第3章 勇者運命の歯車を変える時
第13話 結果が分かっても空回り(現実世界シリアス編、原因)
時は変わり、寒空の外とは裏かに校内でエアコンが効いた温もりの教室。
「えー、それでは先週行った数学のテストを返却する。今から出席番号順に名前を言うので、呼ばれたら前に出て来るように」
青いジャージ姿で白髪頭の男性の
いよいよ、この日が訪れた。
心の滑車の準備も整った。
大型トラックでも、大型シャベルカーでも、テストの答案でも、何でもかかってこい。
「
「はいっ」
啓太が立ち上がり、教師からのプリントを受け取る。
その顔は明るく余裕に満ちていた。
「百点満点じゃ、よく頑張ったな」
「ありがとうございます」
ルンルンと上機嫌にスキップをしながら机へ戻っていく。
少し変な所もあるが、イケメンで成績優秀。
あれで何で恋人がいないのだろう。
「……
「はい。ああ、緊張するね」
桜が長い髪を指先で整えながら教卓の元へ向かう。
「90点、さすがだな」
「ホホホ。もうちょっと本気を出せたら、もっといい点がとれましたわよ」
お嬢様気分な桜が用紙を片手に口元に手を添えて高笑いをする。
待てよ、彼女はこんなキャラだったか。
BL漫画が好きなちょっとハレンチな娘で、おしとやかで優しいペラペラな紙(異世界では神様)のようなお喋りな存在で……。
あれ、僕は桜に行為を抱いているのか。
まさかな……。
──
三ヶ月ぶりの抜き打ちテストにも関わらず、二人は高レベルな結果をさらけ出した。
さて、僕の答案結果はどうだろうか。
正直、あまり自信が持てない。
「……
「わひっ!?」
「「「あはははは!!」」」
緊迫して静寂だった教室に笑いがどっと押し寄せる。
「何じゃ、そのふざけた返事は」
「いえ、何でも」
「……まあ、いい。48点、まずまずの結果じゃな」
赤点40点を免れたギリギリの点数。
確か赤点になれば春休みは補習漬けになったはず。
答案をもらいながら、心からほっと一安心する。
そこで僕ははっとなり、彼女のことが浮き彫りになる。
そういえば僕の気になる彼女は……。
「……
「あっ、はい」
「和賀、これはどういうことじゃ……」
蔭谷教師が岬代の点数の書かれたプリントを突きつけて、彼女の耳に何やら語り
かけている。
その言葉のせいかは知らないが、サアーと血の気が引いていく岬代の表情に対して蔭谷教師は嫌味な目つきでからかっているように見てとれた。
「これは酷すぎて点数公開にはならんな。春休みはタップリ補習じゃな」
「……何だよ、あのお嬢様が赤点?」
「
「俺、岬代ちゃんのファン止めようかな」
周囲がざわつくなか、岬代は悔しさを込み上げた涙目で僕の横を突っ切っていく。
そんな訳ありな彼女がほっとけずに思わず声をかける。
「岬代、何かアイツに言われたのか」
「仁には関係ない話です」
「そんな冷たい事を言うなよ。一緒に冒険している仲間じゃないか」
「はあ? なに意味不明なこと言っているのですか?」
平静を装っているつもりでも、表情は髪の影に隠れ、体は小刻みに震えたまま、だらけた腕にちからをこめて拳を握りしめている。
唇を切りそうなほどに噛みしめた顔からにして、明らかに岬代の様子がおかしい。
でも、その理由が分からない。
彼女の事が気がかりなのに、意味不明のまま終わるのか。
そうは問屋が下ろさない。
「──では、テスト報告はここまで。先生は他の用事があるから、今からこのテストの復習を重ねた自習とする。以上じゃ」
蔭谷教師がプリント返却から解放され、急ぎ足で教室から抜ける。
彼女に話しかけるチャンスは今しかない。
「おい、岬代」
「……ちょっと待って」
「何だ、お邪魔紙(異世界では神)の桜か」
