(4)



「……泣きすぎたわ」


鏡の向こう側にいる自分の目は赤く腫れぼったい。お母様にいただいたタオルは魔法のおかげなのか乾くことなくひんやりとしたままなのでずっと目に当てているのだが、あんなに泣き腫らした目は簡単に治まってくれそうになかった。

ぼーっとする頭をスッキリさせるため、目の前の窓を少しだけ開けることにした。夜風が頬を撫で、その冷たさに頭が冴えたような気がする。そうなってくると、今後の自分について考えようという気が起こった。

そうだ、家族に心配をかけさせないためにも、私は自分の人生設計をしっかりしなければならない。羊皮紙を取り出し、ペンとインクを用意する。私はここに、人生設計を書き記すことにした。


「えーっと、まずは……魔法の基礎をしっかり作る、と」


マルサス家の名誉を傷つけないためにも、必要最低限の魔法は扱えなければならない。生まれつき、人には魔力の属性というものがある。お父様であれば土、お母様であれば水といったように、その人それぞれの属性を活かして魔法を扱うのだ。

自分がどの属性になるのか、それは〝魔力の開花″ が行われなければ分からない。大体の人は10歳から15歳までの間に開花するので、私もあと数年で分かるだろう。


(シルヴィアは開放と同時に暴走するのよね)


彼女は少々特異だった。それは主人公補正なのかもしれないけれど、開花とは属性を見極める程度なのに、彼女は暴走したのだ。それは無尽蔵ともいうべき魔力を持っているということ。そして自分の身さえ滅ぼしかねない魔力を持っているということだった。シルヴィアに魔力をコントロールさせるため、国王陛下はオルドフィールドへの転入を決める。裏を返せば、自分の目の届く範囲に彼女を置いておきたかったのだ。


(まぁどのルートでも反対勢力に捕まってしまうのだけれど)


国王陛下をよく思わない反対勢力は徐々に拡大を続けており、そんな彼らが目を付けたのはシルヴィアだった。そこへ助けに現れるのは好感度の一番高いキャラなのだが、そのキャラによって多少なりとも登場の仕方が変わってくる。私が一番悶えたのは、実は反対勢力の一人であった青年がシルヴィアと接する内に自身の考えを改め、そして仲間を裏切ってシルヴィアを助けるシーンだった。


「ラルフの戦闘スチルもめちゃめちゃかっこよかった!」


あのスチルを思い出してバタバタと足を動かす。しかしピタリと足を止め、にやけていた顔を真顔へ戻した。


「オルドフィールドに入学すれば私もラルフに会えるのでは? いやいや、私は入学しないって決めたじゃない。そもそもラルフはシルヴィアにしか心を開かない人物なのにモブの私に心開くわけないのよ」


所詮私はモブ。シルヴィアと同室なだけの、モブ。そんな私の代わりはたくさんいるだろう。だから私がオルドフィールドに入学しなくてもストーリーに支障はきたさないだろうから問題はないはずだ。


「とりあえず、私の目標はオルドフィールドへの入学フラグをへし折ることね」


どうしてこんな中流貴族の私がオルドフィールドに入学することになったのか。ゲームの内容を思い出そうとしても全く思い出せない。ストーリーに支障ないからと省かれていたのか、それとも私が単に忘れているだけなのか。


「そして、私は平凡な幸せを手に入れる!」


私はこの物語の主人公ではない。シルヴィアのように激動の人生を送るわけでもない。だから私は、平凡な幸せでいいのだ。

普通に結婚をし、子供をもうけ、幸せな家庭を築く。それが私の願いであり、お父様とお母様の願いでもあるはずだ。


「頑張るぞ!」


高々と拳を突き上げ、決意を新たに平凡な人生を歩もうと誓ったのだった。

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