(18)



「シャバの空気は美味しい!」


あの王都の事件から一週間、ようやく私の謹慎が解けた。あの後やっぱりお母様にしこたま怒られてしまい、一週間部屋から出ないようにと言いつけられていた。その間、心配そうに部屋に来てくれたアゼルと遊び、いつものように魔導書を読み漁り、私は過ごしていた。

そして改めて認識したのだ。お母様を怒らせてはいけないと。お父様もそう思っているようで、私の謹慎に対して何か進言するということはなかった。家長がそれでいいのか、と思うが口にはしない。それでまた怒られたら適わないからだ。


「しゃば?」

「あぁ、アゼル、今の言葉は忘れましょうね」


中庭でアゼルと並んで芝生に横になっていた。青々とした空に浮かぶ雲はゆったりと流れていて。風が優しく私達の頬を撫で付けていった。


「アゼルは大きくなったら何になりたい?」


ごろんと弟へ体を向ける。なんとなく口にした言葉に、アゼルはきょとんとした後、恥ずかしそうに頬を染めた。


「あのね、ぼくね、おおきくなったら、すごいまほうつかいになりたい」

「すごい魔法使い?」

「うん! とうさまみたいに、すごいまほうつかい!」

「そっか」


アゼルにとって、いや、私にとってもお父様は偉大だ。つい最近まで知らなかったけれど、お父様はアレクおじさまの同級生。つまりオルドフィールドに通っていたということだ。そこに通えば将来安泰。ほとんどが魔法省に務めたり、他にも国の中枢を担う王都で重要な職に就く。しかしお父様はそのどれにも就くことなく、おじい様の跡を継いでこの地に戻り、領地を守っている。そんなお父様のことを村の人達は褒め称え、誇りだと言っていたのを聞いたことがある。

あまり私達の前で魔法を使わないので、魔力は中の中だとかってに思っていた。しかし違った。オルドフィールドに入るぐらいなのだ。私のようなものが測っていいものではない。


(アレクおじさまが一目置くぐらいだもの。きっとすごいんだわ)


私もお父様のような魔力があればいいのだけれど、ゲームの中のカーラは平均だった。いや、そもそもオルドフィールドに入っているのだから周りからしたらすごいのだろうが、それでもあの学校の中では平均だ。


(早く開花しないかな)


自分の手を見つめ、その来る日を想像する。楽しみで仕方がない。どのようになるのか、どんな感じがするのか。


「……お父様に聞けばいいんだわ」


そうだ、お父様に聞けばいいのではないか。お父様の時はどうだったのか、その上で何か準備しておくことはあるのか。そうとなったら善は急げだ。


「アゼル、お父様のお部屋に行きましょう」

「でもおしごとちゅうじゃ…」

「少しぐらい大丈夫よ」


休憩だと称してお話を聞けばいい。それならお茶とお菓子を持って行けば追い返されたりしないかもしれない。私はアゼルの手を引いて、まずはスチュアートの元へ走って行った。











「お父様、カーラです」

「アゼルです」


お父様がお仕事をされている部屋のドアに向かって名前を告げる。しばらくしてドアがゆっくりと開かれた。中々入ってこない私達に、お父様がわざわざ開けてくださったのだ。


「なんだ、茶器など持って」

「そろそろ休憩のお時間かと思いまして」

「おかしもあります!」


じゃーん、という効果音でも付きそうな様子で、私達はお父様に茶器とお菓子を見せる。お父様はそれをじっと見た後『入りなさい』と中に入れてくれた。

執務机の前にあるテーブルに茶器とお菓子を置き、お湯を持ってこようとした私をお父様が引き止め『子供がお湯を持ってくるものではない』と、珍しく魔法を使ってポットにお湯をたんまりと入れる。それを使って紅茶を淹れようとしたがやはり止められて、結局お父様が私達の分まで淹れてくれたのだった。それにミルクを入れ、私達はカップを傾けた。


(うん、とっても美味しい)


お父様が淹れてくれたかと思うと、それだけでとても美味しく感じた。それはアゼルも同じようで、美味しそうに飲んではクッキーへと手を伸ばす。


「それで、何か用でも?」

「そうなんです。お父様にお聞きしたいことがありまして」


両手でカップをテーブルへ置き、お父様へ体を向ける。私のその様子にお父様も同じようにカップを置いて、その長い足を組んだ。


「聞きたいこととは?」

「魔力の開花についてお聞きしたいのです」

「ほう」

「お父様が開花なされた時、どのような感じでした?」


ざっくりとした聞き方ではあるが、お父様は特に何も言わず、一瞬考え込んだ後口を開いた。


「あれはどう言っていいか難しいな。体が熱っぽいというか、ぼーっとするというか。風邪の症状みたいな感じだったな」

「風邪?」

「あぁ。私はそのぐらいで済んだが、アレクは寝込んだらしいぞ」

「まぁ、ということはレオンも寝込んだのでしょうか」

「どうだったかな。レオン様の開花はまだ公にはなっていない。知っているのは城の中でも一部の人間と、私とお前ぐらいだろう」


8歳での開花がそれほどまでに珍しいということを改めて思い知る。私はなんと言ったらいいのか分からなくて、ただ『そうですか』とだけ呟いた。


「……カーラもあと数年だな」

「はい」

「お前の属性がどのようなものになるか楽しみではあるが、その前に令嬢としての振る舞いを改めて覚えねばな」

「はぁい」


間延びした返事にお父様は不満そうに眉根を寄せたが、それ以上何か言うことはなかった。

とりあえず、開花への対処法は特にないらしい。しかしお父様とアゼルとのお茶はとても楽しいもので。おなかいっぱいになったアゼルと私がそこで眠ってしまったと気づいたのはお父様に『夕食だぞ』と起こされてからだった。

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