第2話 甘い夢を魅せて 2

 クリスマスイブの夜。依頼者は制服を着ていた。

 珍しい客だ。相手をする客は大体自分より年上、20代半ばくらいから30代後半くらいの女性ばかりだから。


 そしてそれは私にとって、重大な詐称さしょう行為だ。

「年齢は18ってことですけど、うそだよね」

「……」

 プロフィールの擬装ぎそうを指摘しても、ベッドの端に座った少女は微動だにしない。


「名前とかは全然偽名で構わないけど、年齢嘘つくのは良くないね」

「……」

「見たところ高校生……中学生? 少なくとも、18ではないよね」

 18というのは、私が設定している年齢制限だ。法律的に、ではない。だってそんなものとっくに越境えっきょうしてしまっている。


 私があえてそれをもうけているのは、自分より下の年齢の女の子を抱くのはさすがに気が引けるからだ。

「まだこっち側に来るのは早いよ、しかもこんな日に……。悪いこと言わない。もう帰りな」

「……」

「黙ってないでさ」


「……帰るところなんてないです」


 少女はポツリ、壊れたガラス細工ざいくを指で弾いたときのような声で言った。

 意味を判じかねてどうしようかと思っていると、少女はかたわらのバッグから、布にくるんだ何かを取り出した。


「それ……」


 その布の先端が、赤く濡れている。

 染みているという方が正しいだろうか。

 赤い、いや、赤黒い? ワインレッドの、染み。


「殺すつもりは、なかったんです。つい、かっとして」

「……」


 私が絶句する一方、彼女は上着を脱いだ。そこに、現れる、同じ色の染み。違うのは範囲。


「ど、どうしようも、なくて、その……。こんなはずじゃ、なかったんです。いつもの、喧嘩だったんです。でも、なぜか、変に、腹が立って……」


「誰を、刺したの」

 バクバクと、鼓動のうるさい心臓を抑えながら私は聞いた。思えば、初めてだった。依頼人の詳細を尋ねたのは。


「母親です」

「お母さんを……」

「私、もう、どうすればいいのか……」

「……」

 血に染まった少女は泣いていた。

 その号哭ごうこくは、なぜだろうか、私の心を冷やしていった。

「ごめんなさい……。帰ります。私……」

 

 涙を頬に浮かべながら、それをぬぐうことなく、彼女は上着を羽織ろうとした。

 その手首を、握る。

「えっと、ヒナちゃん、だったよね」

 偽物だらけのプロフィールを頭に浮かべて、私は言った。

「はい」

「いいよ。特別に」

「えっ」

「お金はあるんでしょ。だったら、いいよ。クリスマスサービスで」

「ミナトさん……」

 上着を着ようとしてた手を制止する。そして、涙がしたたる頬に、私は軽く口付けした。たしかNGではなかったはずだ。

 彼女の頬に赤みがさしてゆく。私はそんな彼女の首筋に舌を当てて、ゆっくり、ベッドに押し倒した。


 ルール違反ではあるし、倫理的にも正しいとは思えない。けれど、いいだろう今日くらい。

 どんなことでも正当化できるのが聖夜ではなかったか。そうだ。そういうことにしておこう。だから、犯罪者と、妹と同じくらいの年齢の子と体を重ねたって、いいじゃないか。

 

 きっとすべてが初めての体験だったのだろう。少女はずっと目を閉じて、声を我慢していた。その初々ういういしさが、どこか愛しくて、反面苦々しくて、結論、気持ちが悪かった。




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