甘夢の香りがする
最終話 甘夢の香りがする 1
*
休日の朝。鍋の中、ゴトゴトお米がうごめく音の間に、体温計の音が響いた。
「ん……、んん? あ、熱、なくなった」
「ほんと? よかった……」
「やった。明日から学校行けるね」
「無理はしないでよ。ちょっとでも調子おかしかったら休んでいいからね」
「大丈夫だよ。お姉心配しすぎ」
金曜日の昼、理梨は39℃の熱を抱えて学校を早退してきた。薬を飲んでも昨日の夕方までは熱が下がらなかったが、ようやくそれが効いてきたらしい。
「お姉、今日夜仕事だっけ」
「うん。……でも、今日は止めておこうかな。理梨心配だし」
「あーもうやめてやめてそういうの。大丈夫だから」
「そう?」
「大丈夫大丈夫。安心してよ。今日はじっとしてるから」
「……わかった」
満足そうに笑った理梨は布団を剥いで立ち上がり、カーテンを開けた。
「んー! いい朝日だー!」
「お粥作ったから、ほら」
「ありがとー」
太陽よりも眩しい笑顔で溌剌と話しながら理梨は、机の上の器に飛びついた。
「もう。ゆっくり食べなよ。今度はお腹壊すから」
「大丈夫だって」
「大丈夫なんて言葉、信用できないわよ……」
ふとそんな本音が口を衝いてしまった。気付いたときにはもう遅かった。
スプーンが器の底を叩く音が消える。何も言わずとも理梨には、その意図するところがわかってしまったのだろう。
「ごめん」
「ううん」
再び、理梨はお粥を掬った。けれどさっきのような勢いはなく。
大丈夫という言葉を、私は信用していない。それほど何の根拠もない言葉はない。
十年以上前に入院していた祖父も祖母も、大丈夫大丈夫といっていたのに、その後すぐに死んでしまった。やけに不安になって、「お母さんは死なないで」と言ったときに、「大丈夫だよ」と笑っていた母も、小さかった理梨を抱きながらそのやり取りに苦笑していた父も、結局いなくなったじゃないか。
「9時くらいなったら、お姉ちゃん行ってくるからね」
「うん。早く帰って来てね」
何気ないこんなやり取りも、どこかぎこちなく感じてしまった。
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