第2話
クランを追放された翌日、俺は再び冒険者協会へと足を運んでいた。
周囲から向けられる嘲笑が示すように、この街での俺の評価は地に落ちた。
元々高くはなかったが、明星というクランのリーダーという立ち位置によって、依頼を任される程度には評価と信頼を寄せられていた。
それが仲間達から無能扱いされ追放されたとなれば、俺に仕事を任せる依頼主などいるはずもない。加えて魔剣士単独で見た俺の冒険者としての評価など、無いに等しい。
となれば冒険者を続けるには別の街へ活動の場を移す必要があり、今回はその手続きの為に冒険者協会へ顔を出したのだ。だが、昨夜のうちに手続きを済ませておけばよかったと後悔の念が押し寄せる。
自分に向けられる視線と笑い声。それらに悪意が満ちていることがすぐに理解できたからだ。
魔剣士のジョブを授かってから、嫌と言うほど向けられてきたものだ。
微かに動悸が激しくなり、軽い息苦しさを覚える。
この瞬間を乗り越えればと自分を奮い立たせ、冒険者協会の窓口へと向かう。
出迎えてくれたのは長年世話になっていた、顔見知りの受付嬢だった。
「お疲れ様です、ハルートさん。その……クランの件は、残念でしたね」
「そう言ってもらえるだけでも、ありがたいよ。大抵の冒険者は俺を見て笑うだけだからな」
「派手な魔物の討伐依頼に目が行きがちですが、ハルートさんは些細な内容の依頼でも積極的に受けてくれましたから。私だけじゃなくて、住人の中にもハルートさんに感謝している人々が多くいますよ」
「クランのメンバーは、その行動方針が気に食わなかったらしいけどな」
そんな愚痴を零してはみたものの、真実は闇の中である。
もしかするとメンバー達はアスベルの口車に乗せられただけなのかもしれないからだ。
ただ、本心から俺がリーダーをしていることを不満に思っていた可能性も、捨てきれない。
最後にメンバー達に確認するか悩んだりもしたが、ここで明確に突き放されしまえば立ち直れる気がしない。
だからこうして逃げ出すように手続きをしている訳だ。
ただ受付嬢は自虐気味に笑う俺をみて、大きなため息をついていた。
「依頼の報酬額しか見ていないのでしょうね。危険な依頼は報酬も高額ですが、それだけ死傷率も跳ね上がります。ハルートさんの様にメンバー全員に報酬を配りながら、安全に依頼をこなすことがどれだけ難しいか知らないんですよ」
「クランの基本的な活動方針については、加入時にある程度は話してあるんだけどな。聞くのと理解するのは違うってことだろうな。まぁ、今の俺には関係のなくなった話だ」
未練が無いと言えば嘘になる。
だが今さら騒いだところで、すでに受理された俺の追放が覆りはしない。
無理やり前向きな解釈をするなら、追放されたという事は自由の身になったとも言えた。
今まではクランの発展を目的に時間と労力を割いてきたが、これからは自分自身の為に自由に使えるのだ。
そう考えれば少しは気が楽になる。
もっとも、自由になった所で魔剣士の俺ができることなど限られてはいるのだが。
「これからの予定は決まっているんですか? 私としては、この街に残って依頼を受けてもらえればありがたいのですが……。」
「それは少し難しいな。否が応でも元クランメンバーと顔を合わせる事になる。加えて俺一人じゃあ、受けられる依頼も少なくなる。この街で冒険者を一人でやっていくには、俺は実力不足だ」
「そんなこと――」
「いや、どれだけ無力なのかは俺自身が一番よくわかってる。この魔剣士のジョブを明かして好意的な反応を返してきた冒険者は皆無だからな。だから、同業者の少ない田舎にでも引っ込んで冒険者を続けるさ」
魔剣士であっても、競合がいない場所なら仕事にありつける。
凶悪な魔物が出現する地方では難しいが、地方の村など慢性的に冒険者不足に陥っている場所なら、歓迎はされても追い返される事はないだろう。
細々と冒険者を続ける方法を考えていると、受付嬢が申し訳なさそうに声を上げた。
「ハルートさん。一つだけ良いですか? 私からの勝手な提案なので断ってもらって構わないのですが」
「うん?」
「大陸の東にあるノキアという街をご存知ですか?」
「確か、未開拓地域に隣接した比較的新しい街だったか」
ノキアという名前から、記憶の中の情報を引っ張り出す。
現在、この王国では領土拡大と資源確保の名目で、未開拓地域の捜索が王族主導で進められている。
その一環として開拓地域に名指しされたのが東にあるノキア地方だ。
王族肝入りの政策で小さな街は仕事を求めた人々であふれかえり、急速に発展を遂げた。
そして危険な魔物が跋扈する未開拓地域で活動するには、当然のように冒険者達が必要になる。
名うての冒険者達も勢いのあるノキアへ活動拠点を移しているという話は、風の噂で聞き及んでいた。
ただなぜその街の名前が挙がったのか。疑問に思っていると、受付嬢自らがその理由を口にした。
「私の友人がノキアで受付嬢をしているのですが、人手不足だと手紙に書いていたんです。なのでハルートさんがノキアに拠点を移してくれれば、私も友人も非常に助かるのですが……。」
「ノキアが冒険者不足!? まさか、冗談だろ?」
「いえ、それが……色々と事情があるらしくて、ですね」
言いよどむ受付嬢を見て、なにやら特殊な事情があるのは明白だった。
しかし数少ない俺の理解者である彼女の頼みも無下にはできない。
加えて開拓地域にあるノキアならば依頼が無いという最悪の状況も避けられるだろう。
活動拠点を選ぶ手間が省けたと考えれば、悪い事ばかりではない。
なにより自由のみになったのだから、ノキアがあわないと分かれば、すぐに拠点を別に移せばいい。
身軽になった故の思い切りの良さでもあった。
「あまり期待しないでくれよ。なんせ俺は『魔剣士』なんだからな」
「ありがとうございます、ハルートさん! 早速馬車を手配しますね!」
俺の返事を聞いた受付嬢は満面の笑みを浮かべ、すぐさま手続きを始める。
堅実で確実な方法を選んできた今までに比べ、余りに軽率な判断ではある。
しかしそれを心のどこかで楽しんでいる自分もいた。
未知に飛び込む、冒険者としての本能が疼いているのだろうか。
「これも人助けの一環か」
そんな自分を納得させるための言葉を、呟いてみるのだった。
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