第4話
脳裏に浮かぶのは、あの不遜な態度と気取った表情の冒険者――ゾリアの顔だ。
どうもゾリアは、現在ノキアに拠点を置く冒険者の中でも最高位に位置する『ペルセウス』というパーティのリーダーらしい。
以前から応募な態度が問題視されているそうだが、他の上級冒険者達が死んだことで高難度の依頼をうけるのがペルセウスだけになってしまったため、罰則を与える事が出来ないのだという。
「あれがノキア最高の冒険者パーティかよ。確かに腕力だけは、俺より遥かに上だったが……。」
レーナから聞いた話では、ペルセウスは受ける依頼の数を絞って、わざと依頼の報酬額をつり上げているのだという。
そして自分達が納得できるだけの報酬を提示してきた依頼を率先してこなしていく。
他の冒険者達が死んだ弊害ともいえるだろが、あまりに汚い手口に絶句するほかなかった。
「まぁ、今は連中の事なんて考えたって無駄だ。目の前の依頼に集中しよう」
俺を殴った相手より、今は依頼の目標であるコボルトの事を考えるべきだろう。
とはいえクランを追放された先で、初日に鼻を潰されるという経験は、少なくとも安心できる要素とは程遠い。
新天地で早くも問題に巻き込まれ、先行きに不安を感じながらも依頼の目的地へと向かうのだった。
◆
作物が実る農場の近く。
農具などを納めておく小さな小屋に、それは居た。
背丈は人間の子供程度だろうか。
薄緑色の肌と血走った大きな瞳。
最も繁殖力の高い魔物として有名な、コボルトだ。
多少の知能も有しており、その手には石や木材で出来た鈍器が握られていた。
「相手は三頭か」
依頼主の話では複数頭が畑を荒らしまわっているという話だったが、この場所にはこの三頭しかいない様子だった。
だが魔剣士の俺には、コボルトであろうと油断できる相手ではない。
特に物量で押されれば成すすべなく叩き殺されるであろうことは、容易に想像できた。
対処できない数が集まる前に、目の前の個体を駆除するのが得策だろう。
判断するや否や、即座に物陰から飛び出し、背中の剣を引き抜く。
重く冷たい感覚が手に伝わり、微かな高揚感に包まれる。
魔物を前に気が高ぶっているのか、不思議と一切恐怖は感じなかった。。
重心を前方へ傾け、倒れ込むように加速。
数歩で目標との距離を詰め、向こうが俺の気配に気づくより先に、剣を振るう。
「ギッ――」
短い悲鳴。
鋼の刃を通じて、小さな抵抗が手にかかる。
しかしそれも一瞬だった。
振りぬいた剣と共に、コボルトの頭部が吹き飛ぶ。
瞬間、残ったコボルト達の視線が向けられる。
唐突な襲撃を理解するために一瞬の時間が必要だったのだろう。
硬直状態にあるもう一頭に返す刃を突き立てる。
武器を持つ細い腕を切り付け、強引に斬り飛ばす。
そこでようやく、残った一頭が鈍器を振りかぶった。
「ギャギャッ!」
だがそれは技術もなにもない、力任せの一撃だ。
数歩距離を取る事で空振りを誘う。
そして予想通り、鈍器は鈍い音を立てて地面を叩きつけるに留まった。
加減を知らない子供のように全力で振り切ったコボルトは、前のめりに態勢を崩していた。
時間にしてほんの数舜だが、冒険者にとっては十分すぎる時間だ。
余裕をもって狙いを定め、その細い首に鋼の刃を滑り込ませる。
少しの抵抗と共に頭部が吹き飛び、小屋の壁に叩きつけられる。
確認するまでもなく、即死だった。
だが腕を切り落としたコボルトは、まだあきらめていなかった。
もう一方の手で最初に仕留めたコボルトのこん棒を握りしめ、襲い掛かってきたのだ。
とっさに剣で受け止めたものの、中途半端な態勢で押し返す事が出来ない。
その間にもコボルトは半狂乱でこん棒を振り回し、距離を詰めてくる。
「こ、この――」
気付けば背中に硬い感覚。
いつの間にか壁際まで追い詰められていた。
こんな状況では、出し渋っている場合ではなかった。
「炎剣イグニ!」
逆巻く炎が鋼の刃を伝い、灼熱の剣を生み出す。
紅蓮の刃は容易くこん棒ごとコボルトを両断し、吹き飛ばす。
だが、それが俺の限界でもあった。
◆
結局、確認できる限りのコボルトを討伐し終わったのは、それから二日後の事だった。
それもこれも、魔剣士の会得できる最大のスキルであり、俺の切り札でもある魔剣技の影響だ。
元々魔力量の多くない俺にとって、魔剣技による魔力消費はたった一度であっても非常に重い。
だというのに威力は普通の魔法に劣るのだから、魔剣士が最弱と呼ばれる理由も推して知るべしと言ったところだろう。
魔剣技の利点と言えば、その取り回しの良さ程度しかないのだから。
初日に魔剣技を使った結果、軽い魔力枯渇に陥って二日目は殆ど行動できず、本格的なコボルトの対処が三日目にずれ込んでしまった。
駆け出しの冒険者向けの依頼として広く知られるコボルト討伐に三日をかける冒険者。
それが魔剣士であるこのハルート・ウィルディスだった。
「これじゃあ、一人で活動していくのも簡単じゃないな」
不安な先行きに思いを馳せる。
そしてその嫌な予感は的中することになる。
それも、俺の思いもよらぬ形で。
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