第3話 よろず屋ハプニングルーム

 大きな大人の2匹による鹿が馬車のように人に操られ、背中の後ろ側に場違いな荷台を引き連れ、人や荷物を乗せ、国や街、村などを行き来して運んでいく。


 この鹿たちは大きな角を生やしたオスのみで統一された、通称『タクシーカー』。


 一昔前までは『人力車』という乗り物で繁栄してはいたが、この異世界でも少子高齢化が進み、現実世界のような乗用車などの機械仕掛けの乗り物は存在せず、自分の足以外に交通経路が他にないこの世界では、この乗り物は大変重宝されている。


 また、日の光りを渡るタクシーカーとは正反対に暗闇の地下道の洞窟を走る運送車両は『モグラック』。


 元々、夜行性を好むモグラを人の手で巨大化させ、改良してタクシーカーより大きい荷台を付け、空間と化した頭の前方に人間一人が乗り込み、操縦できる大型のトラックからきた代物で、あのモグラのように素早く、移動スピードは特急と同じく、計り知れない。


 この人の手をあまり煩わせない二つの乗り物こそが、この世界の陸地での主な交通手段だ。


****


「──さて、到着したみたいだぜ」 


 よろず屋、ナンデモアル屋。

 その名の通り、武器に防具、アイテム、食料品、日用雑貨などと何でも取り扱っているお店。

 今で言う現実世界でのコンビニのようなお店で、この村を支える大事な店舗の1つでもある。


 その店先で売り子をしていた茶髪によるウルフカットの少年のイケメンが双眼鏡で、その車両を確認し、懐にそれをいそいそとしまう。


 ──すぐにモグラックが店に到着し、彼による白旗の誘導で、モグラックがよろず屋の脇に停車する。

 そのモグラックから運転手が下りてきて、書類に受取人のサインをする絵になるような売り子。


 それから急ぎ足で、すぐさま運転手が荷台から、せっせと武器や防具、はてやアイテムなど様々な物が入った荷物をよろず屋の室内へと運ぶ。


 例の少年も受け取りの書類を持ったまま、紫色のをくぐる。


 それを期に僕たち二人も続いて、店の中に入った。


****


 掃除が行き届き、綺麗にされた板張りの部屋の中はさほど広くはなく、畳み6畳ほどの広さだろうか。

 壁やら天井にも商売道具がところ狭しと並べてあり、見ている者の探求心を注がれる。


 その一本道の突き当たりにカウンターがあり、書類整理をしている美少年の隣で、一人の男が背もたれのある椅子に足を組んで座り、優雅に長剣の手入れをしていた。


「──いらっしゃい。お兄さん方。

ちょうど仕入れの時に来るなんて今日は運がいいですね。今なら新商品の道具を選びたい放題ですよ」

「いや、僕お金持ってないから」

「そうですか。でもまあ、大事なお客さんには違いないですからね」


 その髭面のよろず屋の店長らしき人物が武具の手入れを止め、微笑みながら僕に握手を求めてくる。


「どうも」

「むふふ、そう緊張しなくていいですよ。君のお父上から君の装備一式とお金を預かっていますから」


 そう言った店長がカウンターの奥の部屋から1つの緑の風呂敷を引っ張り出して、僕の目の前に大雑把に広げる。

 

 光り輝く一筋のはがね色の剣。

 いかにも丈夫で体を守ってくれそうな同じくはがね色の鎧。

 そして、金貨がそれなりに入っていそうな灰色の巾着袋。


「ああ、数多あまたの神様は僕を見捨てていなかった……」

「この人は何でここで泣いているのでしょう?」


 ミヨが僕の感嘆の素振りを見て、不審がっている顔をする。


「きっと彼にも色々あるのですよ」


 店長もミヨと同じく気がそれたのか、クルクルとサインペンを回しながら少年と、届いた荷物などの在庫確認をしていたのだった……。


****


 ──さて、余談はさておき、この僕も、いよいよ装備一式を手にする時が来たな。


 僕は大振りのはがねの剣の柄を握り、天井に向かって構えをとろうと床に居座る剣を振り上げようとする。


「あれ……どうしてだ?」


 だが、剣がびくともしない。

 それどころか重すぎて持ち上げることも出来ない。


 やたらと剣の柄に巨大な岩を縛りつけたような感触。

 冷静な表情とは裏腹に僕は内心ではかなり動揺していた。


 もう、心臓ハラハラドクドク。


「おやおや、お客さんの今のレベルじゃあ、この勇者の剣は使いこなせないようですねえ。ぷー、クスクス」


 店長が口に手のひらを当てて笑いを堪えている。

 世界を制覇し、未来の伝説になる勇者に向かって、失礼な人だな。


「ええい、剣が駄目でも鎧があるさ!」


 僕は剣を静かに置き、次にはがねの鎧を手にかけ、Tシャツを着るような感覚で着込もうとするが……。


『ムワーン!!』


「ふぐっ!?」


 ツーンと鼻を刺すアンモニアの強烈な刺激臭。


「臭いな。これちゃんと洗ってないよな!?」


「そう、最後に洗ったのは君のお父上が勇者として初めてこの村を去ろうとした時……」


「なっ、そうすると旅立ちの時から全然、洗ってないじゃないか!?」


 元勇者だったかともかく、親父は僕をなめてきっているのか?


 人に古着を渡すなら普通は着たものは洗って渡すのが常識だろう。

 それが例え、親子でもだ。


「もういい、金だけ貰う……」


 僕は置いてあった小汚い布の巾着袋を掴み取り、そのよろず屋を後にする。


「もう、折角来たのだから、もう少しゆっくりしていけばいいのにねえ」

「いや、時間が惜しいんで……」

「そうかい」


 のほほんとした店長は去り行く僕に、やれやれとかぶりを振っていた。


****


「──ちょっと待ってよ!」


 店を出ると同時に背後からかかる若い女のような高い声。

 声の主に振り返るとさっき、よろず屋で作業をしていたあの少年だった。


「あのさ、そんなに貧弱な勇者なら、オラのような用心棒の魔法使いがいらない?」

「何だよ。お前、僕に文句あるのか?」

「まあまあ、そう目くじら立てない。名前はケイタだよ。君たちの名前は?」


 ケイタが手の汚れを緑の作業ズボンでゴシゴシと拭き、僕たちに握手を求めてくる。


「ああ、僕はジン。こっちがミヨだ」

「ミヨよ。ボウヤ、よろしくね」

「ムキー、オラはもう16だぞ!」


 ムキになったケイタが装備品の木の杖を振るいながら、その場でバタバタと暴れる。


「そう言うところが子供なんだよ」

「オジサンに言われたくないな」

「お前、何だとー!? 聞き捨てならんな!!」


「まあまあ、ジン。大人げないですよ。落ちついて」

「そうそう」


 こうして僕たちに新たなる仲間が増えた。


 どうやらケイタはあの店で小遣い稼ぎにバイトをしながら、呪文の腕を磨きつつ、いつか一緒に世界を冒険できる仲間が欲しかったらしい。


 多すぎても無難だが、旅をする仲間は多いに越したことはない。


『──いいぞ。それでこそわたしたちの息子だ』

『お父さん、わたくし何か感動してきました』

『そうだな。別れは辛いがいつまでもこうやって見守って行こうじゃないか』

『はい。離れても好きな息子ですわ♪』


 まあ、手作り使用の草むらの束の影から様子を見つめる両親には困ったものだが……。


 ──さあ、憂鬱ゆううつな気分にさよならして、これからが本当の冒険の始まりだ。

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