第3話
「コボルトの討伐で……1万ゴールド!? これ桁が間違ってるんじゃないのか!?」
手元の依頼書を見て、思わず窓口の向こう側にいる受付嬢に問いかける。
あまりの驚きに、自分でさえ想像できない程の大声でわめき散らかしていたためか、若干ノキアの受付嬢、レーナの笑顔が引きつっているようにも思える。
ただ手の内にある依頼書には、それだけ常識外れの報酬額が記載されていたのだ。
元いた街ではコボルト討伐依頼の相場は、対象の数にもよるが2000から2500ゴールドとされている。
単純に今までの約5倍の報酬がもらえるとなれば、疑ってかかるのが当然だろう。
しかし、目の前のレーナは苦笑を浮かべたまま、他の依頼書も取り出していた。
「いえ、記載されているのは正式な報酬額です。ご心配なら他の依頼もご覧になりますか?」
「あ、あぁ、頼む。できるだけ手頃なやつを」
そう言って受け取った依頼書を確認しても、やはり報酬額は俺の知る額より軒並み高額に設定されていた。
これだけの報酬がもらえるなら、俺程度の冒険者でも簡単な依頼をこなすだけで、充分裕福な生活を送る事が出来るだろう。他では見向きもされない魔剣士であっても、だ。
ただ冒険者にとっては非常に喜ばしい状況だが、考えてみればこの金額が異常な事はすぐに分かる。
報酬が高いという事は、依頼する側もそれだけ金銭的な負担が高くなるということに他ならないからだ。
喜ばしい反面、きな臭い依頼書を眺めながらレーナに疑問をぶつける。
「低級冒険者向けの依頼でここまで報酬がつり上がってるのは何故なんだ? 普通じゃないだろ、この金額は」
「あはは……。それはその、ちょっとした事情がありまして」
「前の街でも聞いたな、それ。だがこの街に来て、その事情っていうのが薄々分かった気がする」
そう言って周囲を見渡すが、やはり冒険者の数が少なすぎる。
開拓地域に指定されているノキアの冒険者協会であれば、大勢の冒険者で賑わっていてもおかしくはない。
だというのにレーナの傍らにある依頼書は山の様に積み上がり、同じように報酬も天井知らずにつり上がっている。
つまるところ元居た街の受付嬢に聞いた通り、依頼をこなす冒険者の数が足りていないのだ。
俺のそんな疑問に答えるように、受付嬢は小声で内情を話し始めた。
「実を言うとですね、少し前に大規模な討伐作戦が組まれたんです。強力な魔物が出現したため、ノキアの主力級冒険者が軒並み作戦に参加したのですが……。」
歯切れ悪く言葉が途切れる。
そんなレーナの様子を見れば、その先を想像するのは簡単だった。
「全滅したのか。その討伐隊は」
「相手が想定を超える魔物だったようで、冒険者だけでなく冒険者協会の研究員や補給人員も軒並み、行方不明になっています」
「一人残らず行方不明になったのか? その作戦に参加した人数は?」
「……総勢200名。うち150名が冒険者でした」
レーナの口から告げられた人数に、思わず小さく声が漏れる。
ノキアの都市としての規模から考えるに、腰を据えている冒険者は多くて300人から500人といった所だろう。
つまり討伐作戦にはその半数近くの冒険者が参加し、そして全滅している。
それだけでも十分に驚くべき事態だが、より凄惨なのは参加した『全員』が行方不明になっていることだ。
冒険者は依頼を受けると荷馬車や革袋に荷物を押し込み、目的地に向かう。
食糧や武具の修理道具、魔物に有効な道具類を持ち込むためだ。
だが大御所になると道具を運ぶための御者や冒険者協会の研究員なども同行することになる。
食事一つをとっても冒険者150人を賄うには凄まじい量の食糧などが必要になる為だ。
そして冒険者達は自分で食糧など雑用品を運ぶ必要がなくなり、その分戦いに必要な道具を持ち込める。
ただ、当然だが御者や研究者は戦闘には参加せず、後方から冒険者達を様々な形で支援する。
その性質上、冒険者が犠牲になったとしても後方にいる人々が犠牲になる事は極めてまれだ。
それでもノキアに一人も帰ってきていないとなれば、考えられる可能性はふたつ。
不運にも移動中に襲撃を受けて、冒険者諸共全滅したか。
もしくは、戦った魔物が余りに狡猾で、誰一人として逃げ延びる事が出来なかったか。
どちらにしても主力級冒険者150人を葬った魔物がこの地方に生息していることに変わりはない。
そう考えれば冒険者達がこの地を後にするのは、賢明な判断と言えた。
「道理で冒険者の姿を見ない訳だ。じゃあもう、この街には上級冒険者は残ってないのか?」
「いえ、まだ数組は残っていますが――」
「邪魔だ、退け」
唐突な声に振り向けば、冒険者が俺の背後に立っていた。
この街で初めて見る冒険者であり、その胸には黄金色の冒険者章が輝いている。
つまりノキアでは残り少ない上級に格付けされる冒険者であることを示唆していた。
とは言え冒険者協会の窓口には階級による優先順位などは存在しない。
たとえ相手が上級冒険者だろうと、俺より後から窓口に来たのなら順序を守るほかない。
不遜な態度と物言いが少しばかり気に障り、思わず手に持った依頼書に冒険者に見せつける。
「悪いが、俺がまだ依頼を受けてる途中なんだ。後ろに並んで待っておけよ」
真正面から言い放ち、肩をすくめる。
だがその瞬間、俺の背後から悲鳴に似た声が上がった。
「ハルートさん!? それは――」
そこからの声が、かき消えた。
なにが起こったのかを理解するのに、どれだけの時間が必要だっただろうか。
意識を刈り取るほどの衝撃が体を貫き、遅れて顔面に激痛が走る。
気が付けば俺は、冒険者協会の中に併設された酒場の床を舐めていた。
焼ける様な痛みと、口や鼻から流れ出る鮮血に、思わずむせ返る。
「次に俺の邪魔をしたら、命は無いと思え」
遠のく意識の最中、背後にいたはずの冒険者――ゾリアは俺を見下していた。
そしてそんな言葉を最後に、意識を手放した。
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