(14)
王都、アシルロード。ダンフリーズ国の中枢を担い、人や物で溢れ、商業を中心とした大都市である。王都の周りは高い壁に囲まれ、中央には大きな通りがあり、城へと続いている。
街には貴族、商人、そしてオルドフィールドの学生が住んでおり、それは一種のステータスとなっていた。
「まさか王都に来られるだなんて」
私は行き交う人々の多さに引け目を感じていた。おじい様と繋がれた手に自然と力が入ってしまうのがその証拠。ここで迷子になったら終わりだな、と考えていると頭上から声が降り注いだ。
「どうじゃ、初めての王都は」
「あまりの人の多さに目が回りそうです」
前世は割と都会で生活していたけれど、今は田舎で穏やかに過ごしていたため、すっかりその感覚を忘れていた。それにあの頃より断然背が低いので威圧感を感じていたのだ。
あまり人を見ていると酔ってしまいそうなので視線を地面へ向けて、石畳にちょこんと乗っている自分の足をじっと見つめることにした。
「お嬢様、いいですか。決してアルドヘルム様のお手を離してはなりませんよ」
「うん、離さない。離したら死んじゃうもの」
私の隣に立つスチュアートに力強く頷く。何があってもこの手は離さないと心に決めて『では行こうか』と歩き出したおじい様についていった。
「まずはどちらに参りましょうか」
「そうじゃな、カーラが疲れる前に先に仕立て屋に向かうとするか」
「かしこまりました」
社交界デビューのための私のドレス。初めは『こんな私に気を遣わなくても』と思っていたのだけれど、いざ当日になるとワクワクが止まらなかった。
(だって女の子だもの。可愛いドレスに心躍るものじゃない?)
前世だってそうだった。七五三で着た着物とか、成人式の振袖や大学の卒業式の袴とか。いつだって特別なものは私の心を躍らせたのだ。しかし、子供の頃から一番着たいと思っていたものは着られなかった。純白のウエディングドレス。あれを着て、お父さんやお母さん、それにおじいちゃんやおばあちゃんに見せたかった。
「カーラ?」
「えっ」
突然名前を呼ばれ、驚いて私が顔を上げるとおじい様とスチュアートが心配そうに此方を見ていた。
「どうした? 具合でも悪いか?」
「あ、いえ、大丈夫です! ちょっと考え事をしていただけなので」
本当に? と彼らが訝しげに見ている。本当に大丈夫だという意味を込めて、私はにっこりと微笑んだ。
「本当よ、おじい様。どんな色のドレスがいいか考えていたの」
「ならいいんじゃが」
「もし具合が悪くなったのでしたら仰ってくださいね」
「うん、ありがとうスチュアート」
自分のせいで彼らに要らぬ心配をさせてしまったと反省をし、私は先程よりも前を向いて目的地へと足を動かした。
「いらっしゃいませ……まぁ、アルドヘルム様!」
おじい様に連れられてやってきた仕立て屋さんに入ると、店の奥から出てきたご年配の女性が目を丸くして頭を下げた。
「久しぶりじゃな」
「お元気そうでなによりですわ」
彼女は品のある笑みを浮かべ、そしてスチュアートにも話しかけていた。どうやらスチュアートともお知り合いらしい。そして私へと視線を向け、ゆっくりと頭を下げた。
「カーラ様、でございますね」
「はい。カーラ・マルサスでございます」
ドレスの裾を持ち上げて腰を落とす。それを見た女性は『まぁっ!』と興奮した様子で声を上げた。
「とても可愛らしいお嬢様ですわ」
「はっはっはっ、そうじゃろう、カーラはとっても可愛いんじゃ」
おじい様、こちらの方はお世辞で言ってくださってるですよ。何を本気にしてるんですか。という言葉が喉まで出かかったのをなんとか押し留める。だって言われて悪い気はしないのだし。なんて。
「生憎主人は出かけておりまして」
「そうか、それは残念じゃ。まぁ今日は予約をしに来ただけじゃからな。よろしく頼む」
「かしこまりました」
まずは布を見せてもらいたい、とおじい様が告げれば、女性はたくさんの見本を見せてくれた。
朱色、桃色、金糸雀色、翡翠色、浅葱色、葡萄色……もっと他にも話していたがあまりにも多くて訳が分からなくなっていた。
「この薔薇色は今ご令嬢の中で流行っている色でございます」
薔薇色といっても薄いピンク色の生地だ。これは確かに女性に好まれそうな色かもしれない。しかし私には可愛すぎる。これでドレスを仕立てて貰っても、私がドレスを着ているのではなく、ドレスに着られていると見えることだろう。
「随分と可愛らしい色じゃの。どうじゃカーラ」
「そうですね……」
なんて言おうか考えていると、ふと気になる色を見つけた。
「これ……」
「空色、でございますか?」
控えめの、薄い青色。晴れた日によく見る空と同じ色だった。社交界デビューで着るには薄い色合いかもしれない。しかしなんだかこの色から目が離せなかった。
「ではそれにしよう」
「え?」
「カーラが着たいのはその色なんじゃろ? だったらそれで良いではないか」
「おじい様……」
「えぇ、お嬢様にとてもお似合いだと思いますよ」
スチュアートも同意をしてくれる。心の奥から嬉しさがふつふつと浮かんできて、そして私は大きく頷いたのだった。
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