第2話 魔法実演
「フフッ」
こらえるような笑い声が聞こえ、顔が熱くなる。
全力のお辞儀はこの世界の文化では無いようだ。
「顔を上げてください。ジョー・クロスさん」
正面から男性の声を聞き、ゆっくりと顔を上げる。
目の前に3人の冒険者がいる。中央に金髪の男性、右側に動物の耳を持つ女性、そして左側には大きな帽子を被った女の子がいる。
「はじめまして。今のは大陸東方の流儀ですか?」
「そうです……」
消え入りそうな声でとりあえず返事をする。いかにも異邦人といった振る舞いで恥ずかしい。なるべく早めにこの世界の文化・風習に馴染まなければ。
「僕の名前はアレク・セーデルです。パーティでは剣士を担当しています」
アレクは優男といった雰囲気で物腰が穏やかだ。剣士をしていると言うだけあって恵まれた体格をしている。
「よろしくお願いします」
俺は
「ジョーさん、一つお願いがあります」
「何でしょうか」
「敬語は無しでお願いします。堅苦しいのは嫌いなので」
いきなり困った要求だ。初対面の人間相手に気さくに話すことは難しい。基本的に敬語で話す方が楽だし、人間関係のトラブルも起きにくい。
返答代わりに頷いておく。
続けて、横にいる冒険者の紹介をしてもらう。
右側にいるのがエルサ・レーン。
狼の耳やグレーの髪といった特徴に目を引かれるが、それ以上に気になることがあった。
「アレク、エルサはなんでずっと鶏肉を食べているんだ?」
この部屋に入って挨拶をしている時点から、骨ごと肉を噛み砕く咀嚼音がずっと気になっていた。顔はこちらに向けているが、俺にはあまり興味が無いようだ。抱えた小さな樽から骨付き肉を次から次へと口に運んでいる。
「彼女は人より食べ物の方が大事みたいだからね。少し人間嫌いということもあってか前のパーティにいられなくなったみたいだよ」
マイペースな人ということか。鶏肉について指摘してなお食べ続けているあたり意思疎通は少し難しいかもしれない。パーティ追放経験もあるようで協力していけるのか不安だ。
左側の少女はローザンヌ・カウペルス。仰々しい名前だと思ったが名家の令嬢であるらしい。
眼鏡をかけた単発の女の子で如何にも魔法使いという格好をしている。大きな白い帽子でずっと顔を隠して俯いている。
「ローザンヌ嬢は人見知りだから喋るときは気をつけてね」
アレクが苦笑しながら説明する。こちちも意思疎通が困難な人材なのか……。現在パーティとして機能しているか甚だ疑問だ。
ローザンヌの役割は戦闘中の支援や傷の治療だという。
一通り紹介が済んだところでアレクが本題に入る、
「それじゃあジョー、君がこのパーティにふさわしいか試させてもらうよ」
ついに面接で最も厄介な時間が来た。志望動機、わけのわからない質問……。過去の記憶は未だにおぼろげだが就活の知識はしっかり残っている。
経歴については同情を誘ってうまく誤魔化す方向で、魔法については風に関するものをそれなりに使えることをアピール。あとはアレクをヨイショして持ち上げておけば何とかなる……はず。
仮に仲間になれなくてもコミュニケーション不全気味に見えるこのパーティについては諦めがつく、と自分に言い聞かせた。
アレクが立ち上がる。
「じゃ、中庭の訓練場に移動しようか」
「えっ、出身がどこだとか何をしてきただとか聞かないのか」
思わず声が出る。素性も聞かずに訓練場で何をするつもりなのだろうか。
「実力さえあれば経歴は不問だよ。魔法の実演で参加を良しとするかどうか決めさせてもらうけど、ジョーの準備は大丈夫かな?」
「あ、ああ。魔石は身に着けてきたから大丈夫だ」
俺の返事を聞いたアレクが目くばせするとエルサが立ち上がり、その音を聞いたローザンヌも顔を隠したまま椅子を離れた。
そのまま4人連れだって中庭へ移動する。経歴を聞かれなかったのは良いが、魔法にもあまり慣れていない。いざ実演というときに呪文を間違えないように俺は覚えた魔法を暗唱しつつアレクに付いていった。
冒険者ギルドの中庭には魔法で作られた十数個の
魔石を埋め込まれている土像はある程度壊れると
タイミングよく、訓練場の利用者が少ない時間帯だったようだ。いくつかの土像がすぐに使える状態になっている。
「魔法の実演をやってもらうけど、ジョーはどんな魔法を使うんだい?」
土像の
「風霊魔法を
魔法は属性別に分類され、風霊魔法の場合は風に関する現象を引き起こす。さらに習得難易度の高い順に
II類の魔法には未踏地帯プルグリムで魔力を得て強化された動植物を狩るくらいの威力のものが含まれ、冒険者にとって必須の技能とされている。
I類は火をつける、ちょっとした傷を治すなどの日常生活を快適にする魔法群で習得していてもあまり自慢にはならない。
「じゃあ早速あの土像に向かって何か魔法を撃ってもらおうかな」
「分かった」
俺は右腰の革袋からナイフを抜いた。転移直後に助けてくれた嘉村さんから貸してもらっているものだ。魔法を使うためには魔石が必要だが、このナイフは刀身が魔石でできているため魔法の杖代わりとして使うことができる。
魔石ナイフを抜いた瞬間、パーティの面々が一斉に注目した。俺に興味なさげなエルサのみならず、ローザンヌも口元を隠しながら目を向けている。
ナイフを眼前に構え、自分の身体にある魔力を喉のあたりに集める。体温を移動させるような感覚にはまだ慣れない。
「〈
唱えた呪文が頭の中で反響する。この
身体に魔力が満ち、緑色の燐光を発する。息を吸い、ナイフの切っ先を土像に向けて魔法の効果を決める属性呪語を唱える。
「〈
ナイフの切っ先に向けて空気の集まり渦ができる。その直後、突風がナイフから放たれた。体に後ろ向きの衝撃が伝わる
突風が土像を大きく揺らし、吹き抜けていく強風に驚いた鳥たちがギルドの建物から飛び立った。
手ごたえあり。
日常生活でII類の魔法を使う機会はほとんどない。今使える最高難度の魔法を成功させた達成感の中、俺は土像に目を向ける。
土像は壊れていなかった。それどころか傷一つない。
「そんなバカな……」
思わず呟いてしまう。何回か〈
……いや、この結果は当然だ。土像は金属棒で地面に固定されている上に表面は滑らかで風の影響を受けにくくなっている。実演する魔法の選択を間違えた。
嫌な汗が出る。面接のために時間を割いてもらって、像を揺らしただけ。何だか申し訳なくなってきた。
とりあえず謝ろう。何かやらかしたときには謝罪しておけば場が収まる。
魔法の実演前と打って変わって、俺は謝罪の言葉を暗唱する羽目になった。
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