番外編:王太子殿下の憂鬱3
カーラは、ぼくを怖がらなかった。魔法を使ったというのに、彼女は怖がるどころかお礼を言ってくれた。それに怒ってくれたのだ。ぼくを否定する周りの大人に。そんな言葉に耳を貸してはいけないと。そして、ぼくの魔法を素晴らしいと言ってくれた。
父上と母上以外に言われたのは初めてでどう反応すればいいのか悩んだけれど、カーラがあまりにも真剣だったものだから思わず笑ってしまったんだ。
そんな彼女と手紙のやり取りをするようになって数年。ぼくは今日もカーラへの手紙を書いていた。
「殿下」
羽ペンを走らせるぼくに向かって声がかけられる。どうやら集中していたようで、彼が部屋に入ってきたことに気が付かなかったようだ。
「やぁ、オリバー」
「……またお手紙を書かれていたのですか」
「うん。息抜きになるからね。少し待ってくれるかい?」
最後に『また遊びに行くね』という一言を付け加えて羽ペンを置いた。父上とジェド殿のように便せんに書けばカーラの便せんにも書き込まれるような魔法が使いたいのだが、ぼく達はまだそこまで出来なかった。特にカーラは先日少しだけ浮遊魔法が成功したと喜んでいたし。手紙に書かれた彼女の文字も弾んでいるようだった。
父上達に頼んでもいいのだが、ただでさえ忙しいのにそのようなことを頼むのは気が引けるので、ぼく達は未だに手紙を鳥にして空を飛ばせていた。
「そちら、届けて参りましょうか」
オリバーの視線が便せんに注がれる。大丈夫だ、と首を振って便せんを鳥に変える。それは数度ぼくの上を旋回した後、窓際に羽を落ち着かせた。
「それに嫌なんだよね」
「嫌、とは?」
「それは教えられないかな」
ぼくよりも早くオリバーが窓へと近づいて少しだけ開ける。その隙間から鳥は飛び立っていった。今日は少しだけ風が強いが雨が降っているわけではないので大丈夫であろうと考えながら、閉めた窓の鍵をして確認するオリバーの姿を見つめた。
(オリバーとカーラを会わせたくないだなんて言えるわけないしなぁ)
なんとなく、会わせたくなかった。先日のダンスパーティーで、カーラが貴族の子息と楽しそうに会話しているのを見てしまった。ぼくだって彼女と話したかったのに、あの場で話すのは彼女のためにもならないと場所を変えたけれど、周りの目を気にしないで話す子息達が羨ましくて、嫌だった。見えている場所でもそうだったのだ。ぼくの目が届かない場所でオリバーがカーラと話すのはもっと嫌だった。だからぼくはオリバーに手紙を託そうと思わないし、カーラの邸宅に遊びに行く時も彼を連れてはいかなかった。
(オリバーはぼくの鳥なのに、ね)
昨年、父上からオリバーを紹介された。『今日からお前の鳥だよ』と。初めはお互いに心を開けなかったが、最近はそうでもなく。ぼくはオリバーを信頼しているし、彼もまた同じであると伝わってきていた。だからこそぼくに対してでも普通に嫌な顔をするし、呆れたりもする。まぁ、主にカーラの話題でだけれど。
「そろそろカーラの所に遊びに行こうかな」
「ダメです。明日からご公務でしょう? それなのに遊びに行くなどと」
「今日じゃなくて時間が取れた時になんだけど」
「……ダメです」
はぁ、と息を吐くオリバーに苦笑が漏れる。彼は心配性なのだ。ぼくが道中で怪我をするのではないか、何か事件に巻き込まれるのではないか、と。さすがに何かがあれば対処できる歳にまで成長したというのに。父上もそれを認めてくれたから最近では一人で遊びに行くことも出来る。だから大丈夫だと言ってもオリバーはいつも渋い顔をするのだ。
「最近遊びに行けてないんだよ」
「ご公務が落ち着かれてから行かれては?」
「……予定を詰めたのはオリバーでしょ」
「なんのことやら」
わざとらしいその口調に深く息を吐く。こんなことなら父上の手伝いをするなどと言わなければよかった。ぼくはもうこんなことが出来るんだよ、とカーラに言いたいがために始めたことだが、それに伴う弊害まで考えが及ばなかったのだ。カーラに会いたい。彼女に会うだけで元気が出るのに。しかしなかなか会う時間を確保できないので手紙で我慢していた。
