第15話 魔力が無ければ作ればいい

『サテサテ、ワタシが少し余所よそに行っている間に弱小じゃくしょうだったアナタたちも立派になったものデスネ』

「余所に行っていただと?」

『ええ、魔王城が移転しましたノデ、ちょっとした個人的な住みかのお引っ越しをしたのデスヨ。この人相が怪しいのか、新しい家を探すのには苦労しましたケド』


 怯える王女をスルーし、もたれていた扉から立ち上がり、王室から隣の応接間へと僕らを誘い込むキル・ユー。

 そこで不意に止まり、両手をぶらつかせながら関節をコキコキと鳴らし、前屈みの姿勢になる。

 

 そうか、魔王城には住みかも寮さえもないのか。

 あの時、城に魔王だけしか居なかったのにもうなずける。


『まあ、それはサテオキ、ワタシの自慢の手下のコブトリンをるトハ。もはや手加減は無用デスネ』

「いや、倒してはいない。元の姿に戻して、自然の野に帰しただけさ」


『フン、人格を奪った時点で、ソレハもは殺られたと一緒デスヨ!』


 キル・ユーが腹立たしい声を上げて通りすがりの扉を蹴りあげ、その大人しい扉がぶち抜かれる。


 壊れた扉の先には彼が呼んだであろう魔物たちで溢れかえっていた。

 その中の数匹のモンスターが血気盛んな目付きで今にも僕らに向かって襲いかかろうとしている。


『グルルルルー、ゴ、ゴロス!』


 そいつらはゴブリンの姿をしたモンスター、『コブトン』たちだった。


『お前たち、コブトリンのかたき討ちも分からないでもナイデスガ、ここは手を出すなデス』


『……アイツらは中々の強者デスカラネ!』


「なっ!?」


 一瞬、何が起きたか分からなかった。

 キル・ユーの姿が瞬時に消えて僕の眼前に飛び出したからだ。


『ジン、伏せて!』


 思念波のような天界のサクラからの声

かろうじてキル・ユーの黒く染まった拳の攻撃をかわす。


『危なかったね。今の彼の特殊スキル、を食らっていたら確実に即死よ』

「なるほど。いかにもファンタジーらしい設定だな」

『今はに感想を述べている場合じゃないから』

「いいのんき(天気)ならではだな」


 部屋の大きな窓から見下げた、無数の花で彩られた庭園。

 そこに立ち並ぶ大量のコブトンが、こちらに向かって固唾を飲んでいるように見てとれた。


 外はいい天気とは言いがたく、曇り空が辺りを支配している。


『……つまらない冗談言っている暇があったら、どうにか対応してよ。私からはアドバイスは出来ても、上層部の仲間からこの会話は通信制限されているから、敵を倒す対処法はできないんだからね』

