(7)



結局あの後アドリエンヌ達に追いつくことができなかった私は大人しく教室で待っていた。自席に座り、先程まで会っていたレオンのことを考える。

彼はすっかり“レオン・リンフォード・ダンフリーズ”になっていた。私が知る、攻略キャラの一人。パッケージに大きく載っている彼は、やはりかっこいい。


「レオン王太子殿下、か」


シルヴィアは一体誰のルートに入るのだろうか。ラルフ? ラインハルト? クロード?


「それとも、レオン……?」


ポツリとつぶやいた時、何やら胸に違和感があった。ほんの一瞬のことだったので気のせいだったかも知れない。私は胸に手当てて湯っ来ると息を吐き出した。


「レオンとシルヴィアが結ばれてくれればいい」


乙女ゲームの主人公とレオンが結ばれるのはとても喜ばしいことだ。彼女が皇后になって、この国はいつまでも幸せに包まれていたと、おまけにあったSSでそう表現されていたから。そうなればきっと、レオンも幸せになれる。それなのに、なんだか気分はすっきりしなくて。


「……昨日の夜ご飯、食べすぎたみたいね」


入学について考えすぎていたせいで食欲のなかったが無理やり食べた昨日の夜ご飯。それが今になって苦しくなってくるとは。今日の昼食はあっさりしたものが食べたい、なんてそんなことを考えているとだんだんと廊下が騒がしくなって来た。


「まあ、カーラ。教室にいたんですの?」


教室に入って私を見つけたアドリエンヌに声を掛けられる。彼女は大きい瞳をさらに大きくして(とても羨ましい限りだ)私の席に近づいて来た。


「結局追いつけなくてここに戻っちゃいました」

「それなら貴女を待っていればよかったわ」


ぷくっと頬を膨らませるアドリエンヌはまるで胡桃を詰め込んだリスのようで。その可愛さに頬が緩みつつ『後で案内していただいてもいいですか?』と訊けば、彼女はとても嬉しそうに頷いてくれたのだった。











「つっかれたー!」


今日は午前で終わり。案内された寮について早々、私はベッドに倒れ込む。実家のベッドより少し硬いが、寝心地は悪くない。このまま寝てしまいたいが、運び込まれていた荷物を思い出してゴロンと仰向けになる。

寮は基本的に一人一部屋。まあ貴族のおぼっちゃまやお嬢様が集まっているのだから当たり前と言っちゃ当たり前。私も一応一人部屋だ。今はまだ。急遽転入してくるシルヴィアの部屋をどうするかで白羽の矢が立ったのは私。確かゲーム内では誰もシルヴィアと同室になりたくなくて(貴族には相部屋は無理だろう)先生達も困っていたところにカーラだけが了承した、みたいな感じだったはず。今でも十分広い部屋だ。シルヴィアが来ても問題はない。


「シルヴィアが転入してくるのはいつだったっけ」


初夏に差し掛かる季節だったような気がする。ということは後2ヶ月ぐらいか。


「入学が4月とか、そこら辺は日本基準なのよね」


外国は9月が多いらしいが、日本は4月始まりが基本だ。やっぱり日本のゲームだからか、そこら辺は日本に合わせているようだった。そこはありがたい。


「シルヴィアが転入して来てからが本番、か」


私が出来ることは数少ない。そもそもゲーム内のカーラがどう過ごしていたのか、後半になるにつれ描写がほとんどなかった。そんな私がどう動いたとしても結果は変わらないとは思うのだが。


「あー! 考えても仕方ない!」


今からあーだこーだ考えていても答えなんて見つからない。それならばせめて今だけは自由に行動をしよう、そう心に誓ったと同時に部屋のドアがノックされた。


「はーい」


ベッドから素早く飛び起きてドアを開ける。そこには未だ制服のままのアドリエンヌが立っていた。


「今よろしいですか?」

「はい、どうされました?」

「あの、ですね。そのぉ……」


指先を擦り合わせて何やらもじもじしているアドリエンヌ。その姿が珍しくてついついじっと見つめてしまった。いやほんとアドリエンヌは何をしても可愛い。ゲーム内の彼女とはまるで違う。プレイした人全員に声を大にして言いたい。アドリエンヌは! とっても可愛い!! と。


「パ、パンケーキを食べに行きません!?」

「え?」


彼女の口から出たのは全く想像もしていなかった言葉。ふわふわで甘くておいしい“パンケーキ”だった。


「学校の近くにおいしいカフェテリアがあると、ぐ、偶然耳に致しまして、カーラもどうかしらって思ったんですけれど……」


だんだんと小さくなっていく言葉と共に、彼女の耳はどんどん赤くなっていく。これはあれか、お茶のお誘いというやつか。


「あ、その、今日は疲れましたし、無理にとは……」

「行きます!」


自分でも思った以上の声が出てしまい廊下に響いてしまったけど、今はそんなの気にしていられない。可愛いアドリエンヌが耳を赤くしてお茶に誘ってくれているのだ。断るわけがない。


「ちょうど私も甘いものが食べたいって思っていたんです!」

「まあ……!」


嬉しそうに破顔させるアドリエンヌに私も嬉しくなってくる。先程まであっさりしたものが食べたいと思っていたが、今ではすっかりパンケーキを欲している。現金だな、私は。


「少しお待ちください。すぐ準備しますから!」


部屋の中へと戻り、簡単に髪を梳かす。ベッドの上でゴロゴロしたせいで乱れていたからだ。鏡に向かって胸元のリボンを直し、そして小さなバッグを肩から斜めにかけた。


「お待たせいたしました」

「では参りましょう」


ふふっとお互いに顔を見合わせて微笑み、私たちは束の間のお茶を楽しむために歩き出したのだった。

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