第15話
開拓前線に築かれた都市ノキアには、腕利きの冒険者達が集っていた。
未知の地域には多くの魔物が潜み、それらに対抗するためには冒険者が必要とされたからだ。
急速な発展を遂げるノキアの経済活動は、冒険者を中心に回っていると言っても過言ではなかっただろう。
そんな最中、とある冒険者パーティが失踪する事件が発生。
冒険者協会側で捜索隊が編成され、現地での調査を試みるも捜索隊までもが失踪。
後に最上級冒険者パーティによる調査によって、現地に凶悪な魔物が住み着いている事が判明した。
その魔物は非常に狡猾であり、冒険者を凌駕する高い知性を備えていた。
討伐の為に送られた冒険者パーティは悉く壊滅させられる事となる。
魔物の危険度を見誤っていた冒険者協会は、被害拡大に伴い数十人規模の討伐隊を編成。
ノキアの今後を鑑みて、総力戦を仕掛けるに至った。
だが、しかし――
その結果は、現在のノキアを見れば否が応でもわかるだろう。
◆
「レイエル! 貴女が殺したいのは、私だけでしょ」
「お、おい! なにをする気だ!?」
相手はノキアの冒険者達を壊滅させた魔物だ。些細な気まぐれに殺されかねない。
だというのに、ラフィは俺の手を振り払い、魔物の前へと歩み出た。
それを見たレイエルと呼ばれた少女は、小さく頷いて見せる。
「そう言われてみれば、そうかな。貴女の顔を見るたびに昔の事を思い出すし、いい加減殺したいと思ってたんだよね」
「なら私だけ殺せばいい。その代わり、ハルートは見逃して」
「ふざけるなよ、ラフィ! なに勝手なこと言ってんだ!」
俺の知らない事情がある事は、疑いの余地がない。
そして俺の言葉はすでに、ラフィには届いていない様子だった。
頑なに俺と視線を合わせようとしないラフィを見て、レイエルは小さく鼻を鳴らす。
「それってあれでしょ。天帝の命令に従って行動してるだけでしょ? 選定者を生き延びさせる使命ってやつ」
「違うよ。この判断は私が勝手にしただけ。それにまだハルートには選定者の使命も話してない。だから、見逃してあげて」
はっとラフィを見る。
背中からは、表情まで確認はできない。
一切の説明もなく、ふたりの会話も殆どが理解できていない。
だがこの瞬間、ラフィが命を賭して俺を守ろうとしている事だけは理解できた。
しかしレイエルはラフィの持ち掛けた取引を聞き、笑い声をあげた。
「あはは、そうなのね。じゃあ、貴女の目の前でその人間を殺してあげるわ、ラフィエル。なにも事情を知らない人間が無残に殺されるところ見せてあげる」
「やっぱり、性格は最悪だね」
「その言葉、そっくりそのまま過去の貴女に送ってあげたいよ」
小さく肩を落とすラフィと並び、剣を構える。
相手がたとえノキアの冒険者を壊滅させた魔物であろうと、今の俺にはラフィから貰った力がある。
どこまで通用するかはわからないが、なんの抵抗も無しに殺される気など毛頭ない。
そして自分を守ろうとしてくれた相手を簡単に死なせる気もなかった。
「戦おう、ラフィ。それ以外に生き残る道はない」
「ごめんね、こんな事に巻き込んで」
小さな謝罪は、聞こえないことにする。
ここで俺が魔物を討伐し、レイエルを捕まえればすべて解決だ。
そうすればラフィが謝る必要もなくなる。
そう考えると、あれほどあった恐怖心はいつの間にか薄れていた。
アーシェスの咆哮を受け、全力で大地を蹴った。
◆
「炎王剣!」
雄叫びと共に、魔法の炎を呼び出す。
剛炎を纏った刃は、今やどんな生物であっても容易く切り裂く威力を有していた。
そのはずだった。
後方から飛来するラフィの魔法による援護を受けて、一気にアーシェスとの距離を詰める。
そして一閃。
最大最高の速度を以って、剣をアーシェスの脚部へと叩きつけた。
紅蓮の炎が舞い上がり、熱波が周囲を薙ぎ払う。
しかしその手ごたえは、想像していたものとかけ離れていた。
まるで地面や巨大な岩を叩いているかのような手ごたえ。
アーシェスの頑強な鱗には傷ひとつ付いておらず、見ればレイエルが俺を見下ろして嘲笑の笑みを浮かべていた。
「あーあ、これは期待外れね。ラフィエルの選定者ならと思ったんだけど」
「あぁ、そうかよ!」
しなる尻尾の一撃を避けて、再びアーシェスへと肉薄する。
炎を操る竜種に対して、炎属性が有効打でないことは想定内だ。
ならば攻撃方法を変更すればいい。
魔剣士にのみ許されたスキル、魔剣技であれば造作もないことだ。
刀身を振り払い炎を散らすと、次なる魔剣技を発動する。
その時、後方から魔法と共にラフィの声が飛ぶ。
「レイエルを狙って! 彼女を倒せば、魔物の力も弱まる!」
「了解だ! 氷獄剣!」
冷気が拡散し、大地を氷結させる。
突き刺す様な冷気を放つ、絶対零度の刃が幾重もの氷の斬撃を生み出した。
だがアーシェスは素早く距離を取り、守りの態勢に入る。
こちらの会話の内容を理解しているのか、レイエルが命令しているのかは不明だが、アーシェスの守りを越えてレイエルを攻撃するのは容易ではない。
ラフィの魔法もレイエルへは届かず、アーシェスの鱗に阻まれて有効打にもなりえていない。
アーシェスを倒すにしても、レイエルを狙うにしても、まずは足止めをする方法を探す必要があった。
「ハルートはアーシェスの足止めをお願い。私は、レイエルをどうにかするから」
「できるのか?」
「たぶんね。でも確実じゃないし、時間を稼いでもらわないといけない。だから、ハルートにすごく負担が大きい作戦になる。それでも、いい?」
「必要な時間は絶対に稼ぐ。だから、頼んだぞラフィ」
たとえ力を手に入れようと、アーシェスを対策もなく倒せると思うほど、俺も自惚れてはいない。
この状況を打開するための方法をラフィが持っているというのなら、それを全力で支援するだけだ。
ただ時間を稼ぐといっても、今の状況はどちらかと言えばアーシェスに遊ばれているだけに過ぎない。
意図的に戦闘の時間を稼ぐとなると、どこまでもつかは未知数だった。
とは言え切り抜ける方法が一つしかないのであれば、文句も言っていられない。
ラフィを背に、再びアーシェスの前に歩み出る。
そんな俺達を見て、レイエルは小首を傾げて見せた。
「ずいぶんとラフィエルを信頼しているのね。でもいいの? その身可愛さで仲間を裏切り、戦いから逃げ出すような女よ?」
「なんだと?」
「あぁ、聞いてないのね。以前の冒険者達はどうも、そのラフィエルが後から応援に駆け付けると思っていたらしいわ。でもその女は街に籠ったまま、冒険者達が死ぬ様を見守っていただけ。信用に足りる相手だとは思えないけれど」
弾かれる様に視線を背後に向ければ、ラフィはただうつむいていた。
弁解をするでもなく、否定をするでもない。
ただ無言でレイエルの言葉を肯定するだけだった。
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