第12話 コブトリンとの私闘

「ほんと困ったぜ」


 一夜明け、快晴のメッキシスコーンの城下町。

 北西にメッキシスコーンの白壁しらかべの城を構えた巨大な城下町である。


 僕達は前回のコブトリンとモンスター集団を倒して、ヨーコ王女から獲た多額の約5000Kiran(この世界のお金)を手に取り、三人で均等に分けて、お祭り屋台のような風貌ふうぼうな武器と防具の店を訪ねていたんだけど……。


「防具はともかく、それなりにいい武器は揃ってはいるんだけど、どれも兄ちゃんには装備できないとはなあ」

面目めんぼくない」

「兄ちゃん、そんなひょろい腕っぷしだから装備できないんじゃないかな。今日からサイドメニューとして筋トレするかい」


「すまん、僕は追加ではポテトしか注文しないたちだから」

「ジン、食べ物の話じゃないですよ」


 改めて、その場でお試しで装備できるよう、カウンターテーブルに並べてある武器をざっと覗いてみると……。


「うーん、あれなんかどうだろう?

おーい、ちょっと店主さん」

「はい、何ですぞ」


 ケイタはテーブルではなく、店の奥にある武器が気になったらしい。


 数ある武具を圧倒させる長い棒に鎖で繋がった先端に、丸い鉄球が付いた大層な品を指し示しながら、影で休憩しているぬしに一声かけた。


「おお、そいつはお目が高い。この店で一番人気の武器のイブニングスターですぞ。攻撃力もあり、比較的軽くて、ちからの弱い者でも扱える品ですぞ」


 奥のカーテン越しにいた中年の男店主が好奇心に満ちあふれた子供のように目を輝かせながら、その武器をケイタに見せる。


「そうか。ちょいと借りるぜ」

「どうぞ、お構いなく」


「兄ちゃん、これならどうだい」


 ケイタがその鎖の武器を持ってきた。

 ジャリジャリと鳴る金属の響きが僕の緊張感を上乗せしてくる。


『僧侶さえ装備できたあの勇者の剣を扱えないお前にを巻いたワレを操れるとでも?』

 そんな感覚から神経を逆撫でするように笑っている声(金属音)にも捉えられる。


 おう、それならそうと、お望み通りやってやろうじゃないか。


「サクラ、何とかしてくれ」


「……おい、依頼主の命令だぞ」


「……何だ、居留守か。たちの悪いイタズラだな」


 心の底から願ってもサクラの声は聞こえない。


「サクラ、あれだけ協力するとか言いながら、こちらから呼んだらそれかよ‼」


 怒りに心が飲まれ、腹の底から声をあらげても一緒だ。

 天使からの応答はさっぱりなほどにない。


「兄ちゃん、何か知らないが落ち着けよ」

「ジン、まずは手に取らないと分からないでしょ?」


 まあ、二人の言い分は一理ある。

 端からだと、一人で錯乱して叫んでいるだけだ。


 サクラの声は僕からしか聞こえない。

 僕が一人でおかしくなったと……。


「もういい、その武器をくれ」

「ああ、分かったぜ」


 ケイタからイブニングスターを受け取った瞬間、その重みが倍増する。


「ふぐぐ!?」


 もう、武器の感覚ではなく、まるで巨大な何百キロの岩を持っているかのようだ。

 その重さに堪えられず、武器をそのまま地面にずり落とす。


『ガシャーン!!』


「兄ちゃん!?」

「あっ、お客さん乱暴行為は困ります。売り物ですぞ」


 慌て顔の店主が白手袋をはめ、イブニングスターを丁寧な扱いで傷がないか隅々までチェックしている。


「ジン、どうしたのですか?」

「ミヨ、やっぱり僕は変だ……」

「ええ、それはご存じですよ」


 そこはミヨも否定しないんだな。


「ひょっとしたら僕は勇者じゃないのかも知れない」

「いえ、そんなことはありませんよ」

「だったら何で僕は駄目で、君は勇者の剣を装備できるんだよ」

「それは……」


『──ギエエエエー!!』


 ミヨとのやり取りの最中に、奇怪な声のした上空からパラパラと降下してくるモンスター、木のセイダヨの集団。


「兄ちゃんたち、仲良く痴話ちわ喧嘩してる場合じゃないぜ!!」


 どうやら敵にこの場所にいることが感付かれたらしい。


 よろず屋で調達した黒い雨合羽あまがっぱを身に付けてバレにくいように身を隠して動いていたのに、えらい見つけるのが早いな。


 まだ、あれから半日しか経っていないぞ。


「くそ、店主。これを貰っていくぞ!」

「ええっ、それいっちゃうんですか!?」


 思わず手に触れた細い棒切れを握りしめ、僕は同じ材質のセイダヨの軍勢へ向かっていた。


『ははは。勇気のある若者だな。勇者だけのことはあるな』


「その声はコブトリンか!」


『そう、当たり。名前を覚えてもらい光栄だな』


 モンスターの背中に乗っていたコブトリンが、するりと地表に降り立つ。


「まあ、やたらと太っていて目立つからな


「「「そうそう」」」


 三人揃って頷き、首を縦に振る。


『何か腹立つ言い分だな』

「「「自業自得だな」」」


 正直に思っていた事をハモる三人の声。


『もう、お前ら三人ともぶっ潰す!』


 頭の先から真っ赤な蒸気をくすぶらした顔のコブトリンがヘチマ型の棍棒を片手に突っ込んでくる。


「ああ、来るなら来やがれ!」


 僕は先ほど、躍起やっきになって店で手にしたアイスキャンディーの棒切れ(ちなみにハズレ表記)を前方に構える。


『ジン、右に避けて』


「ああ?」


 その合図の数秒後に棍棒が左へと流れ、弾みで棒切れを落とした僕の肩をかすめた。


「──サクラ、どうして今ごろになって声をかけるんだよ」


『かけるも何も私言ったよね? 

