第14話

 白銀の世界の中で、ゆっくりと肩の力を貫く。 

 圧倒的な生命力を誇ったエンシェント・トレントも完全に姿を消し、周囲にいたトレント達も朽ち果てた。

 俺の吐く白い息を除いて、周囲に動くものは何一つ残っていなかった。 


 そこでようやく剣を背中へと戻す。

 あれほど魔剣技を使ったにも関わらず、体には微かな疲労が残っているだけだ。

 しかも以前とは比べ物にならない威力となっていた。

 

 自分でも信じられない程の光景を目の前にして呆然と立ち尽くす。

 ただふと背中から上がった声が、意識を現実へと引き戻した。


「やった、みたいだね。おめでとう」


「あ、あぁ、ありがとう。だがまだ全てが終わったわけじゃない」


 森の異変がトレントの異常な攻撃性を発現させ、トレントの広げた魔力濃度の高い森がエンシェント・トレントを生み出した。となれば、まず森の異変を引き起こした原因が何処かに存在するはずだ。

 それを対処しなければ当初の依頼を完遂したことにならないだろう。


「君も真面目だね。でも少し休んでから、調査を再開しようか。エンシェント・トレントがいないなら、きっと調査もはかどるだろうし」


「そう、だな。これでも森も沈静化してくれれば、越したことは無いんだが」


 漫然とそんな言葉を返していたが、聞きたいことは他にもあった。

 純白の翼を有するその姿。頭上で輝く光の環。そして俺が今しがた振るった、凄まじいまでの能力。

 それらはあまりに現実味がなく、なにから問いかけるべきかを迷っていた。

 そしてなにより、今までなんとなしに言葉を交わしていたラフィとは一変した姿が、俺の口を閉じさせた。

 しかしそんな俺の感情を知らずに、ラフィは変わらず間延びした口調のままだった。

  

「体の方も無事みたいでよかったよ。色々と心配したけど、ただの気苦労だったみたい」


「あ、あぁ、お陰でな。そう言うお前は随分と傷だらけみたいだが」


「そうだよ。後ろで戦う魔法使いをひとりにして、自分は寝てたなんて、とんだ英雄気取りの冒険者だね」


「いや、あれはお前の……って、まずその姿は一体なんなんだ? それに俺のこの能力は一体……。」


 祖父の姿をした存在と対話し、気が付いたときにはこの能力を手に入れていた。

 それには間違いなくラフィの今の姿が関係している。

 そして今のラフィの姿は、どう見ても人間の姿ではなかった。

 鳥の如き翼を持ち、光の環を有する種族など聞いた事も見たことも無い。

 そもそも魔剣士の俺にここまでの力を与えている時点で、普通に人間でないことは明白だ。

 しかし俺の質問をひらりと受け流したラフィは、森の外を指さした。


「質問が多すぎて混乱するよ。それにまずは荷馬車に戻って治療をさせてくれないかな。乙女の柔肌に傷が残っちゃうでしょ」


「わ、悪い。ちょっと待ってくれ。すぐに荷馬車の所へ運ぶ」


 言われて気付いたが、ラフィの傷は想像以上に深刻でもあった。

 加えて俺の魔剣技の影響で周囲の気温は著しく下がっている。

 少なくとも怪我人の居ていい場所ではない。

 ラフィに肩を貸し、荷馬車を置いてある方へと向かおうとしたその時。


 夕暮れの空に、鈴の音の様な声音が響き渡った。


「久しぶりの再会だっていうのに、そんなに急いで何処に行くの?」


 ◆


 完全に、不意を突かれていた。

 多少の気の緩みがあったとはいえ、全くその気配に気づくことができなかった。

 ただ思考を巡らせるよりも早く、体が動いていた。


 肩を貸していたラフィを背中側へと移動させ、即座に剣を抜き放つ。

 激しい火花とと共に金属音が鳴り響き、こちら側の明確な敵意を示す。

 不意を打たれていれば勝ち目は無かっただろうが、今の俺にはラフィがくれた力がある。 

 エンシェント・トレントを仕留めたことで、多少の相手であれば対処できると高を括っていた。


 だが声の主を見て、思わず瞠目する。

 魔物として中型の竜種にまたがる、黒い髪の少女だった。

 一目でその竜種が普通の魔物でないことは理解できる。

 だが最も目を引くのは、その少女だった。

 その背中には夜闇の様な黒い翼と、ラフィと同じ光の輪を有していたからだ。 


「ラフィ。あれは一体、なんだ?」


「あはは、やっぱり来ちゃったかぁ。あんまり派手に戦うのは良くないと思っていたけど、こんな早いなんて」


「ずいぶんと私を見下してたみたいね、ラフィエル。むかつくわ」


 俺の知らない名前でラフィを呼ぶ少女は、竜の上から俺達を見下ろしていた。

 そこには強者としての余裕と怠慢が見て取れる。

 事実、俺達は一度殺されていてもおかしくはなかった。

 情けで生きていると考えれば、相手の余裕も間違いではない。

 肌で分かるのだ。

 この相手と戦えば、確実に死ぬことになると。


「逃げよう、ハルート!」


「当然!」


 その言葉を聞き終わる前に、ラフィを抱えて踵を返す。

 何もない平地を逃げるのは得策ではない。

 だが先の戦闘で周囲に木々はおろか大地の起伏すら残っていない。

 俺が魔剣技でそうしてしまったのだ。


 こんな状況で逃げ切れるのか。

 そんな考えは、意味をなさなかった。

 その瞬間、剛腕が俺達の眼前に叩きつけられたからだ。

 

 見ればあの巨体の竜種が、目の前まで迫っていた。

 その姿は、捕らえた獲物を弄ぶ捕食者そのものだ。

 ゆっくりとラフィを下ろし、再び剣の切っ先を竜種へ――アーシェスと呼ばれた個体へと向ける。

 

「相手はやる気みたいだが、どうする?」


「逃げるって言ってるでしょ! 今のハルートじゃあ絶対に敵わない!」


 そうは言っても、逃げ切れる気は一切しない。

 先ほどの一撃でさえ目で追う事さえできなかった。 

 距離を取るために徐々に後ずさってはいるが、逃げ切ることは不可能だろう。

 弄ぶようにゆっくりと距離を詰めてくる魔物。

 その上から、笑い声に混じって少女が言い放つ。


「この前冒険者共を皆殺しにしちゃったから、私もアーシェスも退屈してたんだよね」


 その言葉を聞いてとっさに少女を見返す。

 そこにはいたずらに成功した子供の様な、無邪気な笑顔が浮かんでいた。

 だが感じられるのは叩きつけられるような、恐怖心だけだ。


「ま、まさか、その魔物がノキアの冒険者達を壊滅させた……。」


「今さら気付いたの? じゃあ、ご挨拶しないといけないわね。私の選定者にして救済者、アーシェスよ。よろしくね、ラフィエルの選定者さん。すぐに殺しちゃうと思うけど」


 

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