甘夢の香りがする

最終話 甘夢の香りがする 1

 休日の朝。鍋の中、ゴトゴトお米がうごめく音の間に、体温計の音が響いた。


「ん……、んん? あ、熱、なくなった」

「ほんと? よかった……」

「やった。明日から学校行けるね」

「無理はしないでよ。ちょっとでも調子おかしかったら休んでいいからね」

「大丈夫だよ。お姉心配しすぎ」


 金曜日の昼、理梨は39℃の熱を抱えて学校を早退してきた。薬を飲んでも昨日の夕方までは熱が下がらなかったが、ようやくそれが効いてきたらしい。

「お姉、今日夜仕事だっけ」

「うん。……でも、今日は止めておこうかな。理梨心配だし」

「あーもうやめてやめてそういうの。大丈夫だから」

「そう?」

「大丈夫大丈夫。安心してよ。今日はじっとしてるから」

「……わかった」


 満足そうに笑った理梨は布団を剥いで立ち上がり、カーテンを開けた。

「んー! いい朝日だー!」

「お粥作ったから、ほら」

「ありがとー」

 太陽よりも眩しい笑顔で溌剌と話しながら理梨は、机の上の器に飛びついた。

「もう。ゆっくり食べなよ。今度はお腹壊すから」

「大丈夫だって」

「大丈夫なんて言葉、信用できないわよ……」

 ふとそんな本音が口を衝いてしまった。気付いたときにはもう遅かった。

 スプーンが器の底を叩く音が消える。何も言わずとも理梨には、その意図するところがわかってしまったのだろう。

「ごめん」

「ううん」

 再び、理梨はお粥を掬った。けれどさっきのような勢いはなく。


 大丈夫という言葉を、私は信用していない。それほど何の根拠もない言葉はない。

 十年以上前に入院していた祖父も祖母も、大丈夫大丈夫といっていたのに、その後すぐに死んでしまった。やけに不安になって、「お母さんは死なないで」と言ったときに、「大丈夫だよ」と笑っていた母も、小さかった理梨を抱きながらそのやり取りに苦笑していた父も、結局いなくなったじゃないか。


「9時くらいなったら、お姉ちゃん行ってくるからね」

「うん。早く帰って来てね」

 何気ないこんなやり取りも、どこかぎこちなく感じてしまった。



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