(21)
暗がりの中に私は立っていた。周りは果てしなく真っ暗なのに自分の姿は鮮明で。何故こんな所にいるのかと考えようとしても頭がぼーっとして上手く働かない。
とにかくここにいても何も変わらない、そう思った私はゆっくりと足を動かす。進んでも進んでも暗闇から抜け出せない。声を上げてみても暗闇に吸収されるのか響かなかった。
「……あれ?」
目の前に現れた、小さな淡い光。手を伸ばせば、その光はゆっくりと広がっていった。その光の中にいるのは、見覚えのある女の人。肩より長い髪を一つに結って、パタパタと走っている。いつも時間に追われ、他人にミスを押し付けられても何も言わず頭を下げ、帰り際に仕事を増やされ遅い時間に帰るのもざらにあった。
(あぁ、そうか。これは私だ)
今の私になる前の、私。そしてこれは、私が死んだ日の映像だった。
その日も残業をしていた。朝早く出勤し、夜遅く帰宅する。大好きな乙女ゲームも出来なくて、ただ仕事をこなすだけの毎日に限界が来ていた。けれど死にたかったわけではない。私は休みたかったのだ。朝ゆっくりと起きて自分の好きなように過ごしてゆっくりお風呂に入っていっぱい寝る。そんな休みが1日でいいから欲しかった。
そんなことを考えながら歩く私の足取りはふらついていて、今の私が見ても危なっかしいものだった。歩道橋をやっとの思いで登り、ふらふらと歩く。途中立ち止まり、道路を行き交う車のヘッドライトを眺めていた。
「……ダメよ」
ちゃんと歩いて。ちゃんと前を見て。ちゃんとして。私がどれだけ叫んでも、光の中の私はふらふらと歩いている。疲れが溜まり、睡眠が足りない頭では正常に物事を考えるのは難しく、動きも鈍い。だから階段を降りている最中に自分の足に躓いて前のめりに倒れ込んでも反射的に手すりを掴めず、そのまま転げ落ちてしまったのだ。
「……っ!」
ぎゅっと目を閉じる。そうだ、私はこうやって死んだんだ。あの時私が『休みたい』と言えていたら、仕事の量に意見していたら。私はまだ生きていたかもしれない。
「私は、一度死んでるのよ」
だからこそ、平凡な幸せを望んでいるのだ。あんな結末になってしまったからこそ、家族を悲しませてしまったからこそ。私は同じ結末を迎えたくない、今の家族を悲しませたくない。
「平凡が、一番なの」
光は徐々に私を包み込み、その眩しさから目を閉じる。その時、誰かの声が辺りに響いた。
──カーラ。
この声は、誰の声だっけ。
ゆっくりとまぶたを持ち上げる。一瞬ぼーっとしてしまったけれど、見慣れた天井を見ているうちに、自分は夢を見ていたのだと気づく。
「……なんて夢なの」
自分が死ぬ瞬間を客観的に見る夢だなんて縁起でもない。短く息を吐き出して起き上がる。部屋はうっすらと暗く、今はまだ夜中なのだと実感した。
「せっかくの誕生日にこんな夢を見るなんて」
そう、今日は私の12歳の誕生日だった。朝起きたらお父様達にお祝いの言葉と共にプレゼントを頂く。欲しいものは事前にそれとなく伝えていたので、たぶんそれが貰えるはずだ。アゼルからは恐らくお菓子の詰め合わせ。昔は庭の花だとか、私の似顔絵だとかをくれていたけれど、彼ももう10歳になる。お小遣いを貯めて私にプレゼントをしてくれるようだった。
レオンとは知り合って4年が経とうとしていた。去年はバラの花のカメオブローチを頂いた。なんでも王都で流行っているようで、王太子がカメオブローチを購入したと噂にならないように、わざわざアレクおじさまに変装させてもらったらしい。そろそろ自分でもその魔法が使えるようになりたいと言っていたっけ。
「……もう、12歳なのね」
ついこの前、前世の記憶を思い出したはずが、それから4年近くも経った。相変わらず私はレオンと手紙のやり取りをし、来るべき日に向けてダンスレッスンをしていた。社交界デビューを果たせば他のご令嬢との付き合いも出てくるのでそれが面倒ではあるが、しないわけにもいかない。レオンだけではなく、他にも友達と呼べるような人を作るべきだと最近はよくお父様に言われてしまうので、仕方がない。
「魔力の、開花……」
自分の小さな手を見つめ、そして拳をぎゅっと握り締める。ゲームの私は水属性。それは変わらないと思うけれど、ラルフの幼少期に出会ってしまったりとイレギュラーなことが発生しているため油断はできない。
「……大丈夫」
何も心配することはない。
だって、私は私なのだから。
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