(22)



「誕生日おめでとう」


二度寝をして再び目覚めた私の元にお父様がやって来てくれた。どうやらプレゼントをわざわざ届けに来てくれたらしい。寝ぼけていた頭は一気に冴え、ベッドから転げ落ちるようにして下りれば、お父様がため息をこぼした。


「……カーラ、もう12歳なのだから少しは落ち着きを身につけなさい」

「えぇ、そうでした。ごめんなさいお父様」


眉尻を下げてみせれば、お父様はそれ以上言う事はなかった。私が反省の意を見せれば深く追求されない。それがここ4年で学んだ一つでもあった。


「これを」

「わあっ!」


飛び跳ねたくなるのをぐっとこらえて、私はお父様から頂いた箱を抱き締める。中身は恐らく私がそれとなく言っていたものだろう。ちらりと見上げると、お父様は小さく頷いてくれた。それでは失礼して、とリボンを解き、そして箱を開けてみる。箱に入っていたものは新しい羽ペンとインクで。今まで使っていたものはすっかりぼろぼろになってしまったので、新しい羽ペンが欲しかったのだ。インクも、最近は早く乾くものが王都にはあるとレオンに聞いていたのでそれも買ってもらった。早く書き心地を試したい。


「ありがとう、お父様」

「あぁ」


お父様は短く答えて、そして部屋を出て行った。ぱたんと閉じたドアから視線を外して、私は急いで机に向かった。引き出しから紙を取り出して机に広げ、頂いたばかりの羽ペンをインクへ浸けた。今までのもとは違い、すらすらと書ける上に渇きも早い。やはり王都の流行りは違うなぁなんて思いながらペンを走らせていった。

しばらく羽ペンとインクの書き心地にうっとりとしていると、いつものように窓がコンコンと叩かれた。どうやらレオンの手紙が届いたらしい。私は羽ペンを置いて窓を開けた。隙間から入り込んだ紙の鳥が室内に入り旋回した後、私の手元へと降りてその姿を便せんへ変えた。

手紙には私の誕生日を祝う言葉が書き連ねてあって、今年は会いに行けないのでプレゼントはまた今度会った時に、と書いてあった。そんな気を遣わなくてもいいのに、とも思うがそれが彼の優しさなので無下にすることはしたくなかった。

私はレオンへ返事を書くため便せんを取り出し、先程まで試し書きをしていた羽ペンを手に取って便せんへと走らせる。誕生日を祝ってくれたお礼と、また会える日を楽しみにしているという簡単な返事を書いて、後でお父様に届けてもらおうと小さく折りたたんでポケットにしまったと同時に部屋がノックされた。


「姉さん」


部屋に入ってきたのはアゼルで、その手には可愛らしい袋が下げてあった。彼は恥ずかしそうにしていたけれどそれを私に差し出して、小さく『誕生日、おめでとう』と言ってくれた。


「ありがとう、アゼル」

「……うん」


最近のアゼルは私にべったりしなくなった。もう10歳だから仕方がないのだろうけれど少し寂しかったので、こうして直接お祝いの言葉を述べてくれるのはとても嬉しかった。もう少し成長したら話してくれなくなってしまうのだろうか、と考えて落ち込んでしまうが、考えても仕方がないので頭の中から追い払ったのだった。


「アゼル、開けてもいいかしら?」

「もちろん」


可愛らしいリボンを解いて袋を広げてみる。中に入っていたのはマカロンやマフィンやキャンディーなどの様々なお菓子で。その全てが私の大好きなものであった。早速今日のお茶の時にでも頂こう。


「って、これって王都で有名なあのお店の?」

「うん。この前、父様と王都に行った時に買ってきたんだ」

「まぁ、そうだったの」


王都でも買うのは難しいはずなのによく買えたなぁ、なんて思いながら、私はリボンを結んで机に置いたのだった。











その後、私はお母様から髪飾りを、スチュアートからは新しい魔導書を頂いた。どちらも私が欲しいと思っていたし、それとなく伝えていたものだけれど、実際に貰えるととても嬉しかった。私のことを考えて、私のために買ってくれたもの。嬉しくないはずがない。それらは大切にしまい、そして自分自身にもお祝いの言葉をかける。


「お誕生日おめでとう、カーラ」


ゲーム中では私の誕生日を祝うシーンなどない。けれどこうやってちゃんと祝われていたんだなとしみじみ思った。


(そもそもカーラの誕生日がいつかなんて話題にすら上がらないものね)


主人公のシルヴィアをお祝いするシーンはもちろん存在する。色んな人達にお祝いされて嬉しそうに微笑むシルヴィアはとても可愛くて、そして羨ましくもあった。だってたくさんのイケメンにお祝いしてもらえるんだもの。そりゃあ羨ましくもなる。


「でもそれはシルヴィアがいい子で可愛いからなんだろうな」


だから自然とその周りに人が集まるし、人脈だって広がる。主人公だからというよりは、彼女自身に魅せられるんだろう。私にもその魅力が欠片でもあれば、なんて考えてから頭を振った。シルヴィアはシルヴィア、私は私。全く別の人間なのだから違って当たり前。私は私の良さを伸ばせばいいのだ。


「いや、私の良さって何よ」


就活の頃も苦手だった自己分析。どうやら今世でも苦手なようだ。私はうーんと頭を捻って考えてみるが、一つも浮かんでこない。やばい、私にはいいところなんて一つもないんじゃないか。むしろ悪いところばかりが浮かんでしまう。落ち着きがないとか刺繍の練習をしても指に針を刺しまくってしまう程不器用だとか食べることが大好きで寝ぼけて『ライ麦パン!』と大声で叫んでお父様に呆れられているとか……あれ、本当にいいところがないな、私。


「こんなんで将来結婚できるのかなぁ」


まだ10歳であるが、将来について考えて息を吐きだした。もし貰い手が見つからなくても強く生きよう、うん。


私は将来を案じながら、アゼルから貰ったお菓子を頬張ったのだった。

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