(8)



私は今、とてつもなく後悔をしている。いや、アドリエンヌとお茶ができたことはこの上なく嬉しいのだが、もう少し時間を送らせてくれば良かったのだ。


「うん、とてもおいしいね」

「甘ったるいだけだろ」

「そんなことはないよ。一口食べてみるかい?」

「誰が人の食べかけを食べたがるんだ」

「別に私が食べたところを食べろと言ってるんじゃないよ。それにフォークとナイフだって新しいものを持って来てもらうつもりだったさ」

「ふん、だとしても僕は食べないからな」

「うーん、残念」


目の前にいるのはパンケーキを食べて美味しそうにしているラインハルトと、足を組んで優雅に紅茶を飲むクロードがいた。そう、彼らと出会ってしまったのだ。

それは遡ること数分前。目的のカフェテリアへとやって来た私たちは、案内された席へと座ってメニューを眺めていた。


「どれも美味しそうですわね」

「ええ。何にするか悩みます」

「お値段もリーズナブルですし」

「えっと、そ、そうですね」


リーズナブルと言った彼女だったが、そのお値段はオルドフィールドの学生に合わせたものになっているためか私にとっては少し痛い出費だった。しかしせっかくの楽しい時間だ。水をさすようなことはしたくなかったので、この際値段は見なかったことにして、しかし比較的安めのパンケーキを注文した。

パンケーキが運ばれてくる間、私たちは他愛もない話をしていた。これからの学校生活が楽しみだとか、通学は一緒にしようとか、そんな会話。


「寮生活がとても不安ですわ」

「大丈夫ですよ。何かあれば寮母さんが助けてくれますし。もちろん私も」

「カーラはとても頼りになりますね」

「でも私が出来ることなんてとても少ないですよ」

「こうやってお話してくださるだけでとても心強いですわ。それに、こうしてお友達と一緒にお茶をするのが夢でしたの」

「え?」


嬉しそうに話すアドリエンヌに、思わず言葉が盛れる。そんな私に勘違いした彼女は、途端に眉尻を下げて申し訳なさそうな表情になった。


「あ、ごめんなさい。そうですわよね、初対面であのような態度をしておきながら今ではお友達だなんて……」

「ああ! 違うんですアドリエンヌ! 顔を上げてください!」


ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳は寂しそうに揺れていて。さっきの自分を殴ってやりたいぐらいだった。


「まさか貴女にお友達だなんて思ってもらえてるとは思わなかったので驚いてしまって……私、女の子の友達がいないので」


友達を作って交流するよりも魔導書を読んで勉強することが楽しかった、日本にはない魔法の世界。ハマるのも無理はないだろう。レオンとも会えば魔法の話ばかりしていたし。


「カーラにお友達がいないだなんて信じられませんわ」

「そうですか?」

「だってこんなに話しやすくて明るい方なのに」


驚いた表情のアドリエンヌに、私は恥ずかしくなって笑って誤魔化す。面と向かってそう言われるのは初めてで、なんだかくすぐったい。落ち着かせるように咳払いをした後、私は背筋を伸ばして目の前の彼女を見つめた。


「改めて、私とお友達になってください」

「もちろんですわ!」


アドリエンヌにガシッと手を掴まれ、激しく上下に振られる。それほど彼女も喜んでくれているというわけで。私も嬉しくなって一緒に手を振っていると、カランカランとドアが開いたのが目に入った。


「ここだよ」

「……まさか僕がこのようなところに来るとはな」


そう言いながら入って来たのは、まるで予想外の人たちで。ラインハルトとクロードがいた。なんだか嫌な予感がしてバッと顔を背けたが時すでに遅し。


「おや? カーラとアドリエンヌ嬢ではないですか」


ラインハルトに見つかってしまった。


「あぁ、私たちの席は彼女たちのところで」


案内しようとしていたウェイターに軽く手をあげて制止し、そのまま私たちの席へと近づいて来た。いやいやなんでこっちに来るんですか他にも席空いてますけど!? なんてもちろん言えるはずのなく。諦めてアドリエンヌの隣に座ることにした。仕方なくね!


「こんにちは。アドリエンヌ嬢、そしてカーラ」

「ここここんにちはですわっ!」

「……こんにちは」


緊張のあまり声が上擦ってしまったアドリエンヌは恥ずかしそうに耳まで真っ赤にしている。私は彼女との楽しいデートを邪魔されたことに少し、いやかなり怒っていた。アドリエンヌとの時間を返してほしい、と危うく言いそうになったが、そんな私を見たクロードと目が合った瞬間、なぜか鼻で笑われた。


「私はこれにしようかな。クロードはどうする?」

「僕は紅茶だけでいい。甘いのはあまり食べないからな」


というかこの2人はこんなにも仲良くなっていたのか、と驚いてしまう。別のクラスなので何があったのか分からないし、ゲーム内で描写があったとしても覚えていなかった。だんだんと記憶が薄れて来ている自覚がある。覚えているのは主要な事柄ぐらい。シルヴィアの転入、レジスタンスの過激化、そして……。


「カーラ?」

「え?」


アドリエンヌに名前を呼ばれて顔をあげると彼らの視線が私へと注がれていた。どうやら考え込んでしまった私を不思議に思ったらしい。しまった、不審に思われたかもしれない。


「どうしましたの?」

「あ、いや、パンケーキが遅いなぁって思いまして」


あははは、と誤魔化すように笑っているとタイミングよくアドリエンヌと私のパンケーキと紅茶のセットが運ばれて来た。これ幸い、とパンケーキを切り分け、口の中へと放り込んだ。


「ん、んー! おいしい!」

「本当ですわ!」


ふわふわでしっとりで程よい甘さで紅茶と合う! 甘いものが大好きなお母様とアゼルの顔を思い出し、もし王都にお母様たちが来ることがあったら連れて来てあげようと心に誓いつつ、さらにもう一口パンケーキを口に運んだ。そんな私たちを楽しそうに見つめるラインハルトと、甘いものが苦手らしいクロードが顔をしかめながら眺めていたが、今はそんなのに構っていられない。目の前にこんなにもおいしいパンケーキがあるのだから。


(レオンとも来たいなぁ)


なんて考えてしまう。レオンが変装したレニーとなら平気だろうか。いや、彼は王太子殿下なのだ。万が一バレてしまったら大変だ。もちろんレオンの変装魔法の腕を疑っているわけではない(彼はもう自分で変装できると、以前手紙で教えてもらったことがある)。だがもしも何かの拍子でバレてしまって、さらに一緒にいたのが私だとバレたら大変なことになってしまう。


(……なんだか胸が、苦しい)


一気に食べすぎたのが原因だと考え、フォークを置いて紅茶に口をつける。アッサムの渋みが口の中に広がった。下を火傷しないように気をつけつつ、目の前の彼らが注文している声を聞きながらカップを傾ける。


(レオンと友達でいられるのはいつまでだろう)


私はそっと、彼からもらったブレスレットを優しく撫でた。

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