追放された下級冒険者は、最上級を上回る超越級のスキルを会得し、新たな仲間と共に最強の道を駆け上がる!
夕影草 一葉
第1話
「ハルート。お前は明日から依頼に参加しなくて結構だ。部屋の荷物を纏めておいてくれ」
その言葉は、あまりにあっけなく言い放たれた。
驚きのあまりナイフが手の内から滑り落ち、床を跳ねて金属音を響かせた。
呆然と向かいの席へ視線を向ければ、我らが頼れるサブリーダーのアスベルが冷たい視線で俺を見つめ返していた。
俺とアスベルは長い付き合いではないが、浅い関係でもない。
今の言葉が悪ふざけから出てきた冗談ではないことは、すぐに分かった。
「まさか、本気なのか?」
「当然だろう。お前の部屋を使う新顔も、もう決まってる」
淡々と告げられる事実。
突き放す様な言葉と共に、アスベルはオレから視線を逸らした。
俺の追放など、その程度の言葉で事足りると言わんばかりに。
その瞬間、思考が怒りで塗りつぶされていた。
拳をテーブルを叩きつけ、食器が砕けて周囲に散らばる。
何事かと周囲から声が上がるも、それにこたえる余裕などなかった。
ただアスベルはそんな俺を見ても、小さなため息をつくだけだ。
それが余計に、俺の神経を逆なでした。
「このクランを……『明星』を起ち上げたのは俺だぞ!? その俺を追い出すのかよ!」
「そこだよ、ハルート。これは俺だけじゃなくクラン全体の意思でもあるんだが、なぜ一番実力が劣る奴がリーダーとして振る舞っているのか。俺達はそこが納得できないんだ」
「だからそれは――」
「確かにお前はこのクランの創設者ではあるが、所詮はそれだけだろ。今のお前はクランに貢献できているのか? いや、貢献できるのか? その『魔剣士』のスキルで」
湧き出る激しい怒りと反論はしかし、いとも簡単にせき止められてしまった。
アスベルの言葉はどうしても変えられない事実だったからだ。
俺に与えられたジョブが、最弱と呼ばれる『魔剣士』であることは。
◆
選定の儀と呼ばれるものがある。
誰が始めたのかは記録に残っていない。
そしてどういった原理かも解明されていない。
ただ分かっているのは選定の儀を通じて、ジョブと呼ばれる特別な能力が少年少女に与えられるということだけだ。
そして忘れもしない儀式の当日。
儀式を終えた俺に向けられたのは、憐憫の視線と微かな嘲笑だった。
たったそれだけで俺は全てを悟った。
俺が授かったのは戦闘系のジョブで、『魔剣士』と呼称されるジョブだった。
純粋な剣士に比べて身体能力の上昇は望めず、純粋な魔術師に比べて魔法の種類が限られている。
加えて魔剣技と呼ばれる唯一無二のスキルも、威力が中途半端でありながら消費魔力が非常に多く、多用が出来ない。
全てが中途半端で明確な役割も強みもなく、仲間に貢献する事さえ不可能。
そして神官や鑑定士のように生活において役立つジョブでさえない。
俺は酷く険しい冒険者の道を、魔剣士と言う最悪に近いカード一枚で進むほかなくなっていた。
だが全てを諦めた訳ではない。
なけなしの財産をはたいてクランを立ち上げ、俺と同じように不遇なジョブを得た冒険者達を勧誘した。
危険な橋は渡らず、派手な依頼は極力避けて、小さな依頼を着実にこなしていく。
稼ぎは少ないが、大勢で多くの依頼をこなすことで、どうにか金銭的な問題を補った。
地道な活動を続け、徐々に依頼主との信頼関係を築き、冒険者協会からの評価を積み重ねていく。
だからこそ、とびぬけた実力者が所属していなくとも、この冒険者クラン『明星』はシルバー級の階級に位置づけられていた。
最近では活動拠点にしている街でも名が知られ始め、戦闘面で優秀な冒険者も徐々に集まりつつある。
クラン最大の問題だった戦力不足が解消され始め、これからは活動を拡大して更に上を目指すことができると、仲間達とも話し合ったのだ。
そんな矢先に、この追放宣告だ。
余りの理不尽さに言葉を失っていると、再びアスベルが口を開いた。
「俺達の足を引っ張っているのが、まだ分からないのか? 今やこのクランはお前の私物じゃない。特にリーダーが魔剣士じゃあ、ほかの冒険者達にも依頼主にも嘗められる。これはクランとそのメンバーの沽券にかかわる問題だ」
