(16)
私は何故、この見ず知らずの人の肩に担がれているのだろうか。時折走る振動のせいで肩がお腹にめり込んで『ぐえっ』と変な声が出てしまうがこの人は走るのをやめなかった。
初めは手を引かれて走っていたのだが、今日はいつもと違って走り回れる服装でもないし、そもそもこの人のスピードについていけなくて息も上がってきた時、ひょいっと彼に担がれたのだ。
(いや、分かるよ? 私の足が遅いからでしょ? でもね、これってものすごく乗り心地が悪くてね、あ、やばい吐くかも)
込み上げてくるものを抑えようと両手を口に当てた所でその人は走るのをやめ、そして地面に降ろされた。なんだか久しぶりに地面に足を付けた気がする。まぁそんなことはないんだけれど。
「……ここまで来れば平気だろ」
「えっと、ありがとうございました」
とりあえず助けてくれたお礼を、と頭を下げる。私より少し大きい背丈なのによく担いで走れたなぁとか、それにしても綺麗な髪の毛だなぁとか、フード付きのポンチョみたいなものは邪魔じゃないのかなぁとか考えながら彼の顔をじっと見つめると、彼は『なんだ』と不機嫌そうに眉根を寄せた。
「あ、いえ、随分と力持ちなんだなぁって」
「大人を持つ時もあるからな、別に造作もない」
「大人を持つ?」
と聞いてみても彼はそれ以上答えることなく、今度は彼が私をじーっと見つめてきた。顔に何か付いてるだろうか、と手を当ててみるがそうではなかったようだ。
「あまり見ない顔だな」
「今日はお買い物をしに王都に来ただけですから」
「ふーん」
「あなたはどうしてあそこに?」
「……お前には関係ないだろう」
「まぁそうですわね」
この人があそこで何をしていようが私には関係のないこと。というよりここからどうやって戻ろうか。
(スチュアートにたくさん怒られるなぁ)
しかしそれだけならまだいい。このことは絶対にお母様に報告される。普段温厚な人がキレるとめちゃくちゃ怖いというがお母様がまさにそれで。知られたが最後、しばらく外出禁止令が出るに違いなかった。
「今のうちに外の世界を楽しんでおこう」
「は?」
「いえ、なんでも」
それより、と視線を再び彼に向けた。やはりどことなく似ている気がする。でも違ったら失礼だし、もしそうだとしたら何故このタイミングで出会ってしまうのか、私には理解が出来ない。
「あのぉ、つかぬ事をお聞きしますが」
「……なんだ」
「あなたの、その、お名前は?」
訝しげにこちらを見る彼に(まぁそういう反応するよなぁ)なんて呑気に考える。見ず知らずの貴族の娘に名前を聞かれたらそりゃあ警戒もするだろう。彼は名前を告げることなく真っ直ぐと見据えていた。
そんな彼にやはり名前を聞き出すのは無理だと悟り、やっぱりなんでもないと口を開こうとしたが、彼がぽつりと呟いた。
「…………ラルフ」
「へ?」
「俺の名はラルフ・バルトスだ」
“ラルフ・バルトス” 、やはりそうだ。彼は反対勢力に身を置くラルフ・バルトス。私が一番悶えたスチルの持ち主。
嘘でしょ、と言葉にならない。私は “あの” ラルフに助けられたのか。いやいや、だからなんでこのタイミングでラルフに出会うの? これは本当に私の知っている乙女ゲームの世界なのか、という疑問が浮かび上がる。ゲームの中のカーラは幼い頃ラルフに助けられたなんて話はしていなかったはずだ。それなのに私は助けられているし、こうして彼と話をしている。
(どういうことなんだろう)
しかし答えは出るはずもなく、うーんと唸る私の耳に『お前は』と呟くラルフの声が聞こえてきた。
「お前は、なんという名だ」
「あ、申し遅れました。私、カーラ・マルサスと申します」
いつものように裾を持ち上げて腰を落とす。それを見たラルフはぎょっと目を見開いていた。どうしたんだろう、と聞こうとするより早く、ラルフが『俺にそんな挨拶をするやつは初めてだ』なんて口にした。
「あら、そうなんですか?」
「こんな格好をしたやつに丁寧な挨拶をするやつがいるわけないだろう」
「目の前におりますよ」
「……お前は変なんだな」
おい、なんだその言い草は。助けてくれた人に対してきちんと挨拶をするのは当たり前だ。そのぐらいの常識は持ち合わせている。それなのに変とはなんだ変とは。
などと思っていることが顔に出ていたのか、ラルフは『ふっ』と小さく微笑んだ。
「まぁ!」
「な、なんだ」
「ラルフ、あなた笑った方が絶対いいですよ」
「……何を言ってる」
「あなたの笑った顔、とても素敵なんですもの」
ラルフはゲーム中もあまり笑わない。もちろん自分の使命のせいで笑うことがないのだが、最後の最後、彼はシルヴィアに対して微笑むのだ。ぎこちないけれど、優しくて甘い、素敵な笑顔で。
それの片鱗が垣間見えたので、ついテンションが上がった私はラルフに詰め寄っていた。そんな私からラルフが距離をとろうと足を後ろに踏み出した瞬間、私の後方から『カーラ!』という声が聞こえてきた。おじい様ともスチュアートとも違うその声音に驚き、そして振り向く。
「え、レオン?」
なんとそこにいたのは、私の初めての友達だった。
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