(15)



「えーっと、次は……」


ドレスの布地を予約した後は、通りに面したお店を色々と見て回っていた。おじい様はどうやらおばあ様へのお土産を探しているらしく、一緒に色々なものを見る。ネックレスだったりブレスレットだったり。髪飾りも可愛くて素敵なものばかりで目移りしてしまう。


「スチュアート、見て見て!」

「お嬢様……」


何故こんな所に鼻メガネが売ってるのか分からないが、あれば付けたくなるのが人間というもので。鼻メガネを付けてスチュアートに顔を向けたらめちゃくちゃ渋い顔をされた。ただの遊び心なんだからそんな顔しなくてもいいのに、と言おうとしたがやめる。ここで『淑女とは何たるか』について始まってしまったら、せっかくの楽しい気分が台無しになってしまう。なので私は鼻メガネを戻し、笑って誤魔化した。


「カーラ、此方と此方ではどちらがよいかの?」


そう言って見せて来たのはスカーフ。どちらもシンプルな花柄だが、色合いだったりお花の大きさだったり微妙に違っている。おばあ様のお顔を想像しながらそのスカーフを見比べた。


「うーん…………こっち!」

「やはりそうじゃな」


おじい様も同じスカーフを考えていたようで、私達はお互いに顔を見合わせて笑った。


「では購入してくるかの。スチュアート」

「はい」


おじい様とスチュアートはお会計のためにお店の奥へと向かった。手持ち無沙汰になった私はお店の中をぐるりと見て周り、店の入口の辺りで品物を見ていた時だった。


「あら?」


何かを目の端で捉えた。視線を向けた時にちらりと見えた横顔は見覚えのあるもので、けれど思い出せない私はなんだか気になってしまった。恐らく攻略キャラの誰かだとは思うんだけど、如何せん今はまだ子供だから一瞬見ただけでは分からない。


(ちょっと様子を見てくるだけだから)


未だ会計をしているおじい様達に心の中でそう述べ、私は先程の気になる物が消えた路地へ歩みを進めた。顔だけ覗き込み、中の様子を窺うがそこには誰もいなくて。さらに奥へと進んでいく。


「確かにここに入ったような気がするのだけど」


だがそこには誰もいない。あれは私の見間違いだったのだろうか、と引き戻ろうとした時だった。


「おじょうちゃんはどこの貴族の子?」


ねっとりとした低い声がすぐ後ろから聞こえてきた。やばい、反射的に逃げ出そうとしたがそれよりも早く “それ” に腕を掴まれてしまった。


「きゃっ!」

「貴族の子供がこんな所に迷い込んじゃダメだよ」


にたにたと笑う男の手が、私の腕をギリギリと締め付ける。逃がさないように、強く。骨がミシミシと軋んでいるのが分かった。


「は、離して!」

「どのくらい金が取れるかな。おじょうちゃんちは上流貴族? それだったら将来は困らないぐらいぶんどれるんだけどな」


コイツ、私を攫って身代金を要求するつもりなのか。しまった、変なやつに捕まっちゃった! いやしかしここで大声で騒げば私がいないことに気づいたおじい様達が助けに来てくれるかもしれない。そう思って息を大きく吸い込んだが、男の大きな手に口を塞がれてしまった。


「おっと、騒ぐなよ」

「んー!!」

「だから騒ぐなって」


ひょいっと軽々持ち上げられた私は手足をばたつかせるが、男の腕を振り払うことが出来ない。

あぁ、神様、ごめんなさい。ほんの出来心がこんなことになってしまうなんて。攻略キャラの子供時代が見られるかと思ってちょっとテンションが上がっちゃったんです。本当にごめんなさい。帰ったらスチュアートの『淑女とは何たるか』について延々と聞きますのでなんとかこの場を助けてください! お願いします!! と心の中で神様にお祈りをしていたら、何かが駆けてきて、そしてそのまま私の方へと飛びかかった。


「んぐっ!?」


驚く間もなく、私を抱き上げていた男の潰れた声が頭上から聞こえてきた。男の腕が体から外れたかと思うと “それ” は私の腕を引き、男だけが後ろに倒れていった。


「……走るぞ」

「へ?」


それが人なのだと理解する前に問われた言葉に、私は反応もままならず変な声を上げてしまう。しかしその人はそれ以上言うことなく、私の手を引いて走り出した。

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