第13話

  曖昧な記憶を残しながら、一気に現実へと意識が引き戻される。

 意識は覚醒しているが、体の方はまだ自由が利かない状況だった。

 

「俺、は……。」


「やっと、気が付いた? あの人も長話が好きだね、本当に」


 とっさに視線を向けて、そして言葉を失った。

 先ほどまで汚れ一つなかったラフィはしかし、全身に酷い傷を負っていた。

 周囲にはトレントの大群。そして同程度のトレントの残骸も周囲に散らばっている。

 つまり俺が気を失っている間、ラフィは一人で戦い続けていたのだ。

 それも動けないでいる俺を守りながら。

 見ればラフィの真っ白な髪や翼に鮮血が滲み、余計に痛々しい姿となっていた。


「あ、あはは……。みっともない所を、見られてちゃったかな」


「その姿は……。いや、それよりも、傷だらけじゃないか」


「流石に一人で戦い続けるのは、少し無茶だったみたい。だから、せめてここから先は楽をさせてね」


 そう言ってラフィは、引きつった笑みを浮かべたまま座り込む。

 魔法使いは魔力が枯渇すれば、自衛手段さえままならない。

 そんな中でいつ目覚めるかもわからない俺をずっと守っていたというのか。

 思わず体に鞭を打ち、無理やり起き上がる。


「祖父にあった。中身は別人だったけどな」


「そして君はどうも、あの人に気に入られたみたいだね。おめでとう」


「おめでとうって言われてもな。なにがなんだが……。」


「詳しい話はあとでするよ。だからまずは、目の前の問題を片付けてくれないかな」


 聞きたいことが山ほどあった。

 ラフィの姿。そして先ほど気を失った原因。

 そしてより、不思議と湧き上がる力。

 だがまずは目の前の脅威を振り払う必要がある。


 傍に転がっていた剣を手に、立ち上がる。

 不思議と手の震えは止まり、心は落ち着いていた。


「やれるところまで、やってみるか」


 ◆


 呼吸を整えて、トレント達と対峙する。

 内から力が湧き上がる感覚。これがあの存在の言う多くを救える『力』という物の正体なのだろう。

 ラフィの反応を見るに、俺はこの状況を打開するだけの能力を手に入れた事になる。

 しかしそれで全てが解決したわけではない。

 ただエンシェント・トレントを倒しただけでは、多くを救ったとはいえない。


「ラフィ、確認したいことがある」


「うん、どうしたの」


「エンシェント・トレントは周囲の森の生命力を使っている。それで間違いないよな?」


「そうだね。だから森を焼き払う以外に、倒す方法はないよ」


「なら燃やす以外に森の活動を全て停止させたらどうなる」


「まぁ……普通に倒せるかもしれないね。でもそんな事、可能なの?」


 エンシェント・トレント。

 不死身に思える存在だが、しかし完全なる不死身ではない。

 この周辺の森そのものの具現だとするならば、森そのものを燃やす以外にも方法はある。

 今までの俺ならば絶対に無理だっただろう。

 しかし、今の俺ならば、あるいは。


「やってみるさ。物は試しだろ」


 不安で震える声で、ラフィに告げ。

 まだ物語に登場する冒険者の様に自信にあふれた態度で、できるなどと断言はできない。

 それでも最初の一歩を踏み出す。

 ラフィと、あの祖父の姿をした存在を信じて。


 ◆


 大地を蹴り、トレントの群れに肉薄する。

 その瞬間、今までとは乖離した感覚に思わず困惑する。

 羽の様に体が軽いのだ。


 凄まじい速度で距離を詰め、トレントに刃を叩きつける。

 トレントは反応すらできず、真っ二つとなった。

 腕力も、そして剣術も以前とは比べ物にならない。

 

 微かな物音を聞き取り、振り向きざまに一閃。

 迫っていた三体のトレントが、両断される。

 だがそれが俺の狙いではない。


 大気を震わす咆哮と共に、それが再び姿を現す。


 不死身にも思えるエンシェント・トレント。

 しかし俺達を襲う個体は水面に移る月であり、それをいくら攻撃した所で効果は見込めない。

 その本質がこの異変を巻き起こした森そのものであるなら、それを全て破壊してしまえばいい。

 万緑にみなぎる生命力を、一瞬の内に奪い去る。

 

 エンシェント・トレントと対峙し、そして即座に剣に力を籠める。

 魔力が刀身を伝い、魔法を起動させる。

 瞬く間に周囲に冷気が満ち、そして――


「氷獄剣!」


 振り上げた剣を、大地へと突き立てる。

 その瞬間。

 視界の全てが白銀に包まれ、そして全てが静止した。


 ◆


 一面の銀世界。肌を切り裂くような冷気と、微かに氷の軋む音だけが、その白い世界のすべてだった。

 一応は自分やその周辺を効果範囲から外したが、それでも耐えがたいほどの冷気が漂っている。

 ゆっくりと剣を引き抜くと、目の前のエンシェント・トレントは彫刻のように動かなくなっていた。

 それだけではなく、見渡す限りトレントや樹木が凍り付き、完全に動きを止めている。


 だがまだ完全ではない。

 もう一度、剣を振り上げて、魔剣技を発動する。

 今までは書物にも知識にもなかった新たな魔剣技。

 刀身に風が纏わりつき、そして解き放つ。 


「天帝剣!」


 刹那の静寂。

 そして続く衝撃。

 不可視の暴力が木々を粉砕した。


 抵抗すらなく氷結した全てが砕け散り、大地を転がる。

 後に残ったのは凍り付いた大地と、大小様々な木片のみ。

 見渡す限り、草木一本すら残ってはいない。


「終わった、のか」


 誰に問いかけるでもなく、無意識のうちに呟いていた。

 それに答える者は誰もいない。

 そしていくら待とうとも、地鳴りのような咆哮も、もう聞こえなかった。

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