第2話 とりあえず礼拝堂で召喚してみる
なんで俺が追放されなきゃいけねぇんだ、とずっと不思議だった。追放するなら、他の奴らでもいいだろう。でも追放には何か俺がやらかしたからに違いない。それを神様に向けて悔やむ。それしか今の俺にできることはない。
……いいや、間違えた。正確には礼拝堂であることをして、あいつらを見返してやるための一歩を踏み出すのだ。
ジリジリと照りつく熱い太陽。おそらく気温は三十度を超えているだろう。首筋の皮膚が、すっかり焼けている。俺は、太陽の方向にある礼拝堂へと歩く。暑い。直射日光が、眩しく当たってくる。
俺は、歩いた。
「ったくよ、俺が回復してたんだよ。《自然回復》の特性を持つ俺がいるだけでお前らは生き残ってたんだよ」
誰に向けたのか。独り言を呟いてみた。多分今呟けばあいつらに届く、と思ってたんだろう。しかし俺の目線の先には、ひっそりと佇む礼拝堂のみが微笑みかけてくれているのしか見えない。あいつらの背中は、視界の外にある。あいつらの背中には、聞こえやしないだろう。今は、ただ礼拝堂へ行くだけなんだから。
礼拝堂へ着いた。白い壁が、俺の心の汚れをきよくしてくれるような感覚に陥る、不思議な空間である。
「失礼しまーす」
カラフルで透明なモザイクの散りばめられた扉を押して、中に入った。中には、聖像に向けて拝んでいるシスターがいた。
シスターは、俺が入ったのに気付いてなのか、祈りを終えてこちらへ振り向いた。
「あら、ラプラシャン、きてたのね。神様は何ににも答えてくれる。さあ対話しなさい」
「おう、今日は懺悔しにきたんだ」
俺は話しかけてきたシスター、ーーシェイルツに向けて、笑顔を返した。シェイルツは、神妙な面持ちを浮かべた。
「懺悔ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? いったい、何があったの?」
「いちいち大袈裟だなぁ。シスターは」
俺はあえてお気楽そうに見せかけて、言った。
「なぁに。ギルドを追放されただけさ」
「は? 追放された『だけ』? 冷静すぎない?」
「だから、な。そいつらを見返すために来たのも懺悔以外のもう一つのここへきた理由なのさ」
まぁシェイルツが精神崩壊したようなオーバーリアクションをするのも無理はなかった。この国、ヴェント・グリノスビーン王国では、国民は皆商人もしくは冒険者もしくは聖者なのだ。昔の俺はこの中でいう冒険者で、なんの副業もしていなかったから、今は完全に無職やろうと言うことになる。無職は権力的格差でいう最底辺にあたり、国民カーストでも最下層にあたる。なので、シェイルツはそれを心配しているのだ。
俺はヒラヒラと手を振って、聖像の前に跪いた。聖像は優しく俺をみている。
額を床スレスレまで近づけ、心の中で深く念じる。
ーー御免なさい御免なさいごめんなさい追放されてしまいごめんなさいごめんなさいすいません。
ひたすら謝罪を神様に向けて、悔やむ。俺が悪いんだ、きっと。でもこうして祈って償って……っと、危ない危ない。本当の目的を忘れてしまいそうになった。神様に頼るというのは、すごい効力を持っているものだ。
しかし、この礼拝堂には恐ろしい機能が備わっている。懺悔をギリギリ形だけで終わらせて、中央の魔法陣に歩く。
この魔法陣には、ある恐ろしい能力がある。俺はその恐ろしい能力を利用するために、シェイルツに可能か訊いた。
「シスター、ちょっと魔法陣の杖、貸してくんない? 人間を一人、現世から紹介したいんだ。いいか」
「いいわよ。あんたのいう言葉なら信用できるしね」
ちょっと待ってね、と言ってから礼拝堂の奥の方にある倉庫に行った。彼女は数分後、杖を取り出して倉庫から戻ってきた。
シェイルツは丁寧そうに杖を抱えた。