「カーラもオルドフィールドに入学すればいいのに」
父上とジェド殿がご学友だったからてっきりカーラもオルドフィールドに入学すると思っていたのだが彼女はマルサス家の財政と弟であるアゼルを考え、近くの学校に入学すると言っていた。
「そうすれば一緒にいられるのにね」
「殿下のお隣にいたら周りのご令嬢方から反感を買うと思いますが」
「……オリバーって時々いじわるだよね」
「事実を言ったまでです」
何をそこまでカーラに目くじらを立てるのか。会ってみれば彼女がどんなにいい子か分かるのに……会わせたくないけど。
「ぼくに力があればなぁ。カーラを入学させるのも簡単なんだけど」
「それは裏口入学ですか?」
「うん」
「うんって……いいですか殿下。そのようなこと、もしもバレれば王家の信用が地に落ちて……」
「冗談だよ冗談。さすがにやらないよ」
「それならいいのですが。殿下はカーラ嬢に対して甘いところがございますから」
そんなことないよ、と言おうとしてやめた。彼女に対して甘いというのは自覚している部分でもあるからだ。しかしこれを肯定するのは得策ではないので、ぼくは曖昧に笑ってみせた。
「カーラのおかげで救われたから」
物事を前向きに考えるようになったのも、日常が楽しくなったのも。全部カーラのおかげだと思っている。だから彼女に対して甘くなってしまうのは仕方がないのだ。
「……確かに、以前の殿下とは違いますね」
「ん?」
「いえ、なんでもございません」
あまりにも小さすぎた言葉に聞き返してみたのだが、オリバーはやんわりと頭を振って、そして小さく頭を下げた。
「殿下、ご報告がございます」
「……うん」
彼の纏う空気が変わる。ぼくも背筋を伸ばして彼を見据え、無意識のうちに眉根を寄せる。オリバーは仕事へと切り替えたのだ。だからぼくも切り替えなければならない。
「例の反対勢力、レジスタンスについてですが、どうやら勢力を拡大しつつあるようです」
「勢力を拡大……」
「若者にあることないことを吹き込み、彼らを手中に収める。そしてそれは貴族にも浸食し始めております」
「貴族にも?」
「はい。北部にあるベルナールド家ですが、他国とレジスタンスとの魔道具の売買の仲介をしているようです」
「軍事用の、ということか」
「はい」
魔道具には色々なものがある。己の魔力を最大限に引き出すもの、相手に直接攻撃をするもの。それを揃え始めているということは、彼らもそろそろ本格的に動き始めるということだろう。
「分かった。とりあえずこの件については父上に報告をしておくよ。それにベルナールド家についても」
「はい」
「ベルナールド家、か」
うさんくさい笑顔を浮かべた、ふくよかな男性を思い浮かべる。確かに彼は羽振りがいいと思ったが、まさかレジスタンスと繋がっているとは。しかし魔道具の輸入はなかなかに難しいはずだ。それなのに輸入が出来るということは、何か裏ルートがあるということなのだろうか。
「ありがとう、オリバー」
「いいえ、自分の仕事をしたまでです」
相変わらずな謙虚さに、ぼくは隠すでもなく笑ってみせる。オリバーは優秀だ。だからこそ信頼出来るし、信用も出来る。
「早速父上に報告してくるよ」
「かしこまりました」
「そうだ、オリバー」
「はい」
「久しぶりに君が淹れるダージリンが飲みたいな」
オリバーは一瞬驚いたような表情をした後、わざとらしく肩をすくめた。こういう時は怒っているでも呆れているでもない。恥ずかしいのを隠そうとする動作だと知っている。
「分かりました。準備しておきます」
「ありがとう」
頭を下げて部屋を出て行ったオリバーを見送り、そして机の上に飾られたスノーフレークにそっと触れれば、小さい白い花が可愛らしく揺れたのだった。
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