第2話 蒼いなる旅立ち
ここは異世界の
周りを山と田んぼで囲まれたへんぴな農村、アリエヘン村。
舞台は両親と仲良く暮らしていた丸太で組まれたログハウスの僕の自室から幕を開ける。
「──もう、ジン。いつまで寝ているのですか!」
「うわっ!?」
僕の安定していた寝床の布団がグルリと反転した。
その大規模な回転に勢いあまって横の畳みに転がり落ちそうになる。
「なっ、危ないな、お袋。寝ているところ何するんだよ!?」
「いいからさっさと起きなさいよ。今日はあの日でしょ!」
「えっ、僕は男なんだけど?」
「違うわよ。今日はあなたの勇者の継承式でしょ!」
上下とも灰色で長袖のフリースにスウェットパンツ、茶髪のセミロングのゆるふわパーマがかかった髪。
それなりの胸で150くらいの小柄だが、昔から色気に満ち溢れ、この世界においてもお袋の美しさは変わらない。
「何、人の顔を見ながらニヤニヤしてるのかしら? わたくしの顔に何か付いています?」
「いや、化粧がじゃなく……何でもない」
僕は断じてゼネコンでもマザコンでも、このアラフォーなお袋にゾッコンLOVEでもない。
「さあさ、早く着替えて。ああ、わたくしと同い年のお父さんにも、この息子の晴れ舞台を見せてあげたかったわ……」
お袋がガッカリしたような視線で畳みに顔を背ける。
「──おい、母さん。勝手に死亡フラグを立てるの止めてくれないか?」
そのいたしからぬ暴言と行為を静かに取り消すかのように、焦げ茶色の作業服姿の親父がのそのそと玄関口から姿を現した。
長々とした手入れされた灰色の髭に白髪を伸ばして後ろに束ねた髪型は、どこぞかの仙人を妄想させるかのようだ。
「あっ、親父、ようやく
「ジンまで何をほざいてるんだ?」
「酒のグラスを片手に綺麗なお姉さんに囲まれて幸せだっただろ」
「愚か者、ただのタケノコ堀りでキャバクラゴッコではないわっ!」
泥と汗で薄汚れた親父から首根っこを掴まえられ、家の外の草むらへとポイッと追い出された僕。
その閉ざされた木製の扉の奥から両親の声が僅かに漏れる。
『お父さん、ちょっと息子に対して厳しすぎですわ』
『母さん、ジンを甘やかすな。それにもうアイツは勇者になるんだから……』
『そうですが……』
『心配するな。アイツなら逞しい勇者になって、この世界を
『ええ、そうですよね。あの子も豚汁好きですし、私たちの自慢の息子ですもの!』
どうやら二人とも話は少しずれてはいるが、僕を温かく旅立たせるつもりだったらしい。
僕の暴言により、理論の壁も何もかもぶち壊してしまったな。
──そう、このアリエヘン村の勇者として、もう後には引けない。
僕は気を取り直して、ゆっくりと深呼吸した矢先、その出てきた玄関のドアの隙間に先ほどまで無かった大学ノートのメモ用紙が挟まっているのを見かける。
『──父さんから、ジンへ』
扉からそそくさと抜き出し、折り畳まれたメモにはそう記されていた。
どんなことが書いているのだろう。
親父からの僕宛ての禁断のファンレターか?
気になって早速開いてみる。
『ジンよ。まずはこのアリエヘン村のよろず屋、ナンデモアル屋に寄れ。そこで装備品と旅の軍資金を準備してある。勇者になるお祝いとして、わたしたちからのささやかなプレゼントだ……それから……』
「おっしゃー。金と勇者の初装備だ!」
僕はその紙を最後まで読まずにくしゃりと丸めて、背中に向かって地面へとポーンと放り投げる。
どうせこの文章の行く先は親父の武勇伝か何かだろう。
余計な情報は読まないで正解だ。
「あいたた!?」
「すると後ろから女の子らしい声が聞こえた気がした。振り向いた相手はそれなりの美少女だった」
「……気がしたとは何ですか。不法投棄は立派な犯罪ですよ」
いるんだよね。
こうやって自分が正義で正しく、道から外れたおかしなやつにはひたすら説教するはた迷惑なやつが。
もうちょっと
まあ、関わるのも面倒なので、何事もなかったかのようにその場を去ることにしよう。
性格は針金のようにひん曲がっていても、花柄のブラウスと赤いロングスカートがよく似合っていて、見た目は可愛い子には違いないが……。
いや、ガーリーな見た目に騙されるな、僕。
「待って下さい。貴方、
「はい?」
そのあやふやな彼女からの台詞を頭で受け止め、僕の思考は瞬間接着剤のように、一瞬で固まってしまう。
「そんな約束はした覚えはないけど?」
「いえ、貴方のお父さんが書いた手紙に書いてありましたよね。自分の勇者の修行がてら、自分を勇者見習いとして一緒にお供させてくれることに……そう、この紙の最後に書いているはず……」
黒髪のサラサラロングで黒い瞳の彼女が、丸まったメモ用紙を手で広げて僕の目先に突きつける。
「ミヨ、数学のテスト16点?」
「えっ、どうして今日の自分のテストの結果内容を知って? あああー、これ違う
明らかに動揺し、青ざめた顔のミヨが僕の持つ答案用紙を引ったくる。
その際、ほのかにいい果物の匂いがして僕は彼女に淡い感情を抱いていた。
この女の子は名前もだが、喋り方といい、仕草といい、あの
そうか、僕は岬代に少なからず好意を感じていたのか……。
──ふと、昨日の出来事のようにあの列車事故の現場が心に沸き起こってくる。
僕は彼女を結局、守りきれなかった。
今も思い出すたび、後悔の念が募る。
「──何をボーとしているのですか?」
やがて我に帰るとミヨが僕の頬に向かって、棒切れをツンツンと当てていた。
「いや、ナンデモナイサ~♪」
「それで何でカタコトの日本語なのでしょうね?」
「いや、僕、
「
「走り屋の暴走族の名前のようで痺れるだろ♪」
「はあ、流行りの暴走半島?」
そうか、ミヨの反応を見る限り、この世界には暴走族という単語は存在しないのか。
少しばかり残念だな……。
「さあ、念願のよろず屋に着きましたよ」
そんな考え事をしている間にミヨは仏像のような僕に縄を
その柔軟な考えと手早い行動力、類いなれないパワー。
確かに勇者志望なだけのことはある。
「まあ、まずは服からだな」
強引な彼女によって、土と砂利で汚れたシャツとズボンを見据えながら、僕は店の外壁に貼ってある店の広告に目を落とすのだった。
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