「いいこと? あまり危なっかしいことには使ったりしないこと。そしてくれぐれも壊したりはしないでください」
「わかっているよ、そんくらい」
「そういうもんかなぁ」
俺は魔法の杖を丁重に受け取ると、魔法陣に向かって、つぶやく。
「魔法陣よ魔法陣よ。我に最愛の救済を捧げよ。現世より我に人間を召喚してくれたまえ。そして悩める民を一人多く救済せよ」
呪文を唱えると、魔法陣が紅に変色した。円に星の紋があるが、その星が変色したままぐるぐる回転し始める。
魔法陣は変色したまま、中央の星の紋の中心が白色に発光した。眩いばかりの光が、一瞬だけ周りを眩ますが、次の瞬間ーー
魔法陣の色は元に戻り、光も消え失せてしまっていた。しかし、まるでそれと引き換えになっていたかのように、光っていた部分にぴったりの位置に黒い衣装を着た少年が立っていた。十七歳、というところか。ポケットに手を入れていて、生意気だ。
その少年は、目を輝かせた。
「お? ーーやっべ〜! 異世界じゃん異世界だよねその衣装は。このいかにも『冒険者』っぽい鎧でもない衣装は。だよねだよね!」
勢いがすごい少年を、どこから連れてきたのかというとーー
何処かにあると言われている、「ニッポン」という地だ。こっちの世界では現世とも呼んでいる。
少年は、いつの間にか俺の前に正座して、懇願するようなポーズをとった。
「あなたですよね? 俺を異世界に召喚したのは。ですよね」
「お、おう。俺だが」
「わーー、やっぱライトノベルのお決まりルール、『異世界に召喚された場合、召喚したものはだいたい美少女かイケメン』というのは本当だったんですね」
イセカイ? ライトノベル?
しかしそれはすぐわかった。異世界というのは、俺たちがニッポンのことを「現世」と言っているようなものなのかもしれない。ライトノベルは、おそらくこの少年が来た地の文化の一種だろう。
とりあえず今の彼とは会話が成り立つ。
「え? 現実? え待って、美人教会シスターもいるし」
シェイルツに目をやって、少年はつぶやいた。
「教会じゃなくて、礼拝堂ね」
そんなさりげないツッコミを無視し、少年は目をキラキラさせ続ける。
はぁ。なんでよりにもよってこんなやつを召喚しちまったんだろう。でも召喚する人間を選ぶことはできない。赤子を召喚してしまうこともあれば、余命一日の爺さん婆さんを召喚してしまう時もあるのだ。ーーこれは仕方がない現実として、受け入れるに限る事態なのだ。しょうがない。
少年はキラキラさせ続けた。
「あなたの名前はなんですか?」
「俺はラプラシャン。君は」
え? ドゥフフフと気持ち悪い笑いをしてから、少年は言った。
「俺は古市庄之助です」
「ふるいち、しょうのすけ、くん。俺と一緒に、これから冒険に出よう。クソな奴らに裏切られたから、見返してやるんだ」
また気持ち悪い笑いをこぼしてから、庄之助くんは叫んだ。
「うわーーーーーーー、成り上がりものだ! 俺TUEEE無双ものでしょ!」
おれつえー? むそう?
またもよくわからない言葉が出てしまった。
「まぁ、これからよろしく」
「うぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
興奮しながら庄之助は、手を前に持ってきた。握手してあげるか。
俺は彼の手を握った。彼は、ウッヒョォといういささか獣じみた声をあげて喜んでいた。
「よろ、よろよろ、しくおねがっ、いしますっ!」
無駄に丁寧だ。
ーーこいつを召喚したのは、間違いだ。
俺は所詮何も出来ねぇモブだからって追放されたけど、癒してたのは俺の能力でしたので、無駄ですね 〜俺氏、ギルドへの返り咲きをするために召喚してみる〜 色夜 零 @mittsuukunn0419
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