「何だよ、便利そうに見えて制限付きかよ。不便な能力だな。少しはスマホアプリを見習えよ」

『あのね、無茶を言わないで。私は神様でもコンピューターじゃないんだから』


 確かに、このサクラがスーパーロボットだったら、今頃、こんな苦労はしていないだろう。


「……本当、融通が効かないワガママなヤツだなあ」

『どっちがよっ!!!』

「ぐわっ、お前、急に怒鳴どなるな。喧しいぞっ!?」


 甲高い少女の声で耳がおかしくなりそうだ。

 まあ、実際は鼓膜ではなく、頭に直接語りかけてくるのだけど。


『サッキから何をブツクサ呟いているのデスカ!』

「お、お前ら、少しは僕をフォローしろよ!?」


 キル・ユーの例の拳をギリギリで避けながら仲間に助けをこう。


「兄ちゃん、気持ちは分かるけど……」

「こんなに大量のモンスターに囲まれていたら、そちらへの加勢は無理ですよ!!」


 僕から離れていたミヨたちを円になって取り囲むコブトンの集団。


 これでは多勢に不利。

 向こうの方が三枚下ろし並みに上手うわてだった。

 僕の腕ではアジの開きは作れないけどな。


『フフフ、ワタシが何もしてないで過ごしていたと思いデスカ。ヒソカにこうして勇者一行打倒の策を考えてイタノデスヨ』

「くそ、お前ら、やり方が卑怯だぞ……」

『その卑怯な手でコブトリンを倒した輩が何をほざいているのデスカ』


『──サア、大人しくあの世に堕ちるデスヨ!!』


 彼が一歩歩みかけた瞬間に指を空に突き立て、狙いを定める。


「今だ、雷よ、ヤツを貫け!!」

「ゴロゴロドカーン!!」


『ピカッ、ドカーン!』


 刹那、正面の窓ガラスが割れ、そこから突き抜けた稲光がキル・ユーの体を狙う。


『ナニヲ!? ぐわあああぁぁー!?』


 そのままキル・ユーに炸裂するゴロ系の呪文。


『オマエ、いつの間にこんな呪文が使えるようにナッタンデスカ!?

しかも……上級呪文の雷系ヲ……』


「ああ、これのお陰さ」


 クシャクシャとスルメのように噛みしめている物体を、これ見よがしに見せつける。


 通称、魔法を無尽蔵に生み出すの草、マジッ草(くさ)だ。


『……ナルホド。魔力がなければ補えばイイという作戦デスカ……』

「そういうことだ。それに僕は勇者としての素質があるからな。雷系の呪文が使えてもおかしくはないのさ」


 元はサクラのアドバイスで少しばかり、あの水晶からはみ出していた部分から頂戴したのだが、実は食すと、こんな使い道があるとはな。


 少し癖がある味だが、天ぷらにしたら美味しくて、いい精がつきそうだ。

 魔力のみなもとの草だけに。


『フフフ、ソレハいい事を聞かせてもらいマシタヨ。クククク……!!』


 僕の行動に何を感じ取ったのか、突然、キル・ユーが冷たき仮面に片手を添えて、感情豊かに笑い出す。


「何だよ、絶望に追い込まれて狂ったか。締め切り前の漫画家みたいだな」

『ソウデスヨ。絶望に飲み込まれるのデスヨ』


『──オマエガナ!』


 ふと気が付いた時、応接間にいたキル・ユーの姿は無かった。


 いや、普通に消えたんじゃない。

 そこから瞬時に移動したんだ。


「兄ちゃん、後ろだ!」

「ジン、走って逃げて!!」


 そう感じた最中、少し離れて僕の前方でコブトンを迎撃していたミヨたちの嘆きの叫びに染み渡る背後からの殺気。


『フフフ。影を伝い移動できるのスキルデスヨ』


 ヤツは一瞬の隙をつき、自分の影に忍び込み、僕の伸びていた影と同化して後ろへと回り込んだのだ。


 そのキル・ユーの手には僕の手元からさりげなく奪ったマジッ草が握られていた。


「しまった、いつの間に!?」

『モウ遅いデスヨ。コレデ呪文が不得意なワタシでも思う存分ニ……』


 キル・ユーが着けている仮面を僕の背中越しで外して、その持っていた草を口に放りこむ。


『ウオオオオー!!』


 高揚した叫びと共に勢いよくキル・ユーの体から膨れあがる闇のちから。

 僕はその場から逃げるように飛び出し、応接間を離れて体勢を整える。


 すると、キル・ユーが仮面を僅かにずらし、鋭く黒く染まった目を光らせる。


「確か、ある程度、距離を保ってヤツの瞳を見るなだったよな」

『駄目、ジン、今すぐその廊下から離れて!』


 サクラが焦ったような声が響いてくる。


「何を焦っているんだよ。お前の言った通りにしているんだぜ?」

『違うわよ、時と場合を考えてよ。キル・ユーが膨大な魔力を手にしたら威力だって上がるに決まっているでしょ』


 周りから光と色が消え……、


「何だって、ぐわっ……」


 ……暗闇の世界で金縛りにあったかのように体が動かない。


 そんな中、遠くから聞こえてくる人間たちらしき苦しみのうめき声。

 そのうちのかすれた女性らしき声が耳元に寄ってきて『こちらへ、いらっしゃって……』と囁いてくる。


 別名『あなたを殺す』の名称の死者の瞳。

 これがミヨたちが体験した、目が合わさったら死後の世界へ連れていかれる心境か。


 どうやら見事にヤツの術中にはまってしまったらしい。

 

