第4話 林でバトリ、トラブって

 東のアリエヘン村から北のオオゲサ王国に向かって悠々と延びる林、チンチクりん


 僕たち3人はモンスターのいる場所を何とか避けつつ、その林の中であちこちと移動していた。


 だけど、生まれてこの方、こんな森林地帯に足を踏み入れたことがない僕は多少ながらも、この静かな林の中でざわめく戸惑いを抑えきれなかった。


 湿った空気、淀んだ空気、甘酸っぱい空気。

 様々な空気たちが僕の不安げな脳裏を支配する。


「なあ、本当にこの先が出口であってるのか?」

「ああ、オラ、いつもこの林にある塾に通っていたから詳しいんだ」

「えっ、ケイタ君もなの? 自分もそこの学習塾に行ってたんですよ」


 そのケイタの発言に両手を脇に縮こませて、僕に見せたこともない可愛さオーラ全開で問いかけるミヨ。

 

「そりゃ、奇遇だね。ミヨちゃんとオラとは運命の赤い糸で結ばれてるかもね」

「えへへ、そうかも知れませんね♪」


 ああ、早くも彼女の毒牙にかかったか。

 数学のテストで、赤点必死の娘がよく言うもんだ。


 この娘は僕の対応とは違い、イケメンなケイタに対してか、少なからず好意を示しているようで、彼には優等生のぶりっ子を貫き通すみたいだな。


 ダシだけ絞り尽くされてしょくされるツケメンとは違い、イケメンはいいよな。


 まあ、そんなことより一大事だ。


「だああー! お前らがベタベタラブコメゴッコやっていたから囲まれたじゃんか!」


 僕たちは大量のモンスターに行く手も逃げ道も塞がれていた。


『ピイイ!』 


 相手は大人の頭ほどの黄色のゼリーの固まり。

 二つのパチクリとした瞳に、口から覗かせるギラリとした鋭い牙。


 コイツらは紛れもなく、幼い頃に図鑑で見たことがある、可愛いふりしてどう猛なモンスター、通称『スライス』たちである。


 数として30匹といったところだろうか。


 いかに最弱と言われようと数が多いだけに驚異の攻撃を発揮する。


 弱ければ大勢で攻めればいい。

 一匹では弱いスライスなりに色々と思索した戦法がうかがえる。


 彼らは僕らの戦闘の経験不足を本能的に感じたのだろう。

 ジリジリと僕らに迫り、食らいつくかの如く、鈍く輝いた牙をちらつかせていた。


「ちっ、やるしかないか」


 迷いの末、考えられる戦法は1つしかなかった。


「こうなれば正面突破で逃げ切るまでだ!」

「妥当ですね。根性なしのジンならそう言うと思いましたよ」

「兄ちゃん、こんな雑魚ざこ相手に背を向けるなんて、それでも勇者かよ……」


 僕以外の二人は闘う気満々のようだが、回復の宿もろくにとれないこんな場所で無駄な体力は削りたくない。


「ごたくはいいから突撃するよ!」

「ええ!」

「分かったぜ!」


 僕たちは縦に1列に並び、全力で前のスライスへと突撃する。


「名付けて、

『突撃、隣のモンスター、

からい唐辛子ホイップのソフトクリームはお好きですか?』

作戦だあー!」

「さあさ、キンキンに辛いアイスはいかがですか!」

「激辛ハードコースだーい♪」


『ピイイ!?』


 その予期せぬ気迫に身を縮めて、動きを止めるスライスたち。

 どうやらよわよわな僕らによる攻撃を予想していたらしい。

 中には恐れをなして尻尾をひる返すスライスもいた。

 スライスには尻尾はないけどな。


『ゴツーン!』


『ピイイ!?』


「隙ありだ!」


 僕は逃げ惑うスライスの一匹に狙いを絞り、スライスの後頭部に空手チョップの連打を食らわす。


『ピイイ……』という鳴き声とともに潰されるゼリー状の体。


 その体が水蒸気のように気化し、僕の前に1枚の金貨、別名『1 Kiran(キラン)』が飛来する。


「うわっ、背後から攻撃するなんて極悪の作戦で卑劣だな」

「ええ、一番怖いのは魔王じゃなく、この男かも知れませんね」

「本当だぜ。たった1Kiranのためにあっこまでボコボコにするのかよ」


 僕の背後でボソボソと悪口あっこうを吐いている二人。


「何だよ、ようは勝てばいいんだろ」


 1枚の金貨を拾い上げて我が物顔でメンバーを見下ろす。


 剣もろくに振るえない最弱の勇者として、まずはあざとい手で経験値を稼ぐ。