「あなた、岬代の彼氏でもないのに何のつもりなの? それ以上近づいたらセクハラで訴えるわよ」
桜が神経質にネチネチと僕ののほほんとした領域に踏み入ってくる。
桜は岬代とは幼い頃から親友みたいな感覚で周りから見たら、今では仲の良い恋人通しのようだった。
その桜が警告を鳴らす勢いで僕の胸に人差し指を突き当てる。
「仁、分かっているだろうね? 私と岬代の間には割っても入れないことを?」
そんな
僕は両耳に手を当て、包み隠さず彼女の言葉を拾い上げようとする。
「何しているのよ?」
「さあ、この通りお兄さんの耳は象の耳だ。何でも話しかけてこい」
「何なの、この変質者はっ!!」
「だから違うだろ!?」
桜が大声で非難するのを合図に僕は数人の男子生徒に取り囲まれる。
「お前か、みんなのアイドル桜さんに横暴で変な事を吹き込んでいる奴は?」
「もう関係ない、そのまま職員室に連行しろ」
「おう、皆の衆。こやつを生活指導室にぶちこむぞ」
男子生徒たちが僕の体を神輿のように担ぎ上げ、ワッショイと軽々しく運ぶ。
「ちょっと待てくれ、誤解だよ。僕は岬代と話がしたいだけなんだよ!?」
「ええい、黙れ。この女たらし。桜さんだけではなく、岬代さんにまでちょっかいをかけるとは!!」
「許せん。もう打ち首獄門だな」
ああ、このままじゃあ、岬代の真意が分からないまま、悶々とした気持ちのまま、春休み生活を送ることになる。
それだけは絶対に避けたい。
「啓太、何とかしてくれ。親友だろ」
「あのさあ、兄ちゃん、そのくらい何とか切り抜けろよ。勇者だろ」
勇者と聞いた僕の体が金縛りのように動かなくなる。
頭では理解できても体の対応ができないのだ。
それにしても啓太にだけは何で僕の話が通用するんだ?
そう感じた隙に周りの景色が変わる。
僕はいつの間にか見覚えのある駅の構内に倒れていた……。
****
「──自分が死ねば多額のお金が手に入る」
僕のすぐ隣にいた岬代が何やらブツブツと呟きながら、僕以外の無人のホームから線路へ向かって歩いていく。
まずい、このままだと岬代は……。
彼女を止めようとしても、さっきから全身が鉛の固まりに覆われたかのようにびくとも動かない。
「岬代、待つんだ!!」
僕の声が聞こえてないのか。
もっと腹の底から声を張り上げないと駄目なのか。
「岬代、行くな。それ以上進むと死ぬぞー!!」
「自分が死ぬと保険金がおりて、お母さんが救われる……」
「岬代、聞こえないのかよ‼」
僕の声が聞こえ知らずか、まったく歩みを止めない彼女。
まるで生きるに関しての執着を捨て去った廃人に成りはて、感情を閉ざしたした人形のように前へと進む……。
『カンカンカンカン……!!』
不意に踏み切りの合図音が響き渡る。
遠くから耳にぶつかってくる迫り来る鈍行電車の音。
『ガタンゴトン、ガタンゴトン!!』
「岬代ぉぉぉー!!」
僕の悲痛の叫びも気にも止めず、そのまま岬代はホームの下の線路へと飛び込み、走ってきた列車の渦に飲み込まれた……。
****
「……朝か」
宿屋での目覚めは最悪だった。
しかも、やけにリアルな夢だった。
そう、現実世界の岬代は事故で亡くなったのだ……。
──だけど何が原因か、未だに疑問点が残る。
せめて、この夢で謎が解けたらと淡い期待もしたけど、しょせんは夢まぼろし。
この異世界で何かのきっかけが掴めればいいが……。
無力な勇者ながらの僕にも何かできることはあるだろうか。
(岬代、何があろうとも君の死を事故では終わらせない。必ず、そうなった理由を突き止めるから……)
布の服に腕を通しながら、僕はリアルで離れた岬代の事を切なく思い浮かべていた。
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