テレパシーでも、モンスターたちのの能力だって』


「何だよ、Wi-○i設定じゃなくて限定能力かよ」

『えっ、Wai-Waiが何かな?』

「いや、そっちは思念で会話してるのに、その反応はどうかと」


『それよりもジン、次の攻撃が来るよ』

「ああ、頼りにしてるよ。相棒」


 サクラの指示により、次々とくるコブトリンの攻撃をトントンと難なくかわす。


「なあ、ヤツには弱点とかないのか」

『ないこともないけど。普通の攻撃はほとんど無意味だもんね』


 あのタプタプのお腹のせいか。


 それに前回の戦闘ではケイタによる渾身の炎の上位呪文でもやられなかった。 

 これはある意味強敵だ。


「それでどこが弱点なんだ?」

『わきの下よ』


「……へっ、今なんて?」

『だから、わきの下のが弱いって言ったでしょ』


 まさかの爆弾発言。

 僕の中の冷静だった理性が奪われる。


「あははは、マジかよ!!」


 しばらく僕はコブトリンから離れて、笑いの渦に飲まれていた。

 コブトリン以外にミヨたちにも白い目で見ているのにも気に止めずに……。


「あはははっ、笑いすぎて苦しい。誰でも弱い所ときたものか」


「……ちょっとこの状態でよく笑えますね」

「何だ、兄ちゃん、腹でもくだしたか。ワープリン草にでもあたったか?」


 ケイタとミヨが木のセイダヨを倒しながら、心配そうにこちらを見ている。


「なーに、安心しなよ。コブトリンは僕に任せといて」

「なっ、何を言っているのですか?」

「そうだぜ、下らないジョークもほどほどにして欲しいぜ」


 ケイタ、それはいかんなあ。

 さりげなく暴言を吐いたな。


「そう心配するなよ。僕は勇者だよ。ツッコミのセンスだけなら一流さ」


 僕はその場にしゃがみこみ、ロケットスタートの体勢になる。


「兄ちゃん、そのままヤツに突っ込むのかよ!?」

「えっ、無謀にもほどがありますよ!?」


「いいから周囲のモンスターは任せた!!」


 一直線に駆け出し、コブトリンへと接近を試みる。


『ぐはは。難なく殺されに来たか』


 コブトリンが重い一撃を放ってくる。

 僕は、それに石つぶてで防ぎ、動きを鈍らす。


『ぐおっ、目にゴミがああ!?』


 その油断の合間をぬって、コブトリンに急接近して攻撃に持ちかける。


『ぐふふ、接近戦で来るとは。こっちは肉弾戦も得意なことは承知なのかな』


 涙目のコブトリンが棍棒を背中になおし、両拳を標的に向かって、ひたすら僕めがけて連打を繰り出す。

 上上下下右右左左、どこのゲームの秘密コマンドだよ。 


 だけど、そんな素早いパンチも今の僕にとっては敵じゃない。

 サクラの応答により、コブトリンの攻撃をギリギリで回避していく。


 どんな凄い攻撃でもカラクリが分かれば大したことはない。

 かのボクシング選手のマイグ・タイゾンも、そう言っていただろうか。


『この、ちょこまかと!!』

「ケイタ、今だ、ひょう呪文だ!」


「ああ、けつ、生搾りクール!!」


 ケイタが放ったひょう系の最強呪文がコブトリンの下半身を瞬時に凍らせる。


 その微かな隙をつき、コブトリンに急接近する。


『ぐうう、しまった!?』


「覚悟しろ、コブトリン!」


 ……コチョコチョ。


『なぬ、がはははー!?』


 コブトリンのがらきなわきを指をくねらせてコチョコチョする。


『ぎゃはははー、や、やめろおおぉー!?』


 こそばゆさに口を歪ませながら、その場で仰向けに倒れるコブトリン。

