第2部(1)
目の前に大きく聳え立つのは、王立オルドフィールド。上流貴族の子息、令嬢が通う魔法学校はその外観はもちろんのこと、内装に至っても豪華絢爛。本当にここは学校なのかと疑いたくなるほどで、そりゃあ学費だってバカ高いのは納得だ。私は門を前に、一歩も動けずにいた。なぜなら自分が場違いだという視線が嫌なほど突き刺さっているからで。深い息を吐き出しながら、私は数週間前の出来事を思い出していた。
「ふんふんふ~ん」
適当な鼻歌を歌いながら、私は買い揃えるべきものをリストアップしていた。教科書は学校で全員分用意してくれるらしいのでわざわざ買う必要はないが、授業で使うノートやペン、バッグなどを新調する予定であった。
この日のためにお小遣いを貯めていて良かった、とビンに入れられた銀貨に目を向ける。決して多くはないが、これだけあれば十分買える金額でもあった。購入すべきものを書き終えた私はペンを置き、そして椅子から立ち上がると、いつからそこにいたのか我が弟が何とも言えないような表情でこちらを見ていた。
「あら、アゼル」
「……姉さん、また一人で買い物に行く気だったでしょ」
「えぇ、そうだけど」
「僕も行く」
「何か欲しいものがあるなら私が買ってきてあげるけど?」
「一緒に行きたいだけだからいい」
「そう?」
当たり前だが、私が成長をすればアゼルも成長した。伸び盛りの身長は私を抜かしたし、声だって低くなっていた。しかし私にべったりなのは変わらなくて、普通は思春期を迎えた男の子って姉を疎むんじゃないかと思っていたのにそんなことは全然なかった。今みたいなやり取りも何回もあったし、特にここ最近多い気がする。なのでアゼルに聞いてみることにした。
「ねぇアゼル」
「んー?」
「最近、今までよりべったりよね? 何かあった?」
直球過ぎたかと思ったが、アゼルのことだ。気にするような性格でもないだろう。アゼルはきょとんと目を丸くして、そして不満そうに口を開いたのだった。
「だって姉さん、もうすぐで入学でしょ」
「うん」
「そうしたら寮生活だし、こっちに帰ってくるのなんて長期休みでしか……」
「え?」
彼は何を言っているのだろうか。村の学校なんだから寮になんて入らないし、そもそも寮なんてない。それに家から通うのだから毎日顔を合わせることだろう。噛み合わない会話に首を傾げる。そんな私に、アゼルも同じように首を傾げた。
「アゼル、何を言っているの?」
「姉さんこそ」
「だって私はおじい様の学校に行くんだよ?」
「え? 父様はオルドフィールドだって言ってたよ?」
予想外の言葉に思考が停止する。
今、アゼルはなんて言った?
お父様が、オルドフィールドって言っていた?
「ええええっ!?」
部屋中に響き渡る私の叫び声。目の前のアゼルは耳に手を当てて顔を顰めているが今の私には関係なかった。嘘でしょ、何考えているの、どうして私がオルドフィールドなの!
「お、お父様の所に行ってくる」
「う、うん」
私は呆然とするアゼルをこの場に残して部屋を飛び出た。大股で廊下を歩き、途中すれ違ったスチュアートに『お嬢様!』と怒られたので(げっ)と思いつつも素直に謝ってゆっくりと歩く。そして彼の横を通り過ぎた時、再び大股で歩き出したら背後から『カーラお嬢様!!』とまた怒られてしまったけど聞かないフリをした。なぜなら今はそれどころじゃないからだ。お父様に確かめなければならない。どうして私がオルドフィールドに入学するのかを。
「お父様!」
ノックすることも忘れ、お父様の部屋に飛び込んでしまった。幸い部屋にいたのはお父様だけだったので醜態を晒すことはなかったのだけれど。
「……カーラ、部屋に入るときはノックぐらいしなさい」
「そんなことよりもお父様! 私がオルドフィールドに入学するのは本当ですか!?」
呆れたように息を吐くお父様の言葉はこの際無視させていただく。だって今はこちらの方が重要だったからだ。
「アゼルから聞いたのか」
「えぇ、なのでお父様に直接確認することにいたしました」
鼻息荒く、真っすぐお父様を見据える。そんな私をちらりと見て、お父様がソファーに座るようにと促したのでお言葉に甘えて腰を下ろした。机の上に散らばった書類を軽く片付けたお父様が正面に足を組んで座る。
「入学式当日に騙して連れて行こうとしたんだがな。バレてしまったなら仕方がない」
……お父様、今さらりとすごいことを言いませんでした? しかしお父様はそれを気にすることなく淡々と続ける。
「私が入学届けを出しておいた」
「なぜそのようなことを! オルドフィールドは学費がとても高いんですよ? そんな余裕、うちにはないじゃありませんか!」
だからアゼルのために私に使ってほしくなかった。私よりも弟に環境の整った場所で勉強に励んでほしかった。それなのに、なぜ。なぜお父様は勝手に……!
「カーラ、お前は私達のなんだ?」
「……え?」
「お前は、私達の娘だろう?」
お父様の言いたいことが分からずにぱちくりと目を瞬かせていると、お父様が小さく笑った。
「大切な娘に最高の環境で勉強をさせてあげたいと思うのは親として当然だろう? それにお前が心配するほどうちにお金がないわけじゃない」
「お父様……」
「カーラとアゼルには、私が学んだ場所で勉学に励んでもらいたいんだよ」
手が伸びてきて、私の頭に乗せられた。大きくなってもお父様に頭を撫でられるのは好きだし、とても安心する。だからだろうか。これ以上反論する気が起きなくなったのは。
「……無理なんですよね?」
「ん?」
「もう、入学する手続きをとってしまったから、今から取り消すのも無理なんですよね?」
「まぁ難しいだろうな」
しれっと言ってのけるお父様に、私はわざとらしく息を吐きだした。もう無理なら仕方がない。本当は嫌だけれど。通わないと昔から決めていたのに、こうもあっさりと決まってしまうと逆に冷静になる自分がいた。
「ところでお父様」
「なんだ?」
「私、試験とか受けていないんですが、どうやって入学許可を?」
しん、と静まり返る部屋。私を見ていたはずのお父様の視線は全く別方向へとゆっくりと動かされる。嫌な予感がした私は恐る恐る聞いてみることにした。
「お父様、もしかして裏口……」
「バカなことは言うもんじゃないぞカーラ」
「あ、はい」
にっこりと微笑むお父様はなんだか胡散臭くて。これ以上追及するのは自分のためにならないと判断した私は、おとなしく口を閉じてソファーに座り直した。そのタイミングでスチュアートが紅茶を運んできてくれたので(ちゃんと私の分がある辺りさすがスチュアートだと思った)ありがたくいただくことにして、私は淹れてくれた紅茶を口にしたのだった。
それからの数週間、私はお父様とアゼルと共に入学準備で王都に行ったりと忙しかった。そのせいでレオンに手紙を書く暇がなかったので入学について話せなかったが、彼もオルドフィールドに入学するのだから直接話せばいいかと考える。その時どんな反応をするのか楽しみだが、それよりも私は不安があった。
モブキャラとして、シルヴィアをきちんと支えられるか。
これからの学生生活を無事に乗り切れるのだろうか。
不安で、仕方がなかった――……。
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