(19)


「レオン、いらっしゃい!」


王都で会って以来、お忍びでやって来たレオンと再会するのは久しぶりだった。手紙では何度かやり取りをしていたけれど(王都でのことをお母様に叱られたと報告したら『それはそうだよ』と返ってきたのを思い出す)直接会うのはなんだか恥ずかしい。それはレオンも同じようで、彼ははにんだように微笑んでいた。

そんな私達のやり取りを見ていたアレクおじさまに気が付いて、慌てて腰を落とした。


「アレクおじさま、お久しぶりです」

「やぁ、カーラ。レオンと仲良くなってくれて嬉しいけど私のことは忘れないでほしいな」

「ご、ごめんなさい」

「あぁ、いや。責めてるわけじゃないよ。ただ、これまではカーラを独り占めしていたのにレオンに取られちゃったなって思って」

「父上……!」


目の前で繰り広げられる仲のいいやり取りに口元が緩む。やっぱり親子なんだなぁと思っていると、遅れてお父様が姿を現した。


「アレク……お前はもう少し事前に連絡出来ないのか?」

「事前に連絡をしたらお前は来るなと言うだろう?」

「当たり前だろ。最近ただでさえ忙しいだろうに、此方にわざわざ来るだなんて」

「私にだって息抜きが必要なんだよ」

「その息抜きで宰相に小言を言われるのは私なんだがな」


今度は友人同士のやり取りが目の前で繰り広げられる。どんだけ仲良しなんだこの方々は。


「お父様、今日はレオンに村の案内をしたいのですが」

「あぁ、かまわない」

「スチュアートを同行させた方がよろしいですか?」

「いや、2人で行ってきなさい。私の領地で好き勝手出来るわけないだろうからな」


何事もなく言ってのけるお父様に、私とレオンは顔を見合わせ、アレクおじさまは笑っている。それを見たお父様が眉をひそめて『なんだ』と不機嫌そうな声を上げた。


「いや、さすがジェドだと思って。私も自分の国に対してそう言ってみたいものだ」

「おい、お前のと規模を同じにするなよ。此処は私の目が届くからそう言えるだけであって、さすがに国だったら無理だ」

「それでも領地が目の届く範囲と言えるお前が凄いけどな」


この会話を聞いているだけで、アレクおじさまはお父様を認めているということが分かる。いいな、私もレオンとこのぐらい仲良くなりたい。ちらりとレオンを見やると、彼はにこにことお父様とアレクおじさまを眺めていた。


「じゃあレオン、村を案内するわね」

「あ、うん」

「レオン、待ちなさい。アレがまだだよ」


アレクおじさまに呼び止められたレオンが『あっ』と短く声を上げた。アレとはなんだろう、と浮かんだ疑問はすぐに解決した。レオンに近づいたアレクおじさまが何やら呟いて指をパチンと鳴らす。その瞬間、レオンの髪と瞳が茶色に変わった。金髪と琥珀色の瞳は王族の証。いくら王都から離れた場所に住んでいたとしても、誰もが知っている事実だった。どうやらアレとは、レオンの変装のことだったようだ。


「お父様、アレクおじさま、いってきます!」

「行ってまいります」

「あぁ、あまり遅くならないように」


大きく手を振ればアレクおじさまに振り返された。それが嬉しくて、私はレオンの手を引いて少し足早に村へと向かったのだった。











「ここはメアリのパン屋さん」


村に到着した私は、まずメアリのお店に案内をした。お店からは美味しそうなにおいが漂ってくる。メアリの作ったパンはどれも美味しいとか、中でもライ麦パンは最高だとか話していたら、私の声に気づいたらしいメアリが顔を覗かせた。


「まぁ、お嬢様!」

「こんにちは、メアリ」

「こんにちは。お嬢様、そちらのお方は?」

「私のお友達の、えっと……」

「レニーと申します」


いくら今の姿が普段のレオンと違うからといってさすがに王太子の名前を告げるわけにもいかず、どうやって誤魔化そうかと考えていた私の隣でレオンがすぐに口を開いた。なるほど、偽名までちゃんとあるのか。


「私はメアリと申します。ようこそいらっしゃいました」


相変わらずの人懐っこい笑みに、レオンは一瞬躊躇ったが笑顔で返した。


「今日はレニーに村を案内しているのよ」

「それはそれは。よろしかったらお店にお入りください」

「レニー、入ってみる?」

「うん、入りたい」

「じゃあお邪魔します!」

「お邪魔します」

「はい、どうぞ」


メアリに招き入れられた私達は、パン屋さんの中へと足を踏み入れた。焼きたてのパンの香りでいっぱいの店内に、私はお腹がなってしまいそうだった。というか鳴った。隣でレオンが笑いを堪えている。恥ずかしい。


「メ、メアリ! 今日はライ麦パンはあるかしら?」

「ふふっ、ございますよ」

「じゃあ2つくださいな」


持ってきていたお金をメアリに渡す。彼女は受け取ろうとしなかったが、これは美味しいパンをいただくための等価交換なのだと話したら渋々といった様子で受け取っていた。


「カーラ、ぼくお金持ってきてない……」

「何言ってるの、今日は私の奢りだよ」

「え?」

「前に私を助けてくれた分と、この前の王都で私を探してくれた分。ね?」


本当はもっと高いものを渡したいが、私のような子供が大金を持っているはずもなく、日々のお小遣いを貯めてライ麦パンをご馳走するぐらいしか出来なかった。レオンは困ったような表情を浮かべていたけれど最終的には折れてくれたので、心置き無くライ麦パンをご馳走することが出来る。


「お待たせ致しました」


メアリは別々の袋にライ麦パンを入れてくれた。それをレオンと私は受け取り、メアリのお店を出る。


「またスチュアートと来るね!」

「はい、お待ちしております。レニー様も」

「えぇ、ぜひ」


お見送りをしてくれたメアリに手を振って、私は歩きながらライ麦パンを頬張る。もちろんこんな姿をスチュアートに見られたら怒られるのが目に見えているが、今は幸いにもいない。


「レオ……っと、レニー。冷めないうちに食べた方がいいよ」

「え、でも」

「大丈夫大丈夫。誰も見てないから」


私とパンを交互に見やり、そして意を決してレオンが頬張った。目を見開き、口をもぐもぐして手元のパンを見つめている。


「どう?」

「……美味しい」

「でしょ? メアリのパンは王都のパンに負けないのよ」


普段から食べているパンを褒められてとても嬉しくなった私は、まるで自分が作ったかのようにえっへんと胸を張る。

そんな私にレオンは微笑み、そして一緒にライ麦パンを頬張ったのだった。

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