 僕はレベル上げのためなら、これからは鬼にならなければいけない……。


****


「ここが噂の学習塾か」


熟成書塾じゅくせいかじゅく』と達筆な筆先で書かれたような縦看板を前にして手に汗を握る。

 僕はリアルでも塾通いではなく、帰宅部で、ここでもそういうフリーな設定だった。


 そもそも学校で勉強に耳を傾けるのにも関わらず、別の場所で同じく勉強をする行程。

 その繰り返しの作業が僕にとっては屈辱で堪らなかった。


 まあ、その分、必死になって学校で勉強に身をていして頑張ってきたけど、こうやって死んだら元も子もないけどな……。


「懐かしいな。ここで色々勉強したなあ」

ってことは?」


「ええ、数ヵ月前にモンスターがこの塾を襲いまして……みんな……」

とは……?」


 僕は膠着こうちゃくし、怖気おぞけが全身を襲う。

 その先の言葉は誰しも多いに想像できた。


「ああ、モンスターの親玉が来て、全然、人間には関係ないモンスターたちのマニアックな授業を受けるはめになったんだぜ。だからオラは行くのを辞めたんだ」


「何でやねん(゜o゜)\(-_-)」

「いや、冗談じゃないっすから」


 僕はすかさずケイタに会心の一技ツッコミを浴びせたが、当の本人は真顔だったので、こっちの方がイタいダメージを受けた。


『そうでゴザンスヨ』


 そこへ急に突風が吹き荒れて、1つの人影が出現してこようとするが……、


「きゃあああー!?」


 ……僕は一人の男としてミヨの浮き上がるスカートに目を奪われていた。


『どこを見てるのデスカ……』


 漆黒のスーツとマントに包まれて、青年が細い目尻の黒い仮面を強調させ、こちらを軽蔑するかのように見下しているような喋り口……。


 体中からこの世の者とも受けとれず、何より生きている者の気配がしない。


「はっ、曲者くせものめ。お前は誰だ!!」

『鼻血をダラダラ流しながら言われても説得力がないデスネ……』


 仮面の三日月の動かない口から発せられた開いた口が塞がらない声のトーン。

 ケイタは何を案じたのか、1枚の布切れを僕に差し出す。


「……兄ちゃん、取りあえず鼻血を拭こうよ」

「ああ、すまない」


 ──さあ、指で鼻腔を摘まみ、貰った布の切れ端で鼻血を止めながらテイクツウ(痛)ー。


「──僕は勇者ジン、そして僕の華麗な仲間たちだ。お前は誰だ!!」


「ちょっと、何よ、その言いぐさは! 自分たちはサーカスの曲芸士じゃないのよ!!」

「まあまあ、ミヨちゃん落ち着いて」

「はーい、ケイタ君~♪」


 だから、この期に及んでもぶりっ子は止めろ。

 ツンデレラビリンスめ。


『何かこれまでに類を見ない、興が冷める勇者メンバーデスネ。まあ、いいデスケド……』


『──ワタシの名前はキル・ユー。魔王側近の部下の一人になるデスヨ。以後お見知りおきヲ』


 キル・ユーと名乗った男が敬意を払うかのようにお辞儀をする。


「何だ、魔王の平社員か」

「ヒラヒラ~♪」


 まあ、ご丁寧な挨拶も相手にもよるが……。


ひらとはなんデスカ、平とは……。

──まあ、いいでしょう。大事な人質を抱えてオオゲサ王国でお待ちしておりマスヨ。クックック……』


 ギュイーンと軋んだ機械のチェーンの音と共にマントをひるがえし、姿を消すキル・ユー。

 その姿はSF映画のようにさまになっていた。


「おーい。カッコつけて去るのはいいから、どうせ行くなら、僕らもこの林から出してくれよ!?」

「大丈夫ですよ。この林を抜けるルートは大体分かりますから」


『ピイイ!!』

『ピイイ!!』

『ピイイ!!』


「そんなことよりやべえな、兄ちゃん。何かヤツの仕業か知らないけど、色んなスライスたちがぞろぞろやって来たぜ……」

「ええ、中にはこの地方にはいない高レベルのスライスとかもいますね……」


 こちらは色んな意味でピンチだったけどな……。


 あと、ところで王国にいる人質って誰なんだろう?


 おい、キル・ユー。

 説明が足りてないぞ!

 









 


 

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