第6話
「どうにか治療は終わりました。ただ左手に関しては、少し後遺症が残るかもしれません。酷い折れ方をしていましたから」
受付嬢レーナは医師から受け取ったらしき診断書を見て、表情を曇らせた。
それ以外にも大小様々な傷が見受けられ、少女の治療には短くない時間を要した。
今では傷の殆どが直り、ベッドで安静にしていればすぐに目を覚ますとのことだった。
そもそも、最も深刻だったのは飢餓状態による栄養不足だったという。
その報告を聞いて、肩の力が抜けるのを感じる。
不幸中の幸いと言えばいいのか。
俺の近くで報告を待っていた冒険者の女性は、独特な間で口を開いた。
「でも幸運でもあったよねぇ。冒険者に殴られたなら、腕が千切れるか内臓が破裂しててもおかしくないでしょ」
恐ろしい意見ではあるが、それもまた事実だった。
上級冒険者は凶悪な魔物と互角に渡り合う、いわば人外の能力を有する者達でもある。
なんの防御策も持たない子供を本気で殴ればどうなるかなど、想像に難くない。
あそこでゾリアが、少女を本気で殴っていればこうして治療する事すら叶わなかっただろう。
あえて手加減をして、痛みを長引かせていたのだろうが、その残忍な性格が結果的に少女を救ったことになる。
ただ、本当に少女を救ったのは、目の前にいる見知らぬ冒険者だった。
独特な雰囲気の冒険者ではあるが、ゾリアの様に話が通じない相手でもなさそうだった。
「さっきは助かった。ありがとう」
「冒険者の基本は助け合いでしょ。まぁ、あの場所を通りがかったのは、ほんとに偶然だったんだけどね」
女性は曖昧な笑みを浮かべて首を振った。
純白の髪が揺れて美しい輝きを放つ。
それに視線を取られていると、背後から声が飛んだ。
「でも珍しいですね。ラフィさんが冒険者協会に顔を出すなんて。あの討伐作戦以来じゃないですか?」
「流石に宿でぐうたらしてるのも飽きてきたから、面白そうな依頼が無いか見に来たんだよ。そしたら、予想以上に面白い事が起こってたんだよね。それで? この子はどこの誰なのかな?」
「そうでした。彼はハルートさんと言って、最近このノキアに拠点を移された方です」
「このノキアに? ずいぶんと物好きだねぇ、君も」
「そしてハルートさん、こちらはノキアでも最高位に位置する冒険者、ラフィさんです」
「最高位の……冒険者?」
思わず視線を向ければ、女性――ラフィと呼ばれた冒険者がにやりと笑みを浮かべた。
最高位の冒険者となれば、ゾリア率いるペルセウスよりも格上の階級となる。
確かに上質な装備を身に着けており、相当な実力者だとは思っていたが、ゾリアがあっさりと引き下がったのはそう言う理由があったからなのか。
しかし、ラフィは俺よりも頭一つ小さい女性であり、見ようによっては先ほどの少女と大差ない年齢にも見える。
こんな小柄な女性が、この街で最高位の冒険者と言うのは少しばかり信じがたい。
ただ、そんな俺の考えを読んでいたのか。
ラフィはゆっくりと俺の周りを歩き始めた。
「君の考えている事はよくわかるよ。こんなちんちくりんの子供が冒険者だって? なにかの冗談じゃないのか? そんな事を考えているね?」
「い、いや、そんなことは……。」
「誤魔化さなくて大丈夫だよ。出会った人は絶対にそんな反応をするからね。まぁ、私も無理に信じてもらおうとは思わないよ」
「っと、まずは私の話より、あの子の話を聞くべきじゃないかな」
◆
「なんの前触れもなく村が木々に飲み込まれた、と」
「そうなんです。このままじゃ、私達は村を捨てなきゃいけなくなります」
ベッドの上でうつむく少女の話を信じるのであれば、かなり厄介な依頼である事は間違いなかった。
助けた少女ロカの住む村は、開拓地域より少し外れた位置にあるらしかった。
その村では林業が盛んであり、別地域の開拓に必要な木材の伐採を請け負っていた。
だが数日前、突如として木々が急成長をはじめ村を飲み込んだ。
偶然にも馬の手入れをしていたロカは馬に乗って逃げ出し、このノキアに助けを求めて馬を走らせた。
しかし報酬となる金銭を持っておらず、ゾリアに見つかってしまったのだという。
あれほどの仕打ちを受けても助けを求め続けるのは、生半可な覚悟でできる事ではない。
「任せてくれ。俺が何とかしてみるさ」
「ほ、本当ですか……?」
「最大限の努力はする。約束するよ」
返事を聞いたロカはよほど安心したのか、眼尻に涙をためていた。
話の全容を聞いた限りでは、冒険者の仕事であることは間違いない。
少なくとも林業を生業としている村人達が対処できない事態なのであれば、冒険者として介入するのが正解だろう。
それでも問題がないかと言えば、そうでもない。
「なんとかって、どうするつもりなのさ。さっきの連中の言う通り、無報酬で依頼を受けるとなると冒険者協会も黙っちゃいないよ」
「残念ですが、ラフィさんの言う通りです。冒険者協会としては、所属する冒険者が無報酬で依頼を受ける事を良しとしていません」
「それはわかってる。俺も協会に喧嘩を売ろうなんて思ってないさ」
冒険者協会は仕事の斡旋によって組織としての利益を出している。
依頼主が提示した金額から冒険者協会が手数料を差し引く代わりに、冒険者達に仕事の斡旋をおこない依頼を受けさせる。それが無報酬となれば協会側が得る物がなにもないだけでなく、荷馬車の使用料や書面の作成費など、完全に協会側の損失となってしまう。
ならば、報酬に見合う金額を用意すれば何も問題はない。
たとえその金額を冒険者側が用意したとしても、なにも問題は無いのだ。
「じゃあどうするの? 冒険者協会に見つからないよう、こっそり魔物を討伐に向かう?」
「ラフィさん! 冗談でもそう言うのはやめてくださいよ!」
「レーナ。さっきの報酬はまだ受け取ってなかったよな。コボルト討伐分の報酬だ」
「そう言えばそうでしたね。……ってちょっと待ってください。まさかとは思いますが」
「その報酬で依頼をひとつ作って欲しい。大至急だ」
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