「俺達って……まさかクランのメンバーがそう言ったのか?」
「あぁ、そうだ。こうして正式な書面も用意してある。まぁ最初にこの提案をしたのは、俺なんだが」
微かに笑うアスベルが取り出したのは、冒険者協会の刻印が押された正式な書類だった。
そこには将来について語り合ったクランメンバーの名前が記載され、当然の様にアスベルの名前も並んでいる。
クランのリーダーを除名するには、サブリーダーと一定数のメンバーによる署名が必要になる。
だからこそサブリーダーは俺を裏切る可能性が一番低い相手を選んだつもりだった。
少なくとも俺にはアスベルが裏切るということは考えられなかったのだ。
なぜかと言えば――
「片腕を失ったお前を、仲間の反対を押し切ってまで引き入れたのは俺だっただろ!」
「その件は感謝はしてる。だが俺もここで終わりたくはないんだ。さらなる評価を冒険者協会から得るには、多少のリスクを取る必要がある。お前のやり方じゃあ、永遠に日の目は見られない」
「そのリスクを冒した結果がその片腕じゃないのか!? また同じ失敗を繰り返す気か!」
「次は失敗しないさ。大勢の仲間と共に、もう一度俺は成り上がる。その為なら、お前やこのクランだって利用してやる」
かつて凄腕の冒険者として名を馳せたアスベルは、依頼の最中に仲間と片腕という冒険者に必要な全てを失った。
特に隻腕は致命的であり、名を轟かせたアスベルもさすがに落ちぶれていくだけだと誰もが思っていた。
だが俺は、そんなアスベルと交渉し、クランに引き入れた。
現地で戦うだけの実力が無くとも、その知識と経験は十分に生かせると考えたからだ。
ただ、アスベルは魔物から逃げる為に仲間を見捨ててきたという暗い噂もたっていた。
当然だが既存のメンバーはその噂を聞いて、アスベルを仲間に引き入れる事に対して消極的だった。
しかし俺は、恩を売っておけばアスベルも裏切るような真似はしないだろうという、楽観的な考えを抱いていたのだ。
事実、その知識や経験は明星に大きく貢献しており、ここまでクランが成長できたのはアスベルの力による部分も大きい。
まさかその代償が、クランの乗っ取りだとは思ってもみなかった。
思えばアスベルが仲間を見捨てて生き延びたという話もあながち間違いではないのだろう。
その性根を見抜けなかった俺にも問題はあるが、それ以上にクランのこれからが不安で仕方がない。
「クソったれが。最初から俺達を利用するつもりだったのかよ」
「お互い様だろ。お前は俺を利用した。だから俺もお前を利用しただけだ」
もはや取り繕うことすらせずにアスベルは言い放った。
だがどれだけふざけた言葉を並べられようとも、冒険者協会が認めた正式な書類がある以上、俺に打つ手は残されていない。今さら騒いだところで状況は好転しない。
籠った怒りと共にもう一度だけ拳をテーブルに叩きつけ、足元の荷物を肩にかける。
冒険者は荷物をさほど持たないが、俺もそれに漏れず私物は全くと言っていいほど持っていない。
それに今さら部屋に戻り仲間と顔を合わせでもしたら、それこそ流血沙汰になりそうだ。
背中の剣と最低限の荷物、そして冒険者の証だけあれば十分だった。
それよりも先に、この最悪な空間から逃げ出したかったのだ。
「気を付けるんだな。次に失敗すれば、片腕どころじゃ済まないだろうからな」
最後に負け惜しみだけを言い残し、椅子を蹴り倒してテーブルを後にする。
すると背中から、笑いの混じった声が上がった。
「お前は精々頑張れよ。魔剣士なんて、誰にも相手にされないだろうが」
◆
その日。明星は俺の手を離れた。
数年の努力と時間を費やしたクランが、いとも容易く。
後悔と怒りが巨大なうねりとなり、心の中をかき乱す。
大きなため息をと共に荷物を投げ出し、路地裏からふと空を見上げる。
「……くそったれ。どこまでも付いてないな」
見上げた夜空は星どころか月さえ見えない、生憎の曇天だった。
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