  すると、体が激しく光り出し、その大きな体が縮んでいく……。


『ギイイイイ……』


「あれ、どうした、コブトリン?」


『ギイイイイ……!?』


「変身呪文『ダマシ』。どうやらダマシの能力でコブトリンというモンスターを作っていたみたいですね」

「……て、ことは今のアイツは?」

「はい、ただの雑魚ざこゴブリンの『コブトン』ですよ」


 コブトンが目に涙を浮かべて、必死にパンチをしながら抵抗しようとするが……。

 痛くもかゆくもないとは、この事だろうか。


「大丈夫です。念のためにジンに防御アップの補助呪文の『タフ』をかけていますから、その程度の敵ならノーダメージのはずですよ」

「そいつはありがたいな、ミヨ。

──さあ、コブトリン?」


『ギイイイイ!?』


 僕は小学生低学年サイズのコブトリンの首根っこを猫のように摘まみ上げて、遠くの原っぱに投げる。


「これに懲りたら、もう悪さするんじゃないぞ」


『ギイイイイー!!』


 僕らに恐れを抱いたのか、コブトリンだった怪物は尻尾を巻いて逃げていったのだった……。


****


「兄ちゃん、何してるんだよ。アイツを倒したらレベルアップも夢じゃなかったのにさ」

「僕は弱者はいたぶらない主義なんだよ」

「へえ、兄ちゃん、あのスライスの無慈悲な倒し方といい、もっと悪いヤツかと思っていたけど以外と優しい面もあるんだな」


 ケイタが僕に初めての尊敬のまなざしで見つめている。

 あの時のスライス戦は初めての戦闘で自分のちからを試したかっただけだけど……。


「でも、ちゃっかり倒した時の現金は握っているのですね」

「現金なヤツだぜ」


 だが、ミヨの理不尽なツッコミで、せっかくの僕への尊敬がくつがえる。


「何度でも言えよ。金がないと始まらない

だろ。まあ、うまい飯くらいごちそうするさ」

「やっほー、兄ちゃんサイコー!!」


 ピョンピョンとぜんまい仕掛けのバネのごとく元気よくはしゃぐケイタ。

 若さゆえの特権だ。


 いや、何、ジジクサイ寝言を言っている。

 僕も彼と同じく、まだ若き10代だった。


「じゃあ、日が暮れる前に宿屋に帰りましょうか」

「そうだな」


 僕はコブトリンから奪った金の袋をポケットにしまい、ミヨたちと一緒にこの場を後にすることにした。


 そこへケイタが一人立ち止まり、何やらポツリと話を切り出す。


「……いや、もしかしたらこの街の王様なら、兄ちゃんの持てる武器の存在を知ってるかも知れないぜ」

「そうですね。元鍛冶屋としての腕を持つ王様さながらですね」


「二人ともえらい詳しいな」

「何の、これくらい朝飯前だぜ。まあ、これのお陰だけどね」


 ケイタの持っていたパンフの紙にこの地方の紹介が所ぜましと書かれていた。


「じゃあ、今日は急すぎるからアポイントだけとって、明日の朝、王様に会いに行こう」

「兄ちゃん、凄い気迫だな」


 さすが都会の街。

 こんなありがたい情報があるとは。


 こんな僕でも役に立つ日がやって来る、そう思うとにやけ顔が止まらない。


「ジン、どうかしましたか?」

「ミヨちゃん、いつもの妄想癖だぜ。どうせまたことでも考えているんだろうぜ」

「なら、いいのですが……」

「そうそう、男には付き物の悩みだぜ」


 これで最弱な勇者も最高に強くなり、パーティーの最前線に立てる日も近いはず。


 ケイタたちが勝手な憶測をするなか、僕は明日への期待を大いに膨らましていた。


 

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