっ、もう気持ち悪くて吐きそう。


 それにしてもオオゲサ王国に続き、この城でも王女とは。

 どうやらこの世界ではモジャモジャ髭を生やしたご老体の王様には中々お目にかかれないらしい。


「よろしい、下がりなさい」

「はっ!」


 凛と響く少女のような声量で、筋肉自慢をしていた門番さんを引き下げる。

 どこかで聞いたような女性の声だけど……。


「ミヨ、久しぶり。本当に、この世界の勇者になったのね」


 壁にそって仕切られた白いカーテンに隠れたままの大きな影は玉座に佇んだまま、小さき自分に向けて静かに語りかける。


「その声は、やっぱり鋼音はがねお姉ちゃん?」

「そう、ハガネよ。元気にしてた?」


 カーテンの先の女性の頭が少し揺らぎ、自分に微笑みかけているのが、こちらからでも分かる。


 どうして、お姉ちゃんはこんな場所にいるのだろう。

 どうして、あの日から自分たちの住むリアルの家を抜けたのだろう。


 聞きたいことは山ほどあった。


「大体の話は入り口にいる門番から聞いたわ。どう、例の剣は使いこなせてる?」


 しかし、その僅かな会話もさせないように向こうから話を切り出してくる。

 お姉ちゃんは昔から要領が良くて、口が上手かった。


「ええ、おかげさまで念願の勇者になれましたから」


 これでもかと精一杯に胸を張って答える自分。

 さあ、お姉ちゃん、存分に自分を誉めてよ。


「いいえ、それは違うわ。今回の世界では勇者は二人いるのよ」


「……えっ、それって、

どういうこと(゜д゜)」

「こらっ、そんなふぬけた顔をしない。折角の美少女が台無しよ」


 なぜか、お姉ちゃんサイドでは自分の表情まで丸分かりのようだ。

 どういうカーテンの作りかな。

 ぜひ、我が家にも欲しい。


「そいつはごめんごー!」


 そこへ、自分の隣から飛び出してきて滑稽染こっけいじみた発言をするジン。


 いけない。

 すっかり彼の存在を忘れていた。


「オラもいることもお忘れなく……」


 後ろでは忘れさられていた2号機のケイタ君が顔に無数の引っ掻き傷を負って床に突っ伏していた。


 何なの、猿と猫の大いなる喧嘩だったの?


「そうよ、そんなことよりお姉ちゃん、もう一人の勇者って誰なのですか?」


 あれ、横に存在していたジンの姿が忽然こつぜんと消えた?


「きゃあああー、お願いだからそれだけは止めて!!」

「よいではないか、殿方の前ではじらいを見せても!」


 いつの間にか、ジンがカーテンの向こうにいるお姉ちゃんの前に迫り、何かしらの物を強引に食べさそうとしていた。


「ジン、なにお姉ちゃんにキムチを食べさせているのですか!!」

「いやぁ、王女の仕事も大変だろうから、精をつけさせてあげようかと」


「いやあああ、だからニンニク臭いのは止めて!!」


 これでは話にならないのでカーテンを潜り、お姉ちゃんに付いている悪い虫? を引き剥がす。


 この世界でもお姉ちゃんは可愛く、スタイルが良くて美しかった。


「お姉ちゃん、それで勇者って?」

「だからソイツがもう一人の勇者なのよ!」


 その怯えたお姉ちゃんがジンを警戒して自分の背中に隠れながら、堂々とした彼を震えた手つきで指さす。


 またまた、ご冗談を……。


「だから、ミヨはソイツに色々と教える勇者の教育係であって、真の勇者はあの変態なのよ」

「いやあ、照れるなあ。勇者に続き、変態の称号まで手に入れたよ」


 タジタジのお姉ちゃんを言いくるめるハキハキとしたジン。


「……ジンはちょっと黙ってもらえますか」

「おお、ミヨ、顔がこわっ!?」

「何ですか、今ここで、この勇者の剣で地獄に堕ちたいですか?」

「あわわ、痛いのはごめんだね」


 勇者ジンがそそくさとお姉ちゃんから離れる。


「その変態が首に下げた、王族と勇者の関係者だけが分かる『勇者のネックレス』を付けているのが何よりの証拠よ。あれは選ばれた者しか装備できないの」

「お姉ちゃん、自分に隠れながらの会話はよして下さい。仮にも国をおさめる王女ですよね?」

「だって、アイツ変態なんだもん」

「それでもきちんと向き合って下さい」


 自分のその言葉に後ろめたさを感じて、前線におもむくお姉ちゃん。

 心で強い決意を持ち、ジンに対しても冷静に応対するようにしたみたいだった。


 そうそう、見てくれはあれでも仮にも世界を救う勇者が相手だもんね。


****


「それで、この勇者が装備できる武器の話だけど、正直……」


 何もかもミヨにクリソツな姉の次の答えにゴクリと唾を飲み込む僕。


 どれほどまでの強力な武器が手に入るだろうか。

 今、運命のジャッジは開かれた。


「……ないわー!」


「ほがっー!?」


 その以外な結果に奇声を上げて、ずるずると滑り落ちる僕。


「非力な僧侶でも装備可能なイブニングスターも無理だったんでしょ。この辺じゃ、あの武器を越えた攻撃力のある武器なんて作れないわよ」


「だから何であれが装備できないんだよ?」


「ちょっと待ってね」


 ハガネが黄色の法衣から出した使い古した双眼鏡で僕を覗く。


「ああ、やっぱりアナタ呪われているわ」

「呪われてる?」


「ええ、すべての武具を受け付けない呪いね。術者をどうかしない限り、装備は無理よ。誰にやられたか、記憶にないかしら?」

「うーん、誰って言われてもなあ?」


 攻撃なんてありすぎて、誰からの攻撃か、全く身に覚えがない。


「いくら鍛冶屋でも、その相手が分かるまでは、こちらからもどうしようもならないわ。

さあ、お仕事の邪魔よ。用件は済んだのならさっさと出ていって」


 ハガネが僕達を餌に群がったハエのように追い払う。

 これ以上粘っても何も進展はないだろう。


 僕らは武具の鉱石を布で磨くハガネに背を向けて、メッキシスコーン城の王の間を後にする。

 

『──プツン!!』


 その束の間、王宮の全照明が消えた。

 だが、窓から見える景色は暗闇ではなく、賑やかな電飾に染まっている。


「まさかの王宮だけが停電か!? みんな無事か?」

「無事も何も今は昼前で照明が無くても部屋は明るいですから」

「それもそうだな。お偉いさんたちの無駄遣いにも困ったもんだ」


「いいえ、昼前はできるだけ電力は抑えているはずですから、人為的にブレーカーをおとしたとしか考えられないです」


 鍛冶の最中だったハガネがこちらに寄ってきて、赤い竹状の懐中電灯で窓から離れた薄暗い奥の部屋を照らす。


「となると何者かが意図的にか」


『フフフ……そうデス。ご無沙汰デスネ』


 そこへ流れ込む前方からの男と見られる片言の声。

 僕は即座に反応して距離を保つために、その主の後ろへと飛び退いた。


 廊下へ通じるドアの前にもたれかかる長身の影。

 そこには、あのキル・ユーが待ち構えていたのだった。



 

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