第7話
冒険者であるならば、深い山奥へ入る事も少なくはない。
そのため山道の歩き方や地形の把握方法、森の危険性などは十分に承知している。
とは言え、それは自然に生まれた山や森に対しての知識である。
現在、俺達の目の前に広がる光景は、とてもではないが自然に生まれたとは思えない物だった。
「これは……聞いてた話より酷いな。一体なにをすれば、村がこんな風になるんだ……?」
立ち並ぶ家々が起伏した大地に飲み込まれ、大小様々な木々と一体化しようとしていた。
これが数十年前に捨てられた廃村ならば十分にあり得る光景だが、ロカの話を聞く限りこうなってまだ、十日前後しかたっていない。
建材に使われている真新しい木材と、大きく育った樹木の対比がえも言えぬ不気味さを作り出していた。
「うーん、最初はトレントの仕業かと思ったけど、違うみたいだねぇ」
「トレントはこんな風に地形を変えたり、森自体を広げるような強力な魔物ではないからな」
間延びした声を聞きながら、視線だけを隣へ向ける。
街で偶然にも一緒になった冒険者、ラフィだ。
彼女は俺が依頼を作ってくれと言うや否や、自分も参加すると表明した。
加えて俺が魔剣士であることを告げても、問題ないと言い切ったのだ。
彼女自身は凄腕であり俺の実力などはなから期待していないということか。
確かに俺一人では対処できる魔物は限られており、ラフィがいれば魔物との戦でこれ以上に心強いことも無い。
ただそれだけに、ラフィの思惑を見切れずにいた。
「あー、その目は私を疑ってるね? なんで一々付いてくるんだって」
「まぁな。悪いが完全には信用はできない。この依頼だってあんたが手伝う義理はなかったはずだろ」
「幼気な少女の為に躊躇いなく自腹を切る冒険者が気になったんだよねぇ。だから付いて来たんだよ」
「……もう少しまともな嘘は付けないのか」
あまりに適当過ぎる理由に、思わずため息が漏れる。
しかしラフィはいかにも真面目腐った様子で俺の顔を覗き込んできた。
「そういう君は私を少しも信用してないね。ううん、他人を信用できないのかな」
あまりに的確な指摘に、一瞬だけ動悸が激しくなる。
将来を語り合ったはずのクランの仲間に裏切られ、あまつさえクランを追放されたのだ。
誰だろうと人間不信に陥るだろう。
だがラフィを警戒しているのは、別の理由もあった。
ゾリアやアスベルを見てきて、俺は上級冒険者に対して一種の偏見にも近い思いを抱いていた。
この依頼の報酬も、もとはと言えばコボルト討伐の報酬を流用しているだけだ。
上級冒険者から見ればお世辞にも高額とは言えない額になっている。なによりラフィは、あのゾリアが気圧される最上級冒険者であり、この程度の報酬などはした金に違いない。
ならば報酬以外に、ラフィがこの依頼に参加した理由があるはずだった。
「無償の善意を素直に喜べるほど、純真じゃない。なんせ魔剣士になってから、向けられるのは悪意だけだったからな」
「あの状況でロカを助けておいて、それは無理があるかなぁ」
「俺の事はどうでもいいだろ。今はお前が付いてきた理由を聞いてるんだ」
「だから君が面白そうな人だったから付いてきただけだよ。まぁ、私のことはあまり気にせず自由にやってよ」
それは含みのある言い方だったが、素直にその言葉を受け入れた方がいいだろう。
これ以上、依頼に参加した理由を問い詰めたところでラフィがそれを打ち明けるとは思えない。
村の状況を見るに時間的な余裕も多くはなさそうだ。
早急にこの状況を打開する必要がありそうだが、そのためには事細かな情報も必要だ。
「周囲に村人達がまだ残ってるかもしれない。探して話を聞きにいこう」
◆
冒険者協会から支給された地図を頼りに、周囲を探索すること半日。
河原から立ち上る煙の元へ向かえば、村人達と思わしき人々が野外での生活を強いられていた。
川辺という事で水には困らないだろうが、夜は気温が急激に下がることになる。
だというのに、周囲にあるのは質素な作りの小屋が数件と大きな焚き火のみ。
それを取り囲む人々に活気はなく、重苦しい沈黙が流れていた。
ただ俺達がノキアの冒険者協会から派遣されてきたこと。
そしてロカが無事であることを伝えると、小さいながら安堵の表情が人々に広がっていった。
少なくとも俺の様な魔剣士であっても頼りにされる程、状況は切羽詰まっている様子だ。
村人達の代表と思われる男は、俺とラフィに深々と頭を下げた。
「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……。」
「あはは、そんな感謝されると照れるなぁ。でもまだ何も問題を解決してないんだよねぇ。出来れば色々と話を聞かせてくれると助かるんだけど」
「私達にできる事であれば、できる限りの協力をさせていただきます」
「ならまず聞きたいのは、村がああなった原因について何か心当たりはありませんか? 聞いた話によると何の前触れもなく村が飲み込まれたと聞いていますが」
ロカから聞いた話が間違っているとは思っていない。
しかし彼女はまだ幼く、村の事情の全てを把握しているとも思えなかった。
村人達の様子からして目の前の男性が代表の立ち位置にいるのは明らかで、彼ならばロカの知らない事情も知っていると考えたのだ。
そしてその予感は的中したようで、男の表情は陰りを見せた。
「まさかロカがそう話したのですか?」
「そうだけど、違うの?」
「違う、といいますか。今回の出来事を関係があるのかはわかりませんが、森の異変は少し前から始まっていました。不安にさせるべきではないと思い、子供達には伝えていなかったので、ロカも知らなかったのでしょうが」
「異変っていうのは、具体的どんなことが起こったの?」
「最初に気付いたのは猟師でした。魔物や動物が一様にこの周辺の森に近寄らなくなったと報告を受けたんです。最初は貴重な肉が取れなくなったのかと頭を悩ませる程度でした。ですが次第に果物や小さな畑の作物が枯れ始めたんです。そして最後には……。」
「村ごと森に飲み込まれてしまったと」
話を聞くうちに、俺の中での考えは纏まりつつあった。
だが次なる被害を抑える為にも、問題を起こした魔物を殺して終わりという訳にもいかない。
魔物を討伐しただけでは、後に移動してきた魔物が同じ問題を引き起こす可能性が高いからだ。
だからこそ根本的な要因を探る必要がある。
「その異変が起き始めたのがいつからだったか、覚えていますか?」
「確か、ノキアの冒険者達が全滅した直後、だったと覚えています。それまでは森の魔物に襲われた事や、争いになった事はなかったのですが」
「一度も、ですか?」
こうした魔物の生息域に近い村は、必ずと言っていいほど魔物の被害に悩まされるものだ。
驚きの余り食い気味に質問したが、男性は十分に考えてから首を縦に振った。
「先代から続く掟を守り、森との共存を続けていました。森と共に生きる事が、我々の誇りでしたから。魔物に襲われたことは、一度もありません」
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