『あーあ、だから言ったのに……』

「なあ、どうかして、この厄介な呪文を解けないか?」

『いいえ、1度この技にかかってしまったら死ぬまで耐えるしかないよ』

「そりゃ最悪だな。何の拷問だよ?」

『私が聞きたいくらいよ。だから耐えて』


 もう強烈過ぎて、半径5メートルの枠を越えている。

 末長く恐ろしく、いかにも魔王の側近らしい攻撃だな。


『……まあ、1つだけ解決策があるとすれば、能力の効果が切れるまで耐えるしかないことね』

「おい。耐える、耐えるってどこのお坊さんの修行だよ。それにさっきから耐えろって、その言葉の繰り返しだぞ。これは試験に出るのか?」

『何、わけの分からない事を言ってんの。次、右から例の拳が来るよ。構えて!』

「……だから、ヤツの攻撃が見えない状態でどうやって避けろと?」

『つべこべ言わず、この世界で生きたかったら私の指示を聞いて、勘で避けるのよ』

「まさに紙の言いなりかよ。しゃーないな。分かったよ」


 僕は体を反らしながら、キル・ユーの右からの見えないパンチを避ける。

 頭上の髪先が波のように揺れ、目の前に人工的な風が吹き抜けていった。


『ふう、危なかったわね。今のはギリギリだったよ。あっ、次は左からよ』


『……違うわ、右?』

「おいおい、どっちなんだよ?」


『いえ、これは左右同時攻撃よ。上へ飛んで!』

「あのなあ、人間が飛べるわけないだろ?」

『だから移動系呪文よ。今の魔力を保ったままなら難なく使えるでしょ』

「……えっと、それド忘れした。

何という名前だっけ?」

『ああ、ジン! 考える暇なんてないよ!』


 次の瞬間、体の左右がパンクでもしたかのように凹み、上空へと押し出された。


 意識が段々と薄れていく。

 これが死ぬという事なのか……。


****


「ここは……」

「あっ、ようやく気が付いたかな」


 僕は、またもや何もない灰色の世界で目を覚ました。


「ごめんね、私がいながらも魔力の強化に気づかなくて」

「何の、今度は悟らなければオッケーさ。さあさ、早く元に戻してくれ」


 僕から目線を反らし、俯いたまま、小さな体を小刻みに震わすサクラ。

 もしかして泣いているのか?


「あんな目にあったのに怖くないの?」

「なーに、これくらいで怖じけていても何も変わらないさ」


「うん、だけど……」

「おいおい、しっかりしろよ。お前さんは神様なんだから」


「分かっているけど私は元は人間で……」

「何をブツブツ言っているんだよ?」

「それもそうだね」


 深呼吸をしたサクラが緊張を解き、樫の杖を僕の頭にちょこんと載せて念じる。


「願わくば、彼に、もう一度チャンスを与えたまえ……。

ブットビプリン!」


 サクラの移動呪文により、無感情の空間が、お花畑で広がり、僕の重々しい体が輝きながら軽々と宙を舞う。


 その気分は宇宙飛行士。

 もう、この呪文にも慣れたものだ。


****


「──ジン。こんなに大量の怪物に囲まれていたら、そちらへの加勢は無理ですよ!!」


「……はっ!?」


 聞き覚えのあるミヨの声に視界が開く。


 僕はサクラの呪文で、ここに戻ってきたのか。

 しかし、その場に戻ってきたような感覚で今までの転生とは違う。


 まるで先ほどまでの夢の世界を、もう一度体験しているかのように……。


『この上級移動系呪文ブットビプリンは1度きりしかその場に転生できないの。今度は例の草の件は悟られないようにね』

「そうか、分かった」


『サッキから何をブツクサ呟いているのデスカ!』

「ぶつくさと呟いて悪い法なんてないだろ。まあ、ここはリアルとはかけ離れた異世界だけどな」


 今、キル・ユーとの対決が始まる。


 ポケットに潜ませた魔法草を慎重に確かめながら、僕はもう一度、キル・ユーとの一騎討ちに挑むのだった。






 

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