第16話
「その女はすぐにでも君を見捨てて逃げるかもしれないよ? そんな相手に背中を預けていいの?」
次々と垂れ流されるレイエルの言葉に対して、ラフィは一言さえ言い返すことは無かった。
反論が出来ないのは、レイエルが真実を話しているからか。それとも俺達が知りえない別の理由があるからなのか。
ただわかるのは、ラフィの姿を見てレイエルが非常に上機嫌であること。
そしてその機嫌を損ねればアーシェスが俺とラフィを瞬時に踏みつぶすことだけだ。
レイエルは非常に上機嫌な様子で、とある提案を持ち掛けてきた。
「そうだ。私の目の前でラフィエルを殺したら、君は見逃してあげる。汚い裏切者を始末するだけで命が助かるんだから、君にとっても良い提案だと思うけど」
一切の悪意を感じさせない満面の笑みだった。
まるでそれが正しい事の様にレイエルの声音は、楽しげだった。
俺の答えなど決まりきっていた。
「悪いが、その提案には乗れないな」
「唯一生き残る方法を蹴ってまで、その女の側に付くっていうの? 最後には捨てられるかもしれないっていうのに」
「ラフィは魔剣士の俺に手を差し伸べてくれた。普通の冒険者なら見向きもしない俺に、力を貸してくれた。そんな相手を信用せず、誰を信用するっていうんだ」
なぜ俺だったのか。
ラフィがどこまで考えて俺に力を与えてくれたのか。
それらは実際に聞いてみない事にはわからない。
だがどんな答えが返ってこようと、俺の意思は変わらない。
打算的な物であったとしても、俺を利用したとしても。
この力は俺の憧れを現実の物にする、俺の命と同じ重さの物だった。
明確な意思と共に鋼の刃をレイエルへと向ける。
その表情からは笑みが消え、どこまでも興味なさそうな声音だった。
「あぁ、そう。上手い事、手籠めにされたって訳ね。ならもう用事は無いわ。遊んでいいわよ、アーシェス。前の冒険者達みたいに、壊してしまって構わないわ」
遊びは終わりという事か。
四足歩行となったアーシェスは、まっすぐに俺へと視線を向けていた。
初めて向けられる敵意に思わず冷や汗が背中を伝う。
だがそれでいい。
俺の役割は、アーシェスの足止めをして時間を稼ぐことなのだから。
「ラフィ、さっきの作戦は覚えてるな」
「私は……。」
「お前が俺を選んだ理由は知らない。罪滅ぼしや、なにかの気まぐれ。同情だったりするかもな。だがどれであっても、俺にとってこの力は、理想を現実にする力であることに変わりない」
「だからここから生きて帰ったら、お前の本心を聞かせてくれ」
◆
俺とアーシェスの純粋な身体能力の差は、軽く数倍はあるだろう。
加えて能力を得たばかりの俺に対して、アーシェスはレイエルから得た能力を使いこなしているように見える。
正面からぶつかって勝機を見つけ出すことは難しいだろう。
だが魔物にはない人間の強みとして、スキルがある。
魔剣技を駆使すれば、格上の相手であっても足止め程度はできるはずだ。
とは言えそれも、俺が魔剣技をどう使うかにも左右されるだろうが。
ただ微かな糸口だけはすでに見つけてある。
じりじりと距離をはかるアーシェスに対して、俺は即座に魔剣技を発動させる。
周囲には冷気が立ち込め、地面には薄氷が広がり始める。
「無駄よ。選定されたばかりの人間如きがアーシェスに敵うわけないわ」
「それにしては俺を随分と警戒しているみたいだが。まさかこれが怖いのか?」
確かにアーシェスは強力な魔物であることに違いない。
魔剣士の俺がここまでの能力を得られている事を考えれば、魔物であるアーシェスがどれほど強化されてるのかは、すでに嫌と言うほど見せつけられている。
だが根本的には魔物であり、その種族や特性が変化している訳ではない。
つまり竜種が苦手とする攻撃は変わらずアーシェスにも通用する可能性が高い。
