第12話
視界を染める、深紅の閃光。
頬の真横で炸裂したその魔法は、正確にエンシェント・トレントの胴体を貫いた。
あれだけ語っておいてなんだが、エンシェント・トレントがその場所にいたことさえ気づいていなかった。
俺ひとりだったら、確実に殺されていたことだろう。
だが、しかし。
確認も取らず、声もかけずにに魔法を放つ輩がどこにいるというのか。
何かの間違いで俺が少し動ていたら、魔法はエンシェント・トレントではなく俺を貫いていただろう。
それも無防備な後頭部を。
すぐさま後ろに立っていたラフィを怒鳴りつける。
「おい! お前、いま何処を狙った!?」
「あはは、危なかったねぇ」
「危なかったね、じゃねえよ! お前の魔法で俺の頭が吹き飛ぶ所だっただろ! それこそ犬死にだ!」
最後まで戦って死ぬ覚悟はできていたが、仲間の魔法で頭を吹き飛ばされる覚悟はできていない。
ほんの少しでも狙いがずれていたら、俺の死因が魔物との戦いから仲間の誤射に代わっていただろう。
冷や汗をかきながら問い詰めるが、ラフィに反省の色は見られない。
それどころか、ラフィの表情には初めて見る胡散臭い笑みが張り付いていた。
「まぁまぁ、落ち着いてよ。この危機的状況は言い争いをしてる解決しないでしょ。それよりもっと建設的な話をしよっか」
「建設的な話って……俺は帰らないって言ってるだろ」
「そう言わずに聞いてよ。もし私にこの状況を打開できる方法があるって言ったら、どうする?」
思わずラフィを見るが、はっきり言ってその言葉を信じられなかった。
先ほどまではすべて捨てて、見なかったことにして逃げ出せと言っていた女だ。
この先の話にもなにかしら裏があるのではと勘繰るのも無理はないだろう。
「お前、さっきは逃げるしかないとか言ってただろ」
「嫌だなぁ。あれは冗談だよ、冗談。君を試す意味もあったけどね。でも今回の話は本当だから安心して?」
「……本当に、あのエンシェント・トレントをどうにかできるんだな」
「えっと、そうだね。まずは、ちょっと動かないでね」
ラフィは倒れた樹木に飛び乗り、俺と視線の高さを合わせる。
改めて見るラフィの顔は、どうしてもロカとさほど年齢が変わるようには見えなかった。
加えて人形の様な精緻な作りの容姿と、過酷な環境で戦う冒険者とは思えない白い肌。
薄暗い森の中でも一層の存在感を放つ宝石の如き蒼い瞳が、俺の瞳を除きむ。
無言で見つめ合う数秒は、少なくとも俺にとって永遠にも長く感じていた。
ふと視線を外した瞬間、ラフィは俺の肩を掴んだ。
「おい、見つめ合うだけでエンシェント・トレントが倒せるようになるのかよ」
「うーん、どうかな。かもしれない、ってだけで絶対になるとは言えないかな」
「お、おい! それってどういう――」
問いかける暇はなかった。
視界が真っ白に染め上げられる。
一瞬だけ、なにが起こったのか理解できなかった。
そして実際に、目の前で起こった事を本当の意味で理解するのには、もっと時間が必要だった。
ラフィの背中から広がった巨大な翼。
頭上には幾重もの光の輪が浮かんでいる。
その手には眩いばかりの光を放つ宝石が握られていた。
そしてラフィは宝石の如き瞳で俺を覗き込んだまま、微笑んだ。
「これが私の、最後の選定になるように」
遠のく意識の最中、漏れ出す様な小さな声が耳に残った。
◆
突き抜ける蒼穹。
どこまでも続く蒼い世界。
見下ろせば遥か彼方に、地上が見えている。
夢か現か。肌で風を感じるその場所は、俺の知らない場所だった。
ふと周囲を見渡せば、その場所にいるはずのない人物が佇んでいた。
「祖父さん? いや、そんなはずは……。」
その横顔を、今まで忘れたことは無い。
ただそれが本物の祖父でないことはすぐに分かった。
「まさか今になって彼女が役目を果たすとはね。地上に放った彼女達の誰もが、本来の役目を放棄してしまったと思っていたのだが」
年老いた姿とは打って変わって、中性的な声音。
男の様でもあり、女の様でもある。
若者の様でもあり、老人の様でもある。
ただ分かるのは、相手が祖父の姿をした異質な存在である事だけだった。
そっと背中の剣に手を伸ばし、そして背中に剣が無いことに気付く。
俺の行動の意図を全て理解しているかのように、その存在は笑って謝罪した。
「驚かせてすまない。今は君の中にある最も鮮明な記憶を借りているよ」
「……貴方は? それにラフィはどこへ?」
「私の事はどうでもいい。だが心配も無用だ。彼女の案内でここへ来た以上、君に危害を加える者はこの場所にはいないさ。この私も含めてね」
起伏の乏しい、掴み処のない言葉遣いに対応を決めかねる。
原理は不明だが、ラフィが意図的に俺とこの存在を会わせたのだとしたら、危険は無いのかもしれない。
ただ悠長に時間を浪費している余裕も俺にはなかった。
「長話を聞いている暇はないんだ。今この瞬間も、ラフィが戦ってるかもしれない。だから――」
「あぁ、そうだね。君は窮地を脱する為の力を欲しているのだったね。だから彼女は君を私の元へと送った」
「貴方が、俺達を救ってくれると?」
急かすように問いかける。
その存在は見定めるように俺の周りをゆっくりと歩き始める。
それはまるで、死んだ祖父にあの言葉を守っているのか、問い詰められているかのようでもあった。
息苦しさと激しい動悸を抑え込み、必死に平然を装う。
一周し終わったその存在は、静かに言い聞かせるように語る。
「そうとも言えるし、違うとも言える。私は君に力を貸し与えるが、実際に力を使うのは君自身だ。どういった形で使うか決めるのもね」
「それを今から見極めると?」
「いいや、ラフィが君を送った時点でそれは終わっている。だから私は君に力を貸すだけだ。だが相応の代償が必要となる。君達がスキルと呼ぶ技術もそうだろう? 力を発揮するには魔力が必要となる」
独特な言い回しだが、言わんとすることは理解できた。
力の代償に、何を差し出せるのか。
祖父の姿をした存在はそれを聞いているのだ。
「多くを救える力が手に入るのなら……どんな代償だって支払います」
ラフィが残らなければ、この命は捨てるはずだった。
ここで理想を現実にできるだけの力を手に入れられるのであれば、命さえ安いものだろう。
答えを聞いた存在は、ゆっくりと視線を地上へと向けた。
「なるほど。あの子が君を選んだ理由は、それか。優等生の彼女らしい」
「それは、どういう……。」
「いいや、なんでもない。戻り次第、代償の件はあの子から聞くと良い。君の活躍を祈っているよ、ハルート」
ハッキリとは告げずに、謎の存在は俺の肩を叩いた。
それだけで視界がぼやけ、次第に意識が引き上げられてく。
意識を再び失う直前。祖父の姿をしたなにかは笑いながら言った。
「新たな天帝の使徒よ」
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