甘い夢を魅せて

第2話 甘い夢を魅せて 1

 ベッドを揺らす。快楽をなぞる、弾く。

 汗で、唾液だえきで、潮で満ちたシーツの上で余韻よいんにひたる依頼者を横目に、終了時間を確認した私は脱ぎ捨てた衣服を素早く身にまとう。

 厚手のコートを身に着けるのは、私の中、かすかに残った後ろめたさの裏返しなのかもしれないななどと考えながら。


「5万になります」


 てのひらを広げ示して告げると、依頼者は身体を起こし、財布から札束を取り出した。どう見ても5万円の厚さではない。


「あの、5万、ですけど」

「チップよ」


 さすがに、30代のOLは違う。太っ腹というか、頭が悪いというか。

 断るつもりなど毛頭もうとうない。私はうやうやしくそれを受け取り、ホテルを出た。


 封筒には12万円が入っている。二倍以上のかせぎが出たのははじめてだ。

 だれもいない田舎の町だったら、この場で文字通り欣喜雀躍きんきじゃくやくしていただろう。それはできないとしても、このにやつきだけは消せそうになかった。

「スイーツでも買ってこうかしら」

 世間はもうじきやってくるクリスマスの色に染まっている。今となってはもう無縁のイベントだけれど、だからといってくだらないと鼻で笑うつもりはない。むしろ、少しタガの外れたようなこの季節は、好きだった。



「お姉お帰り 」

「ただいまー…ってまだ起きてたの理梨りり

「いいじゃんまだ10時でしょ」

「電気代もったいないでしょ。おきてるなら勉強するなり本読むなりしてなさい」

「むぅ」

「むうじゃない」

 柔らかな妹の頭を叩いて私は卓袱ちゃぶ台の前にひざを曲げる。安価な夕食の時間だ。


「理梨ご飯食べた?」

「食べた。キャベツいっぱいご飯」

「そっか」

 もやしよりもキャベツやイモの方が安いこともある。そんな情報を鵜呑うのみにしてスーパーでキャベツを買ってきた。

 私はそれに手をつけず、妹に食べさせる。栄養を蓄えるべきは私ではなく、成長期の妹の方だから。あとほんの少しだけ野菜が嫌いだから。


「お姉の夜ごはんは?」

「今日はのり弁」

「のりかー……」

 ガクリ肩を落とした理梨はそのまま畳の上に横たわった。

「何」

「お肉食べたいなぁ」

 はかったように妹の腹の虫が、か細く鳴いた。

「肉ねえ……」

「あたしスーパーで仕事してるからわかるけどさ、お肉って結構安いよね」

「でもそれ外国産とかでしょ」

「わかんない」

「そうなんだよ大体。危ないでしょ国産じゃないと」

「そうかなあ」

 そんなことを言ってられるほど私たちが裕福でないのはわかっている。けれど、この身体が言うことを聞かなくなったらいよいよ終わりだろう。


「食べたいなー。お肉……」

「……」

 妹の気持ちは痛いほどに伝わってくる。けれど……、いや、逆に良かった。その要望をうったえてきたのが今で。

「しょうがないな。そのうち買ってきてあげるから」

「ほんとっ!? 楽しみにして待ってるね」

 クリスマスの日くらい、お金を使ってもいいだろう。その日もあの仕事があるけれど、帰り道に買っていけばいいだろう。可能ならケーキも。


「やー。よかったよかったー」

 正座の膝の上に、妹は頭を乗せてきた。

「重たいって」

 ご飯を口に運びながら私は言った。しかし妹は「いいじゃんかー」と笑うだけで戻ることはなかった。

「もう」

 頬杖ほおづえを突き、食事を続けながら、吐息といきがお腹に当たるのを感じていた。


「理梨」

 頬をつつく。しかし、彼女は微動びどうだにしなかった。もう、眠ってしまっているようだった。

 私の太腿ふとももの上が心地よかったのだろうか。

 嬉しいような嬉しくないような複雑な心境だけれど、私は机に立てていた手を彼女の頭に置いた。

 

 ひひっと理梨がおじさんのような引き笑いを上げる。寝ているときの、妹の癖だった。昔からの。

「全く……」

 布団に移動させようと思って、思いとどまった。もう少しご飯を食べ終わるまでは、と言い訳をして、私はそのまま箸をすすめた。


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