そして一度、俺が氷獄剣を使用した時、アーシェスは即座に距離を取った。
あれは、レイエルを守るためだと思っていた。
しかし考えてみれば、それは勘違いだとすぐに分かった。
純粋に強化されたアーシェスであっても、弱点は補い切れていないのだ。
「氷獄剣!」
「アーシェス!」
俺がアーシェスの弱点を見抜いた事に気付いたのか。
即座に遊びを捨てたレイエル。
その一言でアーシェスは紅蓮の息吹を噴き出した。
しかし――
「その手は、わかり切ってんだよ!」
灼熱の息吹を、絶対零度の凍てつく剣で切り裂く。
竜の切り札と言えば相場が決まっている。強力ゆえに、その情報は広く知られている。
想定することは容易だった。
だが、しかし。
「人間如きが、アーシェスと互角だとでもいうの? でも――」
レイエルが揺らぐ視界の先で微笑んだ気がした。
次の瞬間、手元で甲高い音と子に、氷が砕け散る。
いや、それだけではない。
ぶつかり合った力に耐えかねて、剣が粉々に砕け散り、地面に散らばった。
それを見て、レイエルは勝ちを確信したのだろう。
アーシェスの上から、響き渡る笑い声を上げた。
「あはは! これでお終いね。魔剣士が剣も無しに、どう戦うのかしらね」
「心配してくれるのか? だが安心しろよ。お前に心配されるようなことはなにもない」
「なに?」
怪訝な表情のまま、動きが止まる。
それがレイエルの命令なのか、それともアーシェスの野生の勘なのかは分からない。
だが準備が整った今、相手からの行動を待つことは何もない。
剣の柄を掲げれば、巨大な氷の刃が展開される。
いくら俊敏で、頑強な鱗に守られていようとも、これだけの包囲網をよけきる事は不可能だ。
「好きなだけ壊せよ。代わりはいくらでもあるからな!」
「アーシェス! 殺しなさい! 今すぐに!」
悲鳴にも似た声が上がる。
アーシェスもそれにこたえようと俺に飛び掛かるが、遅すぎる。
「もう、おせぇんだよ! 『銀嶺の監獄』!」
数十にも及ぶ氷の剣が降り注ぎ、アーシェスを大地に縫い付ける。
弱点でもある属性の攻撃を振り払う事も出来ず、加えてアーシェスはレイエルを守る必要もある。
その場で動けずにいるアーシェスを尻目に、待ち望んだ声が上がった。
「ハルート、避けて!」
飛びのき背後を確認すれば、思わず息をのむ。
魔法媒体を構えたラフィは純白の両翼を広げ、その周辺には幾重にも魔方陣が展開していた。
小さな魔方陣は一瞬たりとも同じ形を留めず、一つの大きな魔方陣として構成される。
そして、刹那。
流星の如き輝きと共に、魔法が解き放たれた。
◆
視界を塗りつぶす光の奔流と共に放たれた魔法は、いとも容易くアーシェスの鱗を貫いた。
しかし、貫いたのはアーシェスの片手一本。苦痛の咆哮を上げてはいるが致命傷ではなく、レイエルに関して言えば傷ひとつ負っていない。
加えて魔法の衝撃で、アーシェスを拘束していた俺の魔法の殆どが砕け散り、もはやその場に押しとどめる効力は残っていない。
一方のラフィも今の一撃で魔力の全てを消費したのか、糸が切れた様に地面に倒れ込む。
失敗した。
それを直感した瞬間、再び剣の柄を握りしめて、地面を蹴っていた。
すでにアーシェスはブレスを吐く態勢に入っており、その口元には炎が漏れ出していた。
しかし後先を考えず、ありったけの魔剣技を発動させ、振りかぶる。
ここで失敗すれば、俺だけでなくラフィまで殺される。
俺に力を与えてくれた恩人が、なんの恩返しも出来ずに殺されてしまう。
そんな事を許せるわけがなかった。
「やらせるかぁぁぁぁああああああ!!」
最大最高の一撃を解き放つ。
燃え盛る竜の息吹の向こう側。
レイエルと視線が交差した。
そして、俺の意識はそこで途